【第三十七話】 ラボの記録
今回の【第三十七話】では、以前の出来事へ移ります。今後も回想や過去の出来事を扱う話では、今回のように【】を付けて表記する予定です。
CUTBEによる全天球の走査が完了すると、役目を終えた機構は起動前の状態へゆっくりと戻っていき、すべてが内部へ収まると、観測時に開かれていた外壁も順に閉じ、露出していた構造は再び覆われた。
メインルームでは、全天球の走査で収集された膨大な観測情報がCUTBEによって整理されていった。
マスターがその中から目に留まったものを大まかな候補として残しながら確認を進める一方、アリアの前では箱庭惑星から回収されたサンプルの収容も大方片付き、確認を終えたものから順に記録が並んでいた。
アリアは作業に一区切りつけると、視界の端で点灯を続ける、かつて紙の文書を収めるために使われていた封筒を模した通知へ目を向けた。
「UIって、一度決まると本当に変わらないわよね」
そう呟きながら表示に触れると、補助AIが起動し、必要以上に勢いのある音声が流れた。
『Ecce! ego! adsum!!』
「あ……うん。仕方なかったのよ。そこにいるのは知ってるから」
続く音声は、先ほどまでの勢いから一転し、落ち着いた調子へ戻った。
『前回、予期せぬプログラム終了が確認されました』
『前回起動時の作業状況を確認します』
「強制終了程度でデータの欠損があるとは思えないけど……分かったわ」
アリアの返答に応じ、並んでいた箱庭惑星の生物群のリストは作業台の隅へ小さくまとめられ、代わって以前訪れた惑星のラボ内部や、そこで確認された生物たちを映す表示がいくつも展開された。
そこには、甲殻に覆われた身体を丸めて地表を転がる生物や、空中を六枚の翅で自在に飛び回る細身の生物、岩場の影に開いた穴から列をなして現れる小型の生物、脱皮殻に群がり、その表面を這い回る茶褐色で扁平な生物など、その惑星で観測した生物たちの姿が映し出されていた。
その中の一つには、隔離壁の手前で中空に展開されたモニターを確認する三人の姿が映り、そこにはラボ内の生体反応や個体数の変化とともに、特定の生物だけが急激に数を増やしていることが示されていた。
三人はその変化を追いながら操作を進めると、映像の中で補助AIの音声が流れた。
『ラボ内生体反応を確認。活動抑制準備を開始します』
その音声に続き、ラボ内各所で環境制御が始まり、生物たちの動きが徐々に鈍り始めると、壁面や床下の収容部が開き、小型の回収機が次々と滑り出した。
生物が個別のカプセルへ収容され、順次ラボの外へ運び出されていく様子を確認すると、三人は隔離壁を離れ、連絡通路の脇に設けられた層間移送機へ向かった。
扉の前でマスターが手をかざすと、上部にある幾何学的な識別表示が淡い琥珀色に明滅して扉が開き、三人が中へ入ると、行き先を指定することなく層間移送機は動き出した。
しばらくの間移動を続け、研究区画へ到着すると、それに合わせて最低限に抑えられていた照明が順に光量を増し、区画全体が明るさを取り戻していった。
三人は研究区画の中央に設けられた作業卓へ向かい、それぞれ作業に十分な間隔を空けて腰を下ろすと、それに合わせて惑星やラボで得られた情報をまとめた複数の表示が立ち上がった。各自、回収された生物の収容状況と、ラボ内で取得されたデータを確認していった。
しばらく確認を続ける間にも、ラボから回収された生物が次々と研究区画へ運び込まれ、異常繁殖した生物を除く収容がひと通り終わった頃、マスターが一度手を止めた。
「ラボ側に目立った異常はなさそうだな。俺は惑星側との環境差をもう少し見てみる」
「では、私は異常繁殖した生物そのものを確認いたします」
「それだと、私がやることはなさそうね。だったら、ほかの生物の情報整理と、仮称になってた名前もちゃんと決めてしまいましょうか」
二人がそれぞれの作業に移ると、アリアもそれまでの表示を閉じ、惑星から回収された生物の記録を呼び出した。
そこには生物ごとに仮称と小さな立体映像が並び、アリアは一覧から異常繁殖した生物を見つけ、親指に中指を掛けて軽く弾き、表示の外へ追いやると、再び一覧へ視線を戻し、その中から一つの立体映像を選んだ。
「まずは、これからね」
ほかの生物の映像が表示の端へ小さくまとまり、選ばれた生物の映像と、これまでに確認された生態や特徴が中央に展開された。
「たしか、身体を丸めて地表を転がってたやつよね」
アリアは立体映像を見ながら生態情報へ目を通し、表示された仮称に視線を止めた。
「仮称、丸甲殻……甲殻を持った生物。Carapaxは外せないとして、丸い……Rotundus、だったかしら」
「Carapax rotundus……」
「……少し言いにくいわね」
その呟きを拾った補助AIが、別の候補を提示した。
『では代替案として、|Orbicularisがあります。球形を示す語ではありませんが、円形という意味では外形的特徴に適合します』
『また、複合語として|Rotundicarapaxを提案します』
「複合語は……なしね」
「Carapax rotundus……」
「Carapax orbicularis……」
「特徴だけならRotundusの方が分かりやすいけど……呼ぶならこっちね。Carapax orbicularisにしましょう」
アリアは二つの候補を何度か小さく復唱し、正式名を決めて生態情報へと記録すると、拡大されていた生物の表示を閉じた。端へ小さくまとめられていた一覧も元の状態へ戻ると、アリアは再びそこへ視線を向けた。




