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【夏】 ―主人公編⑦―

 王宮に戻った次の日からまた、アルベールはリア王のもてなしに大忙しだった。ときには狩り、ときには酒宴、ときには賭博と、飽きがこないよう工夫をこらし、気の毒になるほど神経をすり減らしている様子だった。リア王はアルベールの義理の父でもあるから、余計に気をつかうこともあるのかもしれない。

 

 私のほうはというと、女だとばれて以降も変わらず、アルベールの身辺警護についていた。……変わったことといえば、数日おきに送られてくる装備品の中に、女もののドレスや宝石が混じるようになったことくらいだった。


 そうしてリア王がこの国に訪れてからひと月近くが過ぎ、帰国の日が近づいたある日、アルベールが私を応接室に呼び出した。アルベールはげっそりとやつれた顔をして、口を開いた。


「リア王陛下が、帰国する前にぜひ我が国の城下町を視察したいと言うんだ。明日、案内するから予定しておいてくれ。もちろん、お忍びでな」

「お忍び、ですか?」

 なんだか不穏な響きだ。アルベールは浮かない顔をし、手元のグラスの茶色い液体をぐっとあおった。真っ昼間から酒を飲んでいるらしい。

 

「うん、あまりぞろぞろと護衛を連れて歩くと目立つし、盗賊に狙われるからな。こういったことはめずらしいことではないんだが……」

 はあっとため息をついて続ける。

 

「明日はいつもの(よろい)ではなく、なるべく町に浮かない格好をしてきてくれ。頼んだよ」

「かしこまりました」

 

 応接室の扉を出るときにまた、うしろから大きなため息が聞こえた。


 

 そして次の日私たちは、いつものようにえびす顔をしたリア王をお連れして、にぎわう城下町を訪れていた。

 

 私はなるべく地味なシャツとズボンを選び、レイピアの上から薄手の紺色のマントを身につけている。アルベールの護衛は、私のほかにはもうひとりのベテラン親衛隊員がいるのみだ。ザンギエフは体が大きく目立ちすぎるため、今日は留守番と聞いている。

 リア王とアルベールはともにフードのついた(ねずみ)色のマントを頭からすっぽりとかぶっており、いかにも『お忍びで来てます』といった感じで、こんな変装で大丈夫なのかと思わなくもない。

 だが、そんなことに構っている余裕はなかった。リア王の連れて来た護衛はふたりで、ひとりはひげを生やした年嵩(としかさ)の男。そしてもうひとりは、真っ黒なマントに身を包んだ、背の高い騎士様――


「リア王陛下、あまり私のそばを離れませんよう」

 

 この色気のにじみ出る低音のCV。そう――濡羽卿オニキスである。彼はこのゲームの攻略対象のひとりで、なにを隠そう私の()()だ。ストーリー中、何度彼のルートに浮気しそうになったかわからない。今日一日、こんなに近くで顔を拝めるなんて――


「……なにを見ている」

 気づかれた。オニキスは長い前髪の下から、鋭い眼差しで私を睨みつける。あぁ――もっと睨んでください。若干()()()()っぽいところもポイントが高い。

 容姿(ビジュ)が好みだというのはもちろんあるけれど、無愛想な彼がときおり見せる優しさが尊くて、その()()さが――

 ちょっとだけ〈あの人〉に似ているのだ。

 

「リア王陛下! 我が城下町の、自慢の市場をご覧にいれましょう」

 アルベールがやけに大きな声を出しながら、私とオニキスのあいだに無理矢理割り込んできた。せっかく変装をしているのに、そんな大声で名前を叫んだらまずいのでは……

 それにしても、このあいだからアルベールはやけに私の邪魔をする。任務をさぼって温泉に行ったのも、それでむしゃくしゃしていたせいもあるのだ。私の推し活を邪魔する権利は、親にも主君にもない。


 私たちはにぎわう市場へと足を運んだ。夏の盛りの市場には色とりどりの青果や魚介、名産品の織物などがところせましと並び、ひとびとの活気ある声が飛び交う。リア王が近くの果物店の品物に興味を示し、店主に声をかけた。

 

「おお、我が国では見たことのない果物であるな。おい、これはいくらだ?」

 だから「我が国」とか言っちゃ駄目だってば。

 

「ひとやまニイキュッパです。採れたてですよ」

「なに、そんなに安いのか。ではひとついただこう」

 リア王が目くばせすると、ひげの護衛が財布を取り出して代金を支払おうとした。が、リア王は護衛から財布をひったくると、自ら丁寧に硬貨を数え、にっこりと店主に差し出した。

 ずっと戦をしていたから、この国に来てこんなふうにふつうに買い物をしてみたかったのかな――と微笑ましく見守っていると、

 

「え……旦那! 桁がふたつほど多いですよ!」

 と、正直者の店主が慌てた声を出した。


「ん? まあよい。釣りは取っておきなさい。がっはっは」

 ひげの護衛が商品を受け取り、リア王は上機嫌に市場の奥へと進んで行く。――これでは変装の意味がまるでない。先行きが不安になってきた。

 

 ケルベロスの一件以降はとくに事件もなく、最近では「反体制派の残党」も鳴りをひそめているが、奴らがアルベールやリア王を狙うのに今日ほど格好の機会はないはずだ。

 私は毒入り砂糖菓子事件のあと、なんとか犯人の手がかりを得ようと、何度も「反体制派」についてストーリー中の記憶をたどってみたけれど、なにひとつ思い出すことができなかった。

 というか、「反体制派」なんて、本当にいたっけ……


「ツキ。警戒を怠るな。注意力が散漫になっている」

 耳元で急にオニキスの声がして、心臓が口から飛び出しそうになった。

 

「は、はいっ……」

 名前を呼ばれたっ……

 注意力が散漫になっているいちばんの原因は、あなたなんだけど。

 

 そのあともリア王は同じ調子で市場での買い物を堪能し、ひげの護衛の両手は買い物袋でいっぱいになった。そろそろ王宮に戻る頃合いか、という雰囲気が漂いだした頃、リア王が前方の建物を指差して、私に訊いた。

 

「ツキ! あそこは公衆便所か?」

「い、いえ、大衆食堂です。けっこう、安くておいしいですよ」

 この店には何度も訪れたことがある。いちおう、市場では最も大きい食堂だ。丸の内にあったら週一で通いたいと思えるくらいには気に入っていた。

 リア王は「おお」と目を輝かせ、

 

「ちょうど腹が減っていたんだ。入ってみよう」

 と、さきほどまで便所だと思っていた場所にずんずん入って行く。――余計なことを言わなければよかった。アルベールの顔をちらりと見あげると、アルベールはうつろな目で小さく手を広げ、『お手上げ』の身振りをした。


 昼どきには少し早いにもかかわらず、食堂は繁盛していた。中央の丸テーブルだけが空いており、私たちは全員でそれを囲んだ。

 

「ツキ、おすすめはなんだ?」

 リア王がにこにことして訊いた。

「ええと、お口に合うかわかりませんが、私はいつもこれを……」

 

 私たちは〈シェフの気まぐれパスタ〉という、OLのランチかのような名前の看板メニューを注文した。この日はイワシが入った、ニンニクと唐辛子のきいたスパゲティで、普段ならたいへん食欲をそそるものだったが、私はほとんど味がわからなかった。ちょうど向かいの席に、オニキスが座っていたからだ。

 オニキスはアルベールに勝るとも劣らない、美しい所作でパスタを口に運んでいる。この世界に来てはじめて知った彼の一面だ。このギャップもいい。推せる。


「いやあ、これはなかなかの味だ。明日もまた来たいぐらいだな、アルベール殿下!」

 リア王は意外にも、庶民の味を気に入ったようだ。アルベールはただ苦笑いしている。


「このような新鮮な魚は、我が国では手に入らないからな。今回、ゆっくりと過ごしてみてわかったが……」

 リア王はカトラリーを置き、アルベールを真っ直ぐに見つめた。


「この国は、いい国だ。このあいだまで戦をしていたのが、阿保らしいくらいだよ。アルベール殿下。これからは手を取りあって、ともに末永く繁栄していきましょうぞ」


 アルベールははっとした顔をして、

「はい。リア王陛下。どうぞよろしくお願いいたします」 

 と、力強く返事をした。


「それから、ロザリアのことを、くれぐれもよろしく頼むよ」

 リア王は、いままででいちばん優しい笑顔で言った。


「はっはっは、気分がいいな。ようし――店主!」

 リア王が叫ぶと、厨房のほうからでっぷりとした体格の男が出て来て「はい」と返事をした。

 

「この店にいる皆の勘定は、すべて私が持とう。皆の者、好きなだけ飲み食いするがよい!」

 最後のほうは、店じゅうに響き渡る大声になった。それを聞いた食事客がわあっと歓声をあげ、酒や料理を注文する声で店内は騒然となった。


 はあ。このひとは、身分を隠すつもりがあるのかないのか。この店の勘定も、相当高くつきそうだ。リア王の気前のよさに、僭越(せんえつ)ながら国の財政が心配になってしまう。このあいだまで長い戦をしていた国に、そんな余裕があるのだろうか。今回の大名行列にだって、莫大な費用がかかっているはずだし。ロザリアのしっかりした経済観念は、この父を反面教師として形成されたのかもしれない。


「ツキも、もっと好きなものを頼んだらどうだ?」

 リア王が私に言った。

「あ、はい。では、飲み物を……」

 皆のぶどう酒のおかわりでも頼もうか、とウェイトレスに向かって手をあげた時、やかましい音を立てて入り口の扉が乱暴に開いた。四、五人の柄の悪そうな男たちが、気だるげに店内に入って来る。

 男たちは食事客を次々に舐めまわすように見て店内を進み、私たちのテーブルの前に来て止まった。男たちは互いに目くばせをすると、にやりと口の端を引きあげて言った。

 

「噂じゃあ、ずいぶんと羽振りのいいご一行様がいるらしいじゃねぇか、あぁん?」

()()()()って感じの変装しちゃってよぉ。どっかのご貴族様かぁ?」

 

 あーあ。来ちゃったよ。

 『私は金持ちですよ』と宣伝してまわっていたようなものだから、当たり前である。

 

 人数は五人。胸元が大きく開いたシャツを着崩し、盗賊とも言えないようなだらしない身なりをしている。一瞬「反体制派の残党」が頭をよぎったが、こんなに頭が悪そうなはずはないので、たぶん違う。ただの町のごろつきだろう。皆一様に、カットラスのような湾曲した刃の小刀を腰にぶらさげている。

 

「ベテランさん、でん……彼をお願いします」

 私はベテラン親衛隊員に声をかけ、ごろつきたちの前に立った。オニキスも立ちあがって私のななめ後方に来る。騒がしかった店内は静まりかえり、皆が私たちの様子をうかがっている。

 

「食事中ですので、お引き取りください」

 私はマントの下でレイピアのグリップに手をやり、いちおうの警告をした。

 

「なんだぁてめえ、女みてえな顔しやがって。可愛いがってほしいのかぁ?」

 ごろつきAが腰の小刀を抜いて、舌で舐めるような仕草をした。――剣を抜いたな。


「お嬢ちゃんはどいてな。俺たちにもよぉ、金目のものをちょっとばかし、分けてもらえるだけでいいんだよ。わかるだろ?」

 

 ごろつきAはわざとらしく、小刀を八の字に振りまわしながらゆっくりと近づいてくる。ただの(おど)しだ。こんな雑魚(ざこ)はさっさと捕まえて、衛兵に引き渡そう。私は上体を後ろに反らせて、ごろつきAの小刀をひらりとかわし――

 

「やめろ!」


 鼠色のマントが目の前に割って入ってきた。私をかばうように、大きく手を広げている。そのはずみで、マントのフードがはらりと外れた。

 

「え……殿下……?」

 

 アルベールだ。なにをやっているんだ、このひとは――? あなたはうしろに下がっていないと駄目じゃないか。

 アルベールは私のほうを振りかえって、苦しそうな笑顔を見せた。


「ツキ、ケガはないか……?」

 

 ケガなんてするはずない。こんな奴ら、〈主人公〉の私の敵ではないのだから。そんなこと、ずっとそばにいたあなたなら、わかっているはずでしょう。


「な、なんだぁ? 貴族のおぼっちゃんが英雄(ヒーロー)気取りかぁ⁉︎」

 自分から刃物を振りまわしたくせに、ごろつきAは狼狽(うろた)えたような声を出した。

 

「殿下っ! お下がりください!」

 ベテラン親衛隊員が慌ててアルベールの前に出て身をかばい、うしろに押し戻そうとしたが、アルベールはなおも前に出ようとし、

「おまえたち、出ていきなさい! 皆が怖がっているだろう」

 ごろつきたちに向かって蒼白な顔で叫んだ。


 アルベールは二の腕を押さえている。鼠色のマントに、どす黒いしみが広がる。血が出ている。ケガをしている。ケガをさせてしまった。


「あれ、アルベール王太子殿下じゃないか……?」

 食事客がざわつきだした。

「王太子様っ――!」

「え、衛兵を呼べっ」

 店内が騒然とする。

 

「王太子だと……?」

 ごろつきたちが目を見合わせた。

 

「お、王太子はやべえっ! 帰るぞっ!」

 ごろつきたちはテーブルやイスを引き倒しながら、いっせいに入り口の扉のほうへ走りだした。


 逃がさない。私はレイピアを抜いた。

 

「ツキ! やめろ!」

 

 アルベールが振りかえって、私に手を伸ばした。身をひるがえしてアルベールの横をすり抜ける。床をさらに蹴って、加速する。逃げ遅れたごろつきのひとりが振りかえって、必死の形相で私を見た。私はレイピアを振りあげる。

「うわあああっ」

 ごろつきが叫んだ。私はレイピアを、ごろつきの首に振りおろした――

〈主人公〉視点のまま、次話へ続きます。

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