第三十話 淡水湖
高原を離れ、淡水湖へと向かう三機の視界には、緩やかな起伏を持つ荒野が広がっている。
むき出しの地表には草木の姿はなく、ところどころに水を含んだ窪地が点在していた。
三機が速度を落として高度を下げていくと、散らばる大小さまざまな岩の形がはっきりしていく。
丸みを帯びたもの。
地表に半ば埋もれたもの。
その中には、荒い断面を残した岩も混じっていた。
「衝突で飛ばされてきたものかしら」
セバスチャンと同期するイプシロン機は、地表へ向けてさらに高度を下げた。
散らばる岩の上空をゆっくりと横切りながら、荒い断面を残したものや、地表に半ば埋もれたものを順に捉え、その色や表面の状態を走査していく。
「その可能性が高いかと。すべてではありませんが、入り江周辺で確認された岩石と組成が一致するものもあるようです」
「いくつか、回収しておくか」
マスターと同期する機体も高度を下げると、セバスチャンの機体が走査した範囲を中心に、散らばる岩の上空をゆっくりと移動していった。
荒い断面を残したものと、周囲に見られる丸みを帯びたものを複数地点から選び、順に収容していった。
回収を終えると、マスターとセバスチャンの機体は高度を上げ、合流した三機は淡水湖へ向けて移動を続けた。
変化の少ない荒野をしばらく進むと、その先に、大陸中央に広がる淡水湖の水面が見えてくる。
三機がそのまま荒野を進み、岸辺の地形が見える距離まで近づいていくと、視界の先には対岸の輪郭もなく、水平線まで続く湖面だけが広がっている。
湖岸付近に到達すると、三機は高度を落とした。
岸辺には濡れた岩と泥が続き、その先の浅瀬では、穏やかな風に揺れる水面の下に、緑色の膜のようなものが岩肌に張り付いている。
三機が浅瀬の上へさらに高度を下げて確認すると、緑色の膜の表面は一様ではなく、細かな粒と糸のようなものが幾重にも重なっていた。
「あら、苔ではなさそうね。微生物の集まりかしら」
「サンプルの回収は、湖底を確認してからだな」
マスターはアリアが取得している浅瀬の観測データを確認すると、進路を湖の中央へ向けた。
三機は浅瀬の上を低速で進みながら、ゆるやかに湖面へ近づいていった。
湖面は機体の周辺に保たれたわずかな空間に沿って、静かに押し分けられていく。
そのままゆっくりと湖中へ入り、完全に水面下へ入ると、乱れていた湖面はすぐに落ち着き、何事もなかったかのように穏やかさを取り戻した。
浅い層では、微細な浮遊物が水の動きに揺られ、差し込む光を受けて細かな反射を繰り返していたが、深度が増すにつれて水の揺らぎは次第に穏やかになり、湖底近くでは透明な水中に細かな粒子がまばらに漂うだけになっていった。
やがて湖底付近まで降りると、機体の動きに伴って細かな堆積物が舞い上がり、水中へ滲むように広がっていった。
三機に近づいた粒子は、薄い境界をなぞるように流れ、やがてゆっくりと沈んでいき、水中の濁りも次第に収まっていった。
湖底の輪郭が戻り、三機がモノリスへ向けてゆっくりと進み始めると、細かな堆積物に混じるように、周囲の岩盤とは質の異なる岩塊が散らばっているのが見えてきた。
その角張った表面には、浅瀬で見たような緑色の膜や付着物はほとんどなく、湖底に露出した岩盤とは明らかに質が異なっている。
モノリスへ向けてさらに進んでいくと、細かな堆積物の少ない場所では、露出した岩盤の割れ目や隙間に、浅瀬で確認したものよりも濃い緑色の膜が広がっていた。
その後も湖底の様子に大きな変化はなく、三機は細かな堆積物と岩塊の散らばる底面をゆっくりと進み、やがてモノリスの周辺へ到達した。
三機はそこで一度静止し、ここまで進んできた湖底と、モノリス周辺の状態を確認していった。
「見た範囲では、浅瀬のものと同じ種類と見てよさそうです」
「色や状態の違いは、環境の影響ということかしら」
その確認を受けて、マスターが短く続けた。
「両方とも、詳しく確認する必要があるな」
「それなら、私が回収しておくわ」
アリアと同期するベータ機が膜状群体の広がる岩肌へ近づいていくと、その上を薄い楕円形の輪郭がゆっくりと動いていた。
水流に流されているわけではない。
薄い身体は形を保ったまま岩肌の上を進み、通り過ぎた部分では、緑色の膜がわずかに薄くなっていた。
「あら、群体だけかと思ったけど、ほかにもいたのね」
アリアはその生物も含めるように、回収範囲を定めた。
ベータ機が岩肌へさらに近づくと、湖底の一部が周囲の湖水ごと切り取られ、そのまま収容された。
「湖底はこれでいいわね。あとは浅瀬のものも回収するわ」
回収を終えると、三機は湖底を離れ、湖面へ向けて浮上した。
湖面を抜けた後も低空を維持したまま、湖岸近くの浅瀬へ移動し、先ほど確認した緑色の膜を、周囲の湖水ごと切り取るように回収した。
「自律行動中の二機は、すでに入り江周辺を離れ、内陸部へ入ったようです」
「では、陸上はあの二機に任せて、こちらは島嶼へ向かう」
湖岸近くにいた三機は、ゆるやかに進路を変え、そのまま島嶼部へ向かった。




