第二十七話 全天球観測
CUTBEは恒星系の外縁から、内側へ向けて通常航行を続けていた。
その進路の先に、灰青色の天体が小さく姿を見せ始める。
「せっかく見て回るんだ。メインルームを全天球観測へ切り替える」
マスターが手元の操作パネルを数回操作すると、床と壁、天井を分けていた境界が、次第に曖昧になっていく。
その輪郭が消えるにつれ、CUTBEの現在座標を基準とした宙域が、メインルーム全体へ広がっていった。
その空間には、進路の先にある灰青色の天体が大きく現れていた。
CUTBEが近づくにつれ、灰青色の表層は次第に明確になり、そこを覆う雲の流れも細部まで現れていく。
赤道を挟んで流れる雲帯は互いに逆方向へ走り、その南北では、雲が巨大な渦を一つずつ形作っていた。
アリアは一歩前へ出ると、眼前に広がる巨大な渦の一つへ目を向けた。
「ずいぶん極端な流れ方ね」
アリアがそう言った直後、灰青色の表層を、青白い光が短く走った。
光は雲の薄い層を裂くように枝を分け、すぐに大気の流れへ掻き消されていく。
「さすがに、あそこへUAUを投入するのは手間ね」
「帰還は可能でしょう。ただ、この環境では帰還後の整備が前提になりそうです」
セバスチャンは、雲の奥を走る光に合わせて視線だけを動かしていた。
「でしょうね。戻した後が面倒なのよ」
アリアがそう返す間も、雲の奥では青緑の光が明滅し、その光を追ったまま、セバスチャンは続けた。
「回収を前提としない観測機であれば、投入は可能です。投影精度も向上しますが……」
そこで、セバスチャンは言葉を止めた。
判断を仰ごうと視線を向けた先で、マスターは惑星を見たまま動かずにいた。
アリアもそちらへ目を向けると、深く息を吐き、額へ手を当てた。
「……あんたねぇ。表情ってものがないんだから、そうやって動きを止められると、何をしているのか分からないのよ」
それでも、マスターの姿勢は変わらなかった。
「どうせ、この惑星の音でも聞いているんでしょうけど」
アリアは惑星へ視線を戻して、続けた。
「観測機の投入はどうするのよ」
その言葉に、ようやくマスターの動きが戻る。
惑星へ向けられていた顔が、ゆっくりとアリアの方へ向く。
「投入はしない」
マスターは再び惑星へ視線を戻した。
「行きがけの見物だ。一度周回してから、次の惑星へ向かう」
「そう。それならいいわ」
アリアは惑星へ目を向けたまま、肩をすくめた。
そんな会話を交わしている間にも、CUTBEは惑星との距離を縮めていた。
そのまま進路を変え、巨大なガス惑星をゆっくりと周回していく。
周回する間、灰青色の雲帯と、その奥で明滅する青緑の光は、CUTBEの位置が変わるにつれて少しずつ見え方を変えていた。
やがて周回を終えたCUTBEは、巨大なガス惑星を後にし、恒星系のさらに内側へと進んでいく。
次の天体へ近づくにつれて、灰青色の惑星は少しずつ視界の端へ移り、進路の先に別の天体が姿を現していった。
それは、モノリスを設置した惑星よりも一つ外側の軌道を巡る岩石惑星だった。
CUTBEはそのまま距離を縮め、先ほどのガス惑星と同じように、周回軌道へと入っていく。
「直径は、モノリスを設置した惑星とほぼ同程度です。ただし、表面重力は平均で八割ほどに留まっています」
セバスチャンは、目の前に浮かぶ岩石惑星と観測データを見比べながら、続けた。
「大気は希薄。地表の多くは、細かなレゴリスに覆われているようです」
その報告を聞きながら、アリアは荒涼とした地表から、惑星の極地へと目を移した。
「大部分はそうみたいだけど、極地にはかろうじて氷が残っているわね」
アリアの視線の先では、灰色の地表にわずかな白い領域が残っていた。
「日照が強まる時期には、一部が液体へ戻る……だが、それだけのようだな」
マスターは白い領域を見ていた視線を、進路の先へ移した。
「細かく探査すれば、何か見つかるかもしれない。だが、今はモノリスの確認が先だ」
CUTBEは岩石惑星の周回を続けながら、レゴリスに覆われた地表の起伏と、氷の有無や分布を確認していく。
やがて周回を終えると、その惑星を後にし、恒星系のさらに内側へと進んでいった。
その進路の先には、モノリスを設置した惑星が見えていた。
広大な青い海と、半円形に抉られ、入り口だけがいびつに狭まった入り江を抱える巨大な大陸、その周囲に連なる小さな列島が、メインルームに広がる宙域の中へ浮かび上がっていた。




