第三十五話 箱庭の夜
ベータ機の動きに反応した捕食者は、獲物から口を離し、身体を大きくくねらせながら周囲の堆積物を巻き上げ、岩塊の隙間へ身を引いていった。
機体はそのまま捕食者の潜む岩塊へ近づき、岩肌に広がる扇状の付着物を収容すると、続けて入口付近に残された大型生物と、舞い上がる堆積物の向こうから頭部を覗かせる捕食者も回収し、周囲に残る組織片や堆積物もいくらか収めた後、開いていた機体の一部を閉じて岩塊から離れた。
「生態系がここまで形になっているなら、安定化はもう必要なさそうだな」
「俺はモノリスへ向かい、安定化から観測へ切り替えた後、入り江へ戻る」
「じゃあ、私たちはもう少し探索を続けてから戻るわ」
「それで構わない」
「戻る時間は?」
「時間は区切らない。急ぐ理由もない」
「それでは私は、先ほどの生物が現れた方向に、ほかの反応がないか探してみます」
そう告げると、セバスチャンは機体をその方向へ進めた。アリアも岩塊の周辺に残り、分析を始めた。
二人がそれぞれ行動に移ったのを確認したマスターも岩塊を離れ、周囲の探査を始めると、進むにつれて先ほどまで続いていた生物の反応は次第に薄れ、やがて確認できなくなり、辺りには細かな堆積物に覆われた平坦な海底が続いていた。
何もない海底をしばらく進んだ先で、堆積物から一部だけが突き出したモノリスを捉え、細かな堆積物を僅かに舞い上げながら近づき、真上で静止すると、環境調整から観測へ設定を切り替えた。
再設定を終えると、アルファ機は堆積物に埋もれた状態には手を加えず、海面へ向けて上昇を始め、水柱を上げながら海上へと抜けると、空はすでに夜へ移り、水平線には満ちた衛星が浮かんでいた。
海面にはその光が長く伸び、衛星の周囲では星の光が薄れ、そこから離れるほど夜空は深く、無数の星々と、その間を横切る淡い光の帯が広がっていた。
アルファ機は衛星を背に入り江へ向かい、海面に伸びていた光が短くなり始めた頃に到着した。
入り江の海面に星々の光が揺れ、衛星がさらに高く昇った頃、異なる方向から二機が接近し、アルファ機の傍で停止した。それに少し遅れて、ベータ機とイプシロン機も戻ってきた。
「二機が戻ったということは、帰還でよろしいですか」
「まだ見て回りたい場所があるなら、続けても構わない」
「いえ。残りは自律機に任せてよいかと」
「私も十分楽しんだし、もういいかな」
「分かった。では帰還する」
二人の返答を確認したマスターは、それだけ告げ、先に戻っていた二機へ帰還指示を送ると、二機が空へ向けて加速を開始し、その直後からアルファ機、ベータ機、イプシロン機も、短い間隔で次々と加速へ移った。
五機の速度は急激に増し、瞬く間に夜空を駆け上がり、周囲を満たしていた夜の色は、濃紺から深い黒へと変わっていく。
後方では、水平線が次第に丸みを増し、海岸線や大陸の細かな輪郭が距離の中へ薄れていった。
五機は大気の層を抜け、そのままCUTBEへ向かい、やがて接近に合わせて外部ハッチが開くと、格納区画へ進入し、それぞれに割り当てられた位置へと戻っていった。
機体が所定の位置へ収まると、その輪郭は次第に見えなくなり、そこには継ぎ目のない壁面だけが残り、同期が解除された。
機体を通して映していた視界は途切れ、三人の視覚は再びCUTBEのメインルームへと戻った。




