第三十六話 それぞれの時間
視覚同期が解除され、三人の視界が無機質なメインルームへと戻ると、頭部を固定していた支持部がヘッドレストへ収まり、後傾していた座席が元の角度へと戻っていく。
アリアは座席から立ち上がり、両腕を高く伸ばして簡単なストレッチを始めると、セバスチャンも続いて立ち上がり、服装の乱れを軽く整えた。
「その動作をする必要はないと思いますが」
「……気分の問題ね。別に毎回これをやってるわけでもないわよ」
アリアは一瞬だけ伸びを緩め、すぐに両腕を伸ばし直しながらそう答えると、二つの座席が床下へ格納されるのを見届けて腕を下ろした。
「箱庭として順調なのはいいとして、結局、目立った動きって帰還時の急加速くらいだったわね。最初にモノリスを設置した時もそうだったけど、自律運行に切り替わると動きが変わるでしょう」
「私もそのことで、少し気になる事がございます」
アリアへそう答えると、セバスチャンはマスターへ向き直り、姿勢を整えた。
「確認のため、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「運搬用UAUには、サンプル回収の指示を出した。回収とラボの調整が終わるまでは、しばらく自由にしていていい」
「ありがとうございます」
「どこへ向かうの?」
「UAUコアと機体を直接確認したいので、まずは格納区画へ向かうつもりです」
「そう。じゃあ私は、今回回収したサンプルの確認を進めようかしら」
セバスチャンの行き先を聞き、アリアは操作パネルで先ほどとは異なる座席を指定した。床面から同期用のものよりひと回り大きな座席がせり上がり、そこへ腰を下ろすと、座席と一体になった机が正面へ展開された。
その机の上に両手を置くと、今回回収されたサンプルが立体映像で表示された。いずれもまだ名称は付けられておらず、淡水湖、浅瀬、海底など、回収元の環境ごとに区分され、画面端には小さな通知表示が点灯していた。
「……前の惑星でのこともあるし、ラボへ移されたものから順に見ておかないとね」
「では、しばらくこの場を離れさせていただきます」
アリアが作業に入ったことを確認すると、セバスチャンはその場で一礼し、メインルームを後にした。
「それで、マスターはどうするの?」
「既知の惑星を再訪するのもいいが、まずはこの周辺に次の候補がないか探す」
「じゃあ、今度は環境を見に行くのはどう? 生物を見るのもいいけど、たまには惑星そのものを見て回るのも悪くないでしょう」
「そうだな。そういう惑星も候補に入れておこう」
そう言うと、マスターは新たな操作パネルを呼び出して周辺宙域を観測するための準備を進め、中空にCUTBEの外部を映し出した。
映し出されたCUTBEの一面では、中央部がゆっくりと開き、幾重もの同心円を描く内部構造が露出し、円環が淡い光を帯びると、機体から少し離れた前方で背景の星々が揺らぎ始めた。
その揺らぎはやがて球状の歪みを形作り、徐々にその範囲を広げていく。
その内側では、引き伸ばされた星々の光が弧を描きながら幾重にも折り重なり、その間に淡く広がる光や、渦を巻く小さな像も現れ始める。
やがてそこには、遠方に広がる宇宙の一部を切り取り、球体の中に浮かべたような光景が広がった。
揺らぎが安定すると、CUTBEはゆっくりと回転を始め、その軸を一周するごとに僅かにずらし、直前の走査領域の端と観測範囲を重ねながら、天球上を螺旋状に走査していった。
その頃、メインルームでは、観測によって捉えられた光源の情報がマスターの前に次々と表示され、CUTBEによる解析と種別ごとの整理が進められていく。
マスターは同じ銀河内のものを適当に選んで一つずつ確認していき、その中から目に留まった恒星系を候補に加え、選ばれた恒星系には観測情報をもとに識別名が付与され、メインルームの中空へ一つずつ表示されていった。
メインルームの中空に増えていく候補へ目を向けたアリアは、自分の前に並ぶサンプルへ視線を戻し、そのままマスターへ声をかけた。
「こっちも、名前つけるのよね?」
「そうだな。任せる」
「……まぁ、そのうちにね」
マスターの短い返答を聞き、アリアは頷くと、そのまま確認作業を続けた。
その間もCUTBEによる走査は続き、観測範囲は天球全体へと広がっていった。やがて観測方向が最初に捉えた領域へ戻る頃には、候補として残されたものだけでも数十ほどになっていた。




