番外編13「脱獄ごっこ」3日目
## 3日目「記録係の正義」
三日目。
主人公たちは脱獄阻止の準備を進めていた。
「今日は確実に勝つぞ。昨日のような混乱は避ける」
「了解!」
格闘特化、拷問特化、腰振りスペシャリストが返事をする。
そのとき、エンジェルが静かに主人公の前に立った。
「主人公様。少し、お時間をいただけますか?」
「ん? どうした?」
「大切なお話です♡」
いつもと変わらない笑顔だった。
ただし、エンジェルの腕に抱えられたバインダーは、なぜか分厚くなっていた。
「一日目から昨日までの記録を整理しておりました。看守としての職務状況、脱獄阻止の進捗、施設の損傷状況……そして」
エンジェルは、そこで一度言葉を切った。
「主人公様の視線の記録です♡」
「…………は?」
バインダーが開かれる。
そこには、びっしりと数字が並んでいた。
「森羅万象、十二回。魔導、十五回。科学、八回。薬学、六回。監視、九回。潜入、二十一回。慈愛、七回。嫉妬、十回……」
「待て待て待て! 何を数えてるんだ!?」
「記録です♡」
「何のために!?」
「主人公様の健全な職務環境を守るためです♡」
エンジェルは当然のように答えた。
「看守が脱獄役を監視するのは当然です。ですが、主人公様は監視対象を確認する際、必要以上に視線を向けていらっしゃいます」
「だから監視してるんだろ!」
「ええ。私もそう思っておりました」
エンジェルは微笑んだ。
「最初は、主人公様が職務に熱心なだけだと考えていたのです。森羅万象の位置を確認する。魔導の動きを追う。潜入の逃走経路を見極める。すべて、看守として必要な行動なのだと」
「そうだよ! わかってるじゃないか!」
「はい♡ ですから、何度も記録を確認しました」
エンジェルの指が、数字の列をなぞる。
「どの方向を見ていたのか。誰を見ていたのか。何秒間、視線が留まったのか。視線を外したあと、もう一度確認したのか」
「確認の仕方が怖いんだよ!!」
「そして、わかったのです」
エンジェルは、主人公をまっすぐ見つめた。
「主人公様は、私がそばにいるときでさえ、ほかの女性を見ていらっしゃるのですね♡」
「いや、全員が脱獄役なんだから当たり前だろ!」
「……そうですか」
エンジェルの笑顔が、ほんの少し深くなった。
「私が記録を取っている間も。私がご主人様の安全を守っている間も。私がご主人様のために、誰よりも正確に働いている間も……主人公様の目は、ほかの女性に向いているのですね♡」
「いや、エンジェルの仕事もちゃんと評価してるぞ?」
「本当ですか?」
「本当だよ!」
「では、私を見てください♡」
「……え?」
「今、この瞬間だけで構いません。私だけを見てください」
主人公は困惑しながらも、エンジェルに視線を向けた。
エンジェルは、花が咲くように微笑んだ。
「……ああ♡ 主人公様の瞳に、私が映っています」
「いや、そりゃ目の前にいるんだから……」
「このまま、ずっと見ていてくださいね♡」
「いや、準備が……」
主人公が視線を外した。
その瞬間、エンジェルの笑顔が止まった。
「…………どちらをご覧になったのですか?」
「格闘特化だよ! 準備してるか確認しただけだ!」
「そうですか。職務上、必要な確認だったのですね」
エンジェルは真剣に頷いた。
「では、確認が終わったら、私を見てください♡」
「いや、ずっとお前を見てたら仕事にならないだろ!」
「……仕事」
エンジェルは、その言葉を反芻した。
「主人公様にとって、私を見ることはお仕事ではないのですね」
「どうしてそうなるんだ!?」
「わかりました。私の方が、主人公様のお仕事を優先すべきでした」
エンジェルはバインダーを閉じた。
「それでは、記録に基づいて指導を開始しますね♡」
「何をする気だ!?」
バインダーの表紙が開いた。
内部には、魔導と嫉妬の協力で改造された記録兵器が収められている。
「主人公様。これは罰ではありません。正しい職務姿勢を身につけていただくための、教育的指導です♡」
「その砲口を向けながら言うな!!」
ドゴォォォン!!
「うおおおっ!?」
衝撃波が主人公の脇をかすめ、壁を砕いた。
「森羅万象、十二回!」
ドゴォォォン!!
「魔導、十五回!」
ドゴォォォン!!
「潜入、二十一回! 特に多いですね♡ これは重点指導が必要です!」
「仕事で見てただけだろ!! なんで回数が多いだけで砲撃されるんだ!!」
「主人公様。言い訳をなさらないでください♡」
ドゴォォォン!!
主人公は必死に回避した。
エンジェルは主人公の動きを追いながら、バインダーに何かを書き込んでいる。
「回避行動、右に三回。左に二回。私の指導から逃れようとする傾向が見られますね」
「逃げなきゃ死ぬだろ!!」
「私から逃げる必要はありません♡ 私は主人公様の味方なのですから」
「味方なら撃つな!!」
「わかりました。では、逃げずに指導を受けてください♡」
「その二択がおかしいんだよ!!」
ドゴォォォン!! ドゴォォォン!! ドゴォォォン!!
主人公は壁際へと追い詰められた。
エンジェルはゆっくりと距離を詰める。
「主人公様。私は、あなたのことを誰よりもよく見ています」
「……お、おう」
「歩き方も、声も、考え込むときの癖も。疲れたときに少しだけ肩が下がることも、困ったときに頭を抱えることも、全部知っています♡」
「……そこまで見てたのか」
「はい♡ 記録係ですから」
エンジェルは、嬉しそうに胸元のバインダーを抱きしめた。
「ですから、主人公様が誰を見ていたかも、誰に微笑んだかも、誰のために動いたかも、全部わかるのです」
「…………」
「なのに、主人公様は私がほかの女性を見るなと言うと、困った顔をなさるのですね」
エンジェルの声は優しかった。
「安心してください。私は、主人公様を責めているわけではありません。主人公様が正しい道を歩めるよう、私がすべて管理して差し上げます♡」
「管理って言ったぞ、今!」
「ええ♡ 視線の記録も、行動の記録も、私が責任を持って保管します。主人公様が誰を見て、誰に近づいて、誰とお話ししたのか。すべて私が把握していれば、主人公様が道を踏み外すこともありませんもの」
「それ、監視って言うんだよ!!」
「監視ではありません。愛情に基づく記録です♡」
「もっと悪いわ!!」
その騒ぎを見ていた格闘特化が、ぽつりと呟いた。
「……俺たち、脱獄阻止のゲームをやってたんだよな?」
拷問特化が腕を組む。
「そのはずだ」
腰振りスペシャリストも首を傾げた。
「だが、あっちは別の競技を始めているようだな。俺の衝撃波よりえぐい」
一方、脱獄計画を進めていた女性陣も、騒ぎに気づいていた。
科学が冷静に分析する。
「看守側の指揮系統が、記録係の連続衝撃波によって完全に停止しています」
監視が頷いた。
「主人公様の現在位置、壁際。逃走経路、なし。記録係の迎撃砲火、継続中」
薬学が微笑んだ。
「嫉妬による興奮状態でしょうか。いえ、本人は職務上の指導だと認識しているようですわね♡」
魔導は呆れた顔で扇子を閉じた。
「記録係の正義を掲げながら、主人公様の視線を独占しようとしている……。なかなか厄介な仕掛けですわね」
「仕掛けというより、本人の性格の問題じゃない?」
森羅万象もしみじみと頷いた。
その間にも、エンジェルの指導は続いていた。
「主人公様。明日からは、女性陣を見る際、事前に私へ申告してくださいね♡」
「そんな規則、認めるか!!」
「では、追加で五回分、指導を行いますね♡」
ドゴォォォン!! ドゴォォォン!! ドゴォォォン!! ドゴォォォン!! ドゴォォォン!!
「やめろおおおお!!」
三日目。
脱獄阻止の成否とは無関係に、主人公はエンジェルのバインダー兵器によって完全に制圧された。
エンジェルは、満足そうに記録を締めくくった。
「本日の指導記録、完了です♡ 主人公様の視線を独占できた時間も、きちんと記録しておきますね」
「それは記録するなあああ!!」
エンジェルは、主人公の叫び声まで丁寧に書き留めた。
「……反省の声、確認♡」
そして彼女は、心から幸せそうに微笑んだ。
「明日も、主人公様のために頑張りますね♡」
夜。
森羅万象、魔導、科学、監視に加え、薬学と慈愛が訪れた。
「本日は少し焦りましたわ♡」
「ご主人様のためですもの」
「データとして貴重でした」
「鎮静、かけすぎましたかしら♡」
「お怪我はありませんでしたか?♡」
「チャオ♡」
エンジェルがバインダーを振り上げる。
「規則違反です! 毎日増えてます!!」
「でも、記録係さんも毎回見ていらっしゃいますもの♡」
「見てるのは仕事です!!」
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