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郷里の松  作者: ひじき
5/9

5話

駅に着いたはいいが、電車まではまだ10分もある。

小走りで来たせいで汗をかいた。

シャツが張り付いて気持ちが悪い。

混乱が止まらない。

断片的に昔の記憶が蘇る。


殴られた痕

片方無い犬歯

豪快に笑う割に口は大きく開かない

円形脱毛症

機嫌の悪い父親


どれだ、どれが私に引っかかっている。

「拓郎………」

つい口走る。

お前は、何をしたんだ。

電車が滑り込んで来る。

ドアが開くのが待ちきれない。

乗ったところで、降りる駅までそのままできることは無いというのに。

乗客はほとんどいなかった。

ムズムズとした居心地の悪さを払うことができず、落ち着きなく軸足を交互に変える。

頭の中では様々なものが忙しなく浮かんでは消えていき、まるで繋がらない。

私は、半ば後悔しはじめている。

私が関わったことで事態はますます悪くなるかもしれないのに…

干物なんぞにつられ、いそいそと出かけたあの日の自分こそをぶん殴ってやりたい。

だが不思議とこんな話を持ちかけた拓郎を責める気持ちは無かった。

車窓から見える家々の灯りを眺めながら、せっかく作ってくれた夕飯にも手をつけず、勢いのまま飛び出して来たことを今更ながら思い出した。

「直子、ごめんな………」

妻は今頃1人寂しく食べているのだろうか。



駅に着くと人はほとんどいなかった。

夜も遅くなってきている。

早くしなければ。

拓郎の実家へ向けて小走りに駅を出る。

電車に揺られながらもずっと考えていた。

だが全くまとまらない。

釣具屋の角を曲がる。

電柱の脇に街灯がある。

『母さんが居なくなったから、おばさんが家事をしに来てるんだ。帰りたくねぇなぁ』

不意に蘇る。

目の脇に殴られた痕をつけたあの日の拓郎。

おふくろさんは耐えきれずに出て行ったと聞いている。

その日から、拓郎のシャツはよれて皺の乗った物が増えていった。

そういえば、その前の日には、手の指が切り傷まみれだった。

足早に歩く私の視界の隅に…猫。

猫……

途端に心臓が跳ねた。

まさか!


拓郎が埋めたものは………


心臓が…はち切れんばかりに早鐘を打つ。


「拓郎……拓郎!」

私は走り出した。

現実になってしまう前に、早く行かなければ。

途中足がもつれて転んだが、砂も払わずに立ち上がり、死にものぐるいで走った。

全く思うように走れない。

足が言うことを聞かない。

日がな1日座っているのだから体力なんぞほとんど無い。

拓郎、早くお前が、お前が否定してくれ。


息も上手くできない程に無我夢中で走った。

家の前だ。

電気は着いている。

「拓郎…」

二度ほど戸を叩いてみた。

音はしない。

待ちきれないので引き戸を開けた。

「ごめんください!」

誰も出て来ない。

「上がりますよ!」

中はもぬけの殻だった。

どこにもいない。

納屋かもしれないと、靴も履かぬまま縁側から飛び出す。

「拓郎!」

納屋の扉を乱暴に開けた


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