【第三十八話】 了承
アリアは作業卓上に並んだ立体映像の中から一つの生物に目を留め、その映像を選ぶと、細長い身体に多数の脚が並ぶ生物が拡大表示された。
「これは……さっき名前を付けた生物を追っていたやつね」
アリアは表示された生態情報へ目を通し、再び立体映像へ視線を戻すと、わずかに首をかしげる。
「長い身体に、多い脚……」
「Longicorpus・multipes。これでいいわね」
正式名を記録し、再び生物の一覧を呼び出すと、続けて一つを選び、細い身体に三対の翅を持つ生物を拡大表示させた。
「細い身体はGracilicorpus、翅は……」
アリアはわずかに首をかしげ、立体映像と生態情報を交互に見比べていると、補助AIが候補を提示した。
『alatumがあります。翼を持つ、翼のあるものを示します』
「六枚なら、hexalatum?」
「でも、翼ってほどのものでもないし……それに、植物にも使われてたわよね」
『では、六を示すhexaと、翅を示すpterを組み合わせた、hexapterumを提案します』
「pter……ああ、あれね」
「Gracilicorpus・hexapterum」
アリアは立体映像を見ながら何度か小さく復唱して頷き、正式名を記録すると、再び生物の一覧を呼び出した。
「次は……」
アリアは一覧へ視線を向け、そのまま残された生物の情報整理と命名を続けていった。
その間、マスターは惑星環境とラボ内の設定値を比較し、セバスチャンは異常繁殖した生物の収容記録を順に呼び出しながら、個体情報を確認していた。
生物の命名がおおかた終わり、アリアが一覧から視線を外して作業にひと区切りつけたところで、マスターは手を止めた。
「環境設定に問題はなさそうだ」
「こちらも、現状では個体そのものに明確な異常は確認できません。ただ、回収時と比べ、一部の個体で活動量が増加しています」
「それだけなら、問題なさそうだけど?」
「確かに、それだけなら問題ありません」
セバスチャンは対象個体ごとの現状をまとめた情報を二人に共有し、表示されたことを確認すると、説明を続けた。
「ただ、観測期間が短く、個体ごとの変化をまだ十分に比較できていませんが、抱卵個体では保有する卵の数に偏りが見られます」
マスターは共有された情報と環境設定を照らし合わせ、しばらくすると操作の手を止めた。
「対象個体を一次研究に回そう」
「では、対象個体の移送と並行して、非侵襲検査の準備を進めます」
「あれを一次研究するの? あのサイズの……あれよ?」
「はい。観測だけでは情報が不十分ですし、この生物に合わせて環境側を調整すれば、ほかの生物とのバランスを崩す可能性があります。現状では、対象そのものを調べる必要があります」
そう言うと、セバスチャンは手元の表示へ視線を戻し、対象個体の移送に必要な操作を進めた。
移送が始まると、マスターは残っていた操作を終えて席を立ち、セバスチャンも表示を閉じてその後に続いた。
二人が席を立ったのを見て、アリアは作業卓に両手をつき、小さくため息を吐いてゆっくりと立ち上がると、三人はその場を離れた。
回収した生物の受け入れが続く収容槽の前を通り、その先の通路へ入ると、生物に合わせて照度が調整されていた研究区画よりもわずかに明るい、幅の広い通路がまっすぐに伸びていた。
そこを奥へ進むにつれ、アリアの足取りはしだいに遅くなっていき、通路の先にある両開きの隔壁扉の前で待つマスターとセバスチャンのもとへ、少し遅れてたどり着いた。
三人が揃い、扉へ近づくと隔壁が左右に開き、中へ入るとアナウンスが流れ始めた。
『これより先は一次研究の管理区域です。区域区分を確認のうえ、次の区画へ進んでください』
アナウンスを聞き終え、三人がさらに奥へ踏み出すと、正面の扉が開くのと同時に背後の隔壁が閉じた。
そのまま正面の扉を抜けて次の区画へ入ると、アナウンスが再び流れ始める。
『一次研究への移行を最終確認します。一次研究中は、知覚情報の認識閾値が変更され、通常時には背景処理される微細な刺激も認識対象となります。安全機構は継続して作動し、意識処理または行動に重大な影響を及ぼす刺激は、研究に必要な情報を保持したまま制御されます。了承する場合は、一次研究側の扉横にある台座へ両手を置いてください』
天面が淡く光る台座にマスターが両手を置き、少しして光が消えると手を離した。指を動かして感覚の変化を確かめていると、セバスチャンも台座に両手を置き、光が消えると手を離してその場を離れた。
感覚の変化を確かめるように肩口や袖を整えるセバスチャンを見て、アリアは空いた台座へ視線を向け、少し間を置いてからゆっくりと近づいた。
淡く光る天面に両手を置くと、初めはひとまとまりだった接触感が、切り替えが進むにつれて細かく分かれていった。手のひらに触れる面のわずかな凹凸や、指先に伝わる表面の質感、触れている場所ごとの圧力の違い、その形や硬さまで、意識を向けなくても次第にはっきりと伝わってくる。
やがて光が消え、アリアが手を離しても、指先や手のひらには台座へ触れていた感覚が残り、その輪郭が徐々に薄れていく過程まで明瞭に感じ取れた。
アリアは自分の服へ視線を落とすと、身体をひねって肩越しに背中側へ視線を向け、続けて片腕を上げ、脇の下から見える範囲まで確かめた。
「……服がわずらわしいわね」
アリアは肩口の布をつまんで身体から離したが、その分だけ別の場所が引かれると、今度はそちらへ視線を向けた。しばらくして手を離すと、わずかに肩を落として服装を整え直し、扉前で待つ二人へ視線を向け、台座から少し離れた。
『3名の了承を確認しました。区域間の隔離維持のため、出口側の扉を閉鎖、施錠します。閉鎖確認後、一次研究側の扉を開放します』
アナウンスに続いて出口側の扉が閉まり、ロックの掛かる音がすると、少し遅れて、一次研究側の隔壁が左右に開いていく。




