2話
齋藤宅を訪ねた後、海の家のジオラマを作ってくれないかという依頼が入った。
なんでも、遠くへ嫁いだ娘さんのために、思い出の海を送ってやりたいのだと言う。
私は依頼人にイメージ写真を送ってもらうよう頼んだ。
偶然にも、良く知った九十九里の海であった。
私も懐かしい思い出が蘇り、快諾した。
あどけない三つ編みの少女。ワンピースに麦わら帽子。
隣には弟だろうか、生え変わり期らしいすきっ歯の少年。
両端には両親と思われる男女。
よくある家族写真だ。
「お次は海ですか。しばらくぶりのお仕事ですね」
そう。
私は、制作の単価を高めにしているのをいいことに、依頼はたくさん受けない。
財を成すほどは稼げずとも、夫婦2人食っていくなら十分である。
「思い出の海だそうだ。俺も知ってる場所なだけに、凝った物が出来上がりそうで怖いよ」
ほどほどにと言って、妻は台所へ消えた。
資料集めをせずとも頭の中に残っているし、少しばかり電車に乗って行けば、現地調査も簡単だ。
図面は簡単に書き上がった。
この『どういう物にしようか』と考え、思い通りの形に仕上げる時間が楽しくて、のめり込んだ結果が今である。
先に人物を作ってしまおうかと思った矢先に、針金の在庫が残り少なくなっていることに気がついた。
仕方ない買いに行くかと、夕飯の支度をはじめた妻に、買い出しに行って来ると告げ、家を出た。
日も傾き始めたとはいえ、まだまだ西日が暑い。
下校の時間なのだろうか。
ランドセルを背負った子供達がちらほらと歩いているのが見える。
その先、子供達の向こうに一際大きな背中が見えた。
ははぁ、拓郎だなと思いなんとは無しに追いかけた。
ヤツは背が高いのもあって大股で歩くので、私はかなりの早足を強いられた。
まだまだ気温は高い。
モタモタと足を縺れさせながら足早に追いかける。
やっとこさ追いついたところで、「おーい、拓郎」と声をかけた。
飛び上がる勢いで驚いて、目を丸くしながらヤツは振り向いた。
「うぉ!なんだお前かよ。おぉたまげた。」
坊主頭に手をやりながら、大袈裟に驚かれた。
「なに、姿が見えたから、ちょっと声でもかけようかと、いやぁ、それにしても、相変わらずの早足だな」
息を切らしながら久しぶりだなと言った。
「今日はどうしたよ。カミさんほっぽって優雅にお散歩か?」
「いや、ジオラマの依頼が入ったもんで、材料の買い出しに来たんだよ」
「ほー、今度は何を作るんだ?」
「海の家だよ」
そういうと途端に表情が変わった。
「そうか……そりゃまた変わったもんを頼むやつもいるんだな」
「別段変わってるわけでもないさ。金持ちってのは、案外故郷だの思い出だのを形にしたがるもんだよ」
「そんなもんかねぇ…」
「そういや、あの夢の話はどうなった?何か進展があったか?」
「いや、……………もうあんまり考えるのは止したんだ。たかが夢に振り回されんのは性にあわないようでよ」
やはり何か違うような気がする。
直子の言っていた、どちらかは本物の記憶というところなのか。
「存外気にしてるようにも見えるけどな」
「いやいや、気にはなるがな。思い出せない忘れ物みてぇな感じだ」
「忘れ物?」
「忘れてきたってか、置いてきたっつぅのか、上手く言えねぇな」
「置いてきた?埋めた、んだろ?」
拓郎の表情が強ばる。
そして気まずそうに下を向いた。
「………まぁそう、そうだな。埋めたんだ。」
「もう少し具体的なのはないのか?」
「具体的…なぁ………なんせ忘れっちまうからな…そうなぁ、………松林があるだろ、あれが風に揺らされて、うるさかったような気もするなぁ」
海風に揺さぶられる松の葉音が思い起こされた。
「松の木か…それは昼なのか?」
「いや、夜だな。暗かったぜ」
暗がりの浜辺、松林。
「なんだよ途端に怪談じみて来たじゃないか」
「やめてくれよ。俺はこう見えて怖い話は苦手なんだ」
「それは知ってるよ。お岩さんが嫌いなんだろ」
「だっておっかねぇじゃねぇか。ひゅードロドロなんて来られた日にゃあ便所にも行けねぇや」
そういうもんかねぇと私は返した。
私は案外、怪談のような作り話は平気な質なのだ。
「ところで、お前こそどこへ行くんだ?それこそ独りもんはこれから遊びに行くってことか?」
揶揄うように肩を小突く。
「そんな用事なら良かったんだがなぁ。親父から呼び出しだ」
拓郎の父親は、農家をしている。
「何かに駆り出されるのか?」
「そろそろ稲刈りが近いからな。草刈りが間に合わねぇから来いとよ。今夜から何日か泊まりだ」
「もうそんな時期か。暑いのに大変だな」
頑張って来いよと言って、私達は別れた。
「あ!干物、ご馳走さん!美味かったよ。親父さんによろしく!」
大男は後ろ手にひらひらと手を振り、駅の方へと消えて行った。
なんだか釈然としないが、店が閉まっては困るので私は買い物へ戻ることにした。




