番外編――ご機嫌取りデート作戦
番外編――ご機嫌取りディナーと記録特化の天使
【主人公の屋敷・居間】
「……このままじゃ、やばい」
主人公が頭を抱えた。
前回の海での脱走。
女性陣の機嫌は、明らかに最悪だった。
格闘特化が拳を握りしめる。
「俺たちが先に逃げたせいで、余計に印象悪くなった……!」
腰振りスペシャリストが低く息を吐く。
「朝のコーヒータイムすら、空気が重い」
拷問特化が腕を組む。
「……いい出来の計画が、必要だな」
ゲイバーのお兄さんが呆れた顔で言った。
「俺は店に戻りたいだけなんだが……まあ、巻き込まれた以上、付き合うか」
男たちは集まって、ご機嫌取りのためのデートプランを練り始めた。
王国のどの店がいいか。
どんなプレゼントを渡すのがいいか。
ディナーの予約はどこにするか。
しかし、いい案が一向に浮かばない。
「高級店は警戒されそうだ」
「安すぎると誠意がない」
「プレゼントも、好みが全員違うし……」
行き詰まっていたそのとき。
玄関の扉が小さくノックされた。
「失礼します。情報提供に参りました」
現れたのは、エンジェルだった。
バインダーを抱えている。
すでに軽いハイ状態で、頬がわずかに赤い。
「監視特化さんから『男の人たちが困っている』と連絡がありまして。
私、他の皆さんについても記録を取っていますので……便利かと思いまして」
男たちは顔を見合わせた。
「……マジか。ありがたい」
「情報源として最高だな」
エンジェルはバインダーを開き、淡々と、しかしどこか楽しげに助言を始めた。
「魔導様は優雅な空間と上質な紅茶を好みます。科学様は最新の分析機器や精密なアクセサリー。薬学様は珍しい香草や調合用具。森羅万象様は静かな展望と整った空間。嫉妬様は明るく華やかな場所と、両想いを感じられる演出を……」
その耳には、小型マイクがついていた。
(監視特化「ご主人様の視線データも更新中ですわ♡」)
(魔導「わたくしは扇子と合うものを♡」)
(潜入「影になる場所も確保を」)
(嫉妬「両方応援できるプランがいいよ♡」)
(薬学「副作用の少ないものがいいわ」)
(科学「数値で測れる品質のものを」)
(森羅万象「整えられた空間を優先して」)
エンジェルはそれらを真面目に伝えつつ、ちゃっかり自分の好みも混ぜた。
「あと……記録用の上質なノートや、静かなカフェも候補に入れておくと、誰か喜ぶかもしれません」
(……私のも入れちゃった。でも、愛ですから)
こうして、お詫び兼ねたデートプランが完成した。
しかし、予算が莫大になってしまった。
「……これ、普通の給料じゃ無理だ」
主人公が青ざめる。
「どうする」
そのとき、偶然を装って魔導が現れた。
「あら、主人公様たち。どうなさいましたの?♡」
主人公はデートのことは隠しつつも、正直に困っていることを伝えた。
「実は……大切なことがあって、それを実行するのに予算で困っていて」
魔導は扇子で口元を隠す。
「そういうことでしたの。わかりましたわ。
では、私が国王様に頼んでみます」
「大丈夫なのか?」
「今まで国を守ってきたのですもの。これくらい、いいでしょう♡
では、私が国王様を説得してきますので……主人公様は、ここにサインを」
差し出された契約書。
消えるインクで、端に小さく『夜の生活管理権』と書かれていた。
主人公は内容をよく確認せず、サインした。
「これで予算の問題は解決ですわ。チャオ♡」
---
ご機嫌取りデートが始まった。
最初の目的地は、王都の高台にある上品なティーサロン。
白を基調とした店内に、柔らかな光が差し込んでいる。
魔導が席に着くと、店員が最高級の紅茶を運んできた。
「……まあ♡ 香りがいいですわね」
魔導が優雅にカップを傾ける。
格闘特化が隣で恐る恐る聞いた。
「……気に入ってもらえたか?」
「ええ。主人公様が選んでくださったのですもの。悪くありませんわ♡」
腰振りスペシャリストが低く補足する。
「俺たちも、ちゃんと調べたつもりだ」
魔導は扇子で口元を隠したまま、小さく笑った。
「ふふっ。努力は認めますわ。チャオ♡」
次に訪れたのは、最新機器を扱う専門店。
科学がガラスケースの中の精密機器に目を輝かせる。
「この計測器……誤差が0.001ミリ以下。データとして理想的ですわ」
科学が眼鏡を押し上げ、主人公に向き直る。
「主人公様がこれを選ばれたのですか?」
「あ、ああ。お前が喜ぶかと思って」
「……心拍数、上昇しています。記録しておきますわね♡」
拷問特化が横で呟く。
「……いい出来の選択だな」
お兄さんが小さく息を吐く。
「俺はただついてきてるだけなんだが……」
香草園では、薬学が小瓶を手に取り、楽しそうに香りを嗅いでいた。
「この香草、稀少種よ。副作用も少ないし、調合向き……♡」
「気に入ったか?」
主人公が聞くと、薬学はにっこりと微笑んだ。
「ええ。主人公様が『薬学のため』って考えて選んだのでしょう? 嬉しいわ」
森羅万象は園内の小高い丘で、空間を微調整していた。
「風の流れ、光の角度……整えましたわ。ここは悪くありませんわね♡」
嫉妬が華やかな広場で両手を合わせる。
「わあ! 明るいし、みんなでいられていいね♡ 主人公様も、みんなも、両方応援しちゃう!」
潜入は影から静かに報告する。
「周囲の安全は確保済みです。逃げ道も……今は塞いでいませんわ」
監視特化は端末を操作しながら、ポテトチップスを一枚口に放った。
「映像記録、良好ですわ。ご主人様の表情も、ちゃんと残しておきますね♡」
遊戯施設では、ビーチフラッグをアレンジした競技に挑戦した。
格闘特化が本気で走り、腰振りがバランスを崩して笑いを誘い、主人公も必死に旗を取ろうとして転んだ。
「ふふっ、主人公様ったら♡」
「データ上、笑顔の発生率が上がっていますわ」
船上クルーズでは、穏やかな水面を眺めながら会話が続いた。
「今日は……嫌な感じがしないわね」
「数値的にも、ストレス値が低下しています」
「主人公様が頑張ってるの、ちゃんと伝わってるよ♡」
男たちの間で、小さな不安が漏れる。
格闘特化が声を低くする。
「……これで、本当に許されるのか?」
腰振りスペシャリストが腰に手を当てたまま答える。
「分からん。少なくとも、空気は昨日よりマシだ」
拷問特化が短く頷く。
「……いい出来の一日に見せるしかない」
お兄さんがぼやく。
「俺は店に帰りたいだけなんだが……ここまで来たら最後まで付き合うしかねえな」
主人公も内心で同じことを思っていた。
(……成功してくれ。頼む)
---
そして夜。
予約してあった高級ディナー会場。
落ち着いた照明に照らされた長いテーブル。
白銀のカトラリーと、新鮮な花が飾られている。
前菜は、香り高いハーブを効かせた魚のカルパッチョ。
スープは、丁寧に煮込んだポタージュ。
メインは、とろけるように柔らかい肉料理と、季節の野菜を使ったグリル。
デザートには、ベリーをふんだんに使ったタルトと、濃厚なショコラ。
「……美味しいですわね♡」
魔導がフォークを進める。
「栄養バランスも理想的。データとして優秀です」
科学が分析するように頷く。
「香草の風味が生きてるわ♡」
薬学が満足げに呟く。
「空間も、料理も、整っていますわ」
森羅万象が優雅に微笑む。
「みんなで食べられて、楽しいね♡ 主人公様も、頑張ってくれてありがとう!」
嫉妬が目を輝かせる。
会話は自然と弾み、笑い声も混じった。
格闘特化が「俺たちも、ちゃんと謝りたかった」と真顔で言い、
腰振りが「次はもっといい計画を立てる」と続け、
拷問特化が「……いい出来の夜だな」とまとめ、
お兄さんが「俺は店の予約も確認したいんだが……まあ、今日は付き合う」とぼやいた。
主人公はテーブルの端で、ようやく肩の力を抜いた。
(……成功した。これで少しはご機嫌直ったはずだ)
食後、主人公は順番にプレゼントを渡した。
魔導には上質な扇子と紅茶セット。
魔導は扇子を受け取り、一度開いて光に透かしてから、ゆっくりと閉じた。
「……気に入りましたわ。主人公様の気遣い、きちんと受け取っておきます。ふふっ、余裕を持って感謝いたしますわね♡」
科学には精密な計測アクセサリー。
科学はすぐに計測を始め、眼鏡の奥で目を細めた。
「誤差、許容範囲内……いえ、理想値です。データ上、贈り物としての完成度は92点。感情値も上昇を確認しましたわ♡」
薬学には希少な香草。
「これ、本当に稀少……♡ 主人公様が私のために選んだと思うと、調合する手が震えちゃいそう」
森羅万象には小さな整えられた箱庭。
「風も光も、すでに整っていますわ。主人公様の心遣いごと、こちらで大切にしますね♡」
監視には高性能な記録媒体。
「容量も解像度も十分ですわ。ご主人様の今日の表情、これで永久に残せますね♡」
潜入には影に溶ける布。
「……使いやすい素材です。影から、もっと近くで守れそうですわ」
嫉妬には明るい色のアクセサリー。
嫉妬はすぐに身につけ、両手を合わせて目を潤ませた。
「わぁ……! 私だけじゃなく、みんなのことも考えてくれてるのが嬉しい。主人公様も、みんなも、両方大好きって思える……最高のプレゼントだよ♡」
慈愛には癒しの香り。
「ふふっ、優しい香り……。受け取った瞬間から、心が温かくなりますわ♡」
そして他の女性陣にも、それぞれの希望に沿ったもの。
最後にエンジェルへ。
上質なノートと、静かなカフェで使えるペンセット。
エンジェルはバインダーを抱えたまま、ハイでわずかに潤んだ目でそれを受け取った。
「……ありがとうございます。記録用に、すぐに使いますね。
主人公様が『私の好みも入れてくれた』って思うと、胸が熱くて……ふふっ、愛を感じます♡」
女性陣の反応を一通り見た主人公は、心の底からホッとした。
「よかった……今回の計画は、成功だ」
男陣も、安堵の表情を浮かべる。
「……これで、少しは許されたか?」
「少なくとも、怒られてはいないな」
「いい出来の一日だった、と言いたいところだ」
「俺は店に帰れるのか……?」
---
屋敷に戻った後。
居間で一息ついていると、エンジェルが静かに近づいてきた。
バインダーを抱えている。
ハイの余韻で、頬が少し赤い。
「主人公様。本日の記録です」
「……は?」
エンジェルはバインダーを開き、主人公の前に差し出した。
ページには、びっしりと数字が並んでいる。
『本日、他の女性に目を向けていた回数――合計四十七回
内訳:顔三十回、特定部位十二回、振り返り五回……』
主人公は無言になった。
「……」
エンジェルはにこやかに、しかし病んだ熱を宿した目で言った。
「愛ですから♡
回数分の、お仕置きの準備もできていますよ?」
主人公の「普通」は、今日も成立しなかった。
夜は、いつものように――いや、契約書の効果もあって、これまで以上に濃密に、更けていくのだった。




