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【プロローグ】 ―主人公編②―

【2026/3/26】 一話が長すぎるとの気づきを得たため、読みやすいよう分割いたしました。

 侍従に通された応接室は、千代田区あたりの由緒正しきホテルにあってもおかしくないようなソファとテーブルのセットが設置されている、思いのほかシックな造りだった。もちろんそれには座らずに、入口の扉近くに立って王太子を待つ。

 早急すぎる展開に面食らいながらも、もう少しだけ、夫妻の姿を見ていられるのなら――と、欲を出してここまで来てしまった。ぼんやりと天井を仰ぐ。

 それにしても、いくら剣術が達者とはいえ、どこの馬の骨ともわからない新入りの兵士をすぐに親衛隊にだなんて、王太子の危機管理はどうなっているのだろう。私が敵国の刺客だったらどうするつもりだ。ストーリーを進めているうえでは、そこまで非常識な人間だとも思わなかったのだが。

 

 大袈裟な音とともに扉が開いて、王太子アルベールが部屋に入ってきた。信じられないことに、護衛をつけていない。正気か? アルベールは大きく手を広げ、爽やかなエフェクトをこれでもかと飛ばして言った。


「おお、ツキ! よく来たな!」

 まるで久方ぶりに会う友人を出迎えるかのようだ。


「王太子殿下。このたびはお取立ていただき、まことにありがとうございます」

 私は胸に手を当ててお辞儀し、型どおりのお礼を述べた。アルベールはああ、とため息をついて、手で私を制止し、奥のソファに腰を下ろした。


「そんな堅苦しい挨拶はよしてくれ。さ、そこに座って。酒はいける口か?」

 アルベールはテーブルをはさんで向かいのソファを指差し、ほぼ初対面の、一介の兵士である私に席を勧めた。ありえない。まして、酒だと?

 

「い、いえ……私はここで……」

 私が立ったままでいると、アルベールは小首をかしげ、

「酒は嫌いか? ではお茶にしよう。おい」

 手を叩いて侍従を呼ぶと、茶を持ってくるよう命じ、

「早く座りなさい」

 私にうながした。


「は……」

 あまり固辞するのも無礼かと思い、おずおずとソファに腰をおろす。


「そんなに固くなるな。今日から私の専属になるのだから、おまえの人となりを知っておきたいと思ってな」

 そんなことはもっと前に調査すべきことだろうと意見したくなるが、さすがに我慢する。


「さて、なにから始めようか……」

 アルベールが宙に視線をさまよわせたあたりで、茶が運ばれてきた。


 アルベールのあまりにも気さくすぎる振る舞いに、想像以上に気が動転していたらしい。私は勧められもしないうちにカップを小皿の上からひっつかみ、茶を唇に流し込んだ。喉がからからだった。

 

「あっつ……!」

 茶のあまりの熱さに喉が焼けつく。手が滑り、カップをつかむ手に茶がびちゃびちゃとこぼれた。その地獄の釜に手を突っ込んだような熱さにさらに身悶(みもだ)えしながらも、おそらく高価なカップを取り落とすわけにはいかないと耐え、ぶるぶる震えながら必死に皿の上に戻した。

 アルベールは少し狼狽(うろた)えたように私を見つめて言った。

 

「そのまま飲んだら、熱いだろう。小皿(ソーサー)に移して飲むんだよ」

 くそっ。そんな作法はストーリー中に出てこなかったじゃないか。茶を浴びた手がびりびりと痛んで、顔がゆがむ。

 

「やけどしたのか? どれ、見せてみなさい」

 アルベールはそう言ってテーブル越しに身を乗り出し、あろうことか私の手を取った。

 アルベールの手が私に触れた時、心臓がドクン、と大きく鼓動し、

 

 ――おまえはいつも傷だらけだな。どれ、見せてみろ。

 

 〈あの人〉の言葉が浮かんだ。


 

「触らないでっ……!」

 

 私に触れていいのは、〈あの人〉だけ――


 私はアルベールの手を、思いきり跳ねのけていた。

 まずい。すぐに我に返り、

「く、ください、御屋形(おやかた)様っ……!」

 苦しく言葉を継いだ。

「お手が汚れますっ……」

 

 アルベールは驚いたように目を見開いて、静止している。

 

 ああ、やってしまった。さっそく親衛隊はクビだ。それどころか最悪の場合、不敬罪で縛り首。うん、一刻も早く、ログアウトしよう。


「おやかたさま……?」

 アルベールが不思議そうな顔でつぶやいた。

 

「あ……」

 侍ゲームでの主君の呼び方だった。取り乱し、とっさに出てしまったらしい。

 

「え、ええと……故郷(くに)では主君のことをそう呼んでおりましたので……たいへん、ご無礼を……」

 私の説明を聞くと、アルベールは合点したというように手を打った。

 

「そうか、おまえはこの国の出ではないのだったな!」

 私の無礼な振る舞いに、怒っていないのだろうか。アルベールは、そのままオープニングムービーに採用しても差し支えないほどの、完璧な微笑みを浮かべて言った。

 

「聞かせてくれないか? おまえの、故郷(ふるさと)のことを」



 

 アルベールが侍従に持ってこさせた氷で手を冷やしながら、私はぽつりぽつりと故郷のことを話した。四季が美しい国であること。生まれた街にはいたるところに温泉が湧き、冬になると白鳥が飛来すること。一面が銀世界に包まれるその季節が、とても好きだったこと――

 アルベールは終始興味深そうに、ときたま相槌(あいづち)をうちながら私の話を聞いていた。私がひととおり話し終えるのを待ってから、口を開いた。

 

「銀世界か。この国には雪があまり降らないから――いつか私も、その街を見てみたいものだな」

 

 ――いつか俺も、おまえが生まれた街を見てみたいなあ。

 

 ああ、まただ。


「……とても遠い国ですので、難しいかと……」

 私が馬鹿正直にそう言うと、アルベールはわずかに眉根を寄せて、もの哀しそうに微笑んだ。ストーリー中の一枚絵(スチル)にもなかったその表情に、私は少しだけ心苦しさをおぼえた。

 

「さて、今日はこのくらいにしておこうか。明日から、さっそく公務に同行してもらうからな。今夜はゆっくり休みなさい」

 アルベールはそう言うと、立ち上がって颯爽(さっそう)と部屋を出て行った。その有無を言わさない物言いは堂に入っていて、さすが人の上に立つ人間だと思わされる。


 もう少しだけ、ここにいてもいいか。箱庭ゲームが発売されるまで、どうせ暇だし――


 

 その判断が大きな間違いだったと知ることになるのは、ずいぶんとあとになってからだった。

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