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第十八話 残骸を喰むもの

※本話には、一部生理的嫌悪感を伴う可能性のある生態描写があります。苦手な方はご注意ください。

少し離れた木の陰に、二本の脚で身を起こし、幹の向こうからこちらを窺う影があった。

この惑星にはあるはずのない、人型の輪郭だった。


セバスチャンはわずかに目を細めた。

「……人影のようにも見えますね」

そう呟き、顎に手を添えた。


マスターも無言のまま身を乗り出し、木陰を注視する。


だが、じっと見ているとわずかに様子が違う。

立っているというより、何かに体を預けているような、不自然な寄りかかり方だ。


セバスチャンが操作を行うと、三人の前に補助表示が立ち上がった。

隔離壁の向こう、遠方の樹木付近を捉えた映像が拡大される。


拡大された映像には、木の幹に身を寄せた丸甲殻の姿が映っていた。

樹皮の裂け目から白い液が滲み出しており、丸甲殻はそれに口元を寄せている。


「……あっちも罠かしら? それを食べてる?」


アリアが首をかしげる。


「流石に、あの蜘蛛型の罠で丸甲殻を捕えるのは難しそうだな」


マスターが映像を見据えたまま答えた。


セバスチャンが操作を加えると、映像はさらに拡大された。

白い液は樹皮の裂け目から滲み出し、そのまま幹を伝ってわずかに滴っている。

先ほど見た蜘蛛型の粘液にも似ていたが、その流れ方は罠というより、樹木そのものから滲み出たもののようだった。


「どうやら、こちらは罠ではなく樹液のようですね。蜘蛛型の粘液も、こうしたものに近い性質へ進化したのでしょう」


セバスチャンが拡大表示へ目を向けたまま言った。


丸甲殻は時折周囲を警戒しながらも、幹に身を預けたまま白い液を口にしていた。

岩肌を削っていたときと同じように、樹皮の裂け目にも口元を寄せている。


「思っていたより、食べるものの幅は広いのかもしれないわね」


アリアの呟きに、セバスチャンは小さくうなずいた。


「少なくとも、地表の付着物だけに依存しているわけではなさそうです」


やがて丸甲殻は張り出した木の根元へ移動し、身を押しつけるようにして丸くなった。

淡いまだら模様の甲殻は湿った樹皮や根の瘤と紛れ、少し目を離すだけで木の一部のように見えた。


「分かっていなければ、この距離でもまず判別は無理ね」


アリアが小さく息を漏らす。

しばらく丸甲殻の輪郭を追っていた三人の視界の端で、別の小さな影が動いた。

そちらへ目を向けると、先ほどまで観察していた脱皮殻の周囲に、すでに小さな個体がいくつも集まり始めていた。


それらは、この惑星にしてはかなり小型の部類だった。六本の脚で湿った地表を素早く走り、裂けた殻の縁や、まだ柔らかさの残る内側へ次々と取りついていく。頭、胸、腹の区切りは明瞭で、胸部と腹部のあいだには細いくびれがある。口元にはクワのような顎が突き出し、短い触角がせわしなく揺れていた。細かな破片を食いちぎるもの、抱えるようにして運び去るもの――当初はばらばらに見えたその動きは、しばらくするうちに、互いの進路を乱さず噛み合うようなまとまりを帯び始めていた。


補助表示は一群の動きに追従した。


運び出された破片は、木の付け根に開いたわずかな隙間や、湿り気を含んだ岩陰の窪みへ次々と消えていく。別角度の映像へ切り替わると、少し離れた朽木の裂け目や、根元の暗がりにも、似た小型個体が潜んでいるのが見えた。静かに沈んでいるように見えた影も、よく見れば絶えずかすかに蠢いている。

その蠢きを追ううち、別の個体も姿を現した。


黒や赤褐色など体色にはばらつきがあるが、体つきはよく似ており、同じ系統の個体群のようだ。体は平たく、輪郭は楕円形に近い。朽ちた木の内側や湿った空洞の奥から這い出してきたそれらは、低い姿勢のまま脱皮殻へ向かって広がっていく。補助表示の端を横切った一匹が、背の合わせ目から薄い翅を滑らせるように広げ、短く飛び移る。どうやら、背中に翅を格納する構造らしい。


数そのものは小型個体ほど多くない。だが一匹ごとの体が大きいため、脱皮殻へ取りついた途端に見える面積が急激に狭まっていく。光沢を帯びた背が折り重なるように蠢きながら集まり、先ほどまで輪郭を保っていた抜け殻は、みるみるうちに黒い塊の下へ埋もれていく。


だが、小型個体と大型個体のあいだで奪い合いが起きる様子はなく、互いに干渉も少ないようだ。

小型のものは裂け目や柔らかい部位へ潜り込み、細かな破片を削り取って運び出す。

対して大型のものは表面へ広く取りつき、殻そのものをかじり取っていた。

脚の間を縫うように小型個体が出入りしていても、大型個体はほとんど反応を示さない。


わずかな時間の後、小型個体の群れに覆われていた多脚の抜け殻は静かに解体され、その場には細かな破片だけが残っていた。

それもまた、時間の問題に見えた。


しばらくその光景を眺めていたあと、セバスチャンが静かに口を開いた。


「似た環境に置かれれば、似た進化圧が働く。結果として、外見や行動もある程度は近づくのでしょう」


「外見については確かにそのようだな」


マスターが短く応じる。


「ただし、外見が似ていても、感覚器の比重までは一致しないようだ。視覚は補助に留まり、別の器官を主として周囲を捉えている個体もいる」


すでに脱皮殻があったことすら視認できなくなった木の根元へ視線を向けたまま、彼は淡々と分析を続けた。


「興味深いのはそのサイズだ。この重力と大気組成の条件なら、あの外殻はまだ大きく拡張できる。あれでもまだ成長途中の未成体なのかもしれないな」


「理屈なんて分かってるわよ」


心底理解に苦しむというように、アリアが少しだけ眉をひそめた。


「私が言いたいのは、なんでよりによって『あれ』をサンプルに選んだのかってことよ。他にもっとマシな選択肢はいくらでもあったでしょうに。しかもあんなに大量に」


「『あれ』は母星においても、生命力の代名詞と言っていいほどの生物だったからな」


アリアの呆れをまったく意に介さず、マスターは平然と返す。


「別惑星の環境下で、同種の生体にどれほどの差異が生じるのか。それを比較観測するサンプルとしてはこれ以上なく優秀だ。少なくとも、回収した時点ではあんな数ではなかったはずだが」


「回収・収容時の解析記録を見る限り、卵鞘を保持した雌個体が含まれていたようです」


セバスチャンが、どこまでも生真面目な声音で補足を入れる。


「おそらく収容後に孵化し、現状の個体数になったのでしょう。色の異なる個体は、その系統差か、成長段階の違いかもしれません」


「……そういうことを言ってるんじゃないのよ」


別の方向へと進んでいく二人の会話に、自分の意図が欠片も通じていないことを悟り、アリアは心底呆れたように小さく息を吐き出した。


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