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第十七話 潜む影

三人は映し出されていた海中映像から一度視線を外し、隔離壁の向こうへと目を戻す。


先ほどまで給餌サンプルに食らいついていた多脚は、なおも最後の一片を咀嚼している。

細長い頭部をときおりわずかに揺らし、周囲を探るような仕草を見せているが、その動きは終始ゆっくりとしている。

やがてすべてを食べ終えると、多脚は静かに地を這い、移動し始める。


湿地の縁を離れたその巨体は、少し離れた樹木の根元まで進むと、首元を樹皮へ押し当てるようにして、ゆっくりと擦りつけていく。

しばらくの間、その動作を繰り返していると、首元の外殻の一部がささくれ立つように浮き上がり、やがて小さく剥がれ落ちていく。


一部が剥がれたその箇所を起点に、多脚は樹皮へ擦りつける位置を少しずつずらしていく。

すると浮き上がった外殻は、そこから連鎖するように裂け、剥がれる範囲をじわじわと広げている。

その隙間からは、内側に隠れていた淡い色の新しい体表が、乾いた殻の下でぬめるような艶を帯びて覗いていた。


脱皮は一瞬では終わらない。

多脚は長い体を幹へ押しつけたまま、わずかに位置を変えながら、古い外殻を少しずつ後方へ送り出していく。

普段の素早い捕食行動とは違い、その動きは慎重で、どこか鈍い。

現れたばかりの体表はまだ柔らかく、外気に触れるたびにかすかに湿った光を返していた。


脱皮を終えた多脚は、すぐには元の機敏さを見せなかった。

淡い色を帯びた柔らかな体を低く伏せ、湿地の縁に生い茂る丈の高い草の陰へと慎重に移動していく。

根と葉が重なり合うその一角は、外から輪郭を隠すには十分だった。

そこで多脚は体を丸めるように静止し、硬化を待つように動きを止める。


多脚が草陰へと身を隠しきったころ、脱皮のあった付近では、すでに別の虫たちが動き始めていた。


少し離れた場所から飛来してきたのは、三対六枚の翅を持つ、胴の長い飛翔型だ。

その向かう先は、先ほど多脚が脱皮した木の近くに立つ、別の木の幹だった。そこには白い液が樹皮へ貼りつくように残り、一部はわずかに滴っている。


飛翔型は六枚の翅を細かく動かして減速し、その液のすぐそばへ取りついた。

そして、二つに分かれたクワ状の口器を樹皮へ寄せると、液を切り取るような動きでそれにかじりつく。


次の瞬間、個体の動きが止まった。


「……あら、止まったわね。お気に召さなかったのかしら?」


アリアの声に、セバスチャンは静かに目を細めた。


「口器の動きに違和感がありますね。翅も、あれだけ動かせば飛び立ててもよさそうですが」


マスターもまた、飛翔型の口元へ視線を向ける。


「樹液の粘性が強いのか。あるいは、別の作用があるのかもしれないな」


三人が見守るその間にも、飛翔型の翅はかすかに、しかし途切れず震えている。

対して、樹皮へ寄せたクワ状の口器は、白い液へ触れた位置からほとんど動いていない。

やがて翅の動きは目に見えて大きくなり、飛翔型は何かに気づいたように、逃れようとする勢いを急に強めていく。


その視線の先、枝葉の影から、一体の蜘蛛型がゆっくりと幹を伝って降りてきている。

体毛を蓄えた八本の脚が、樹皮の凹凸を確かめるように一歩ずつ位置を移し、その前方では二本の触腕がわずかに開いている。

数歩進むごとに動きを止め、複数の眼と触腕で周囲の変化を探るようにしながら、少しずつ、確実に獲物との距離を詰めていく。


「今から餌をぶつけても、間に合いそうにないわね」


アリアがそう漏らしたときには、飛翔型はすでに顔を白い粘液へ貼りつけたまま、激しく身をよじっている。

離れようと振るわれた翅はかえって粘液へ触れ、もがくたびに接触する面積だけが増えていく。


セバスチャンはアリアへ一瞬だけ視線を向けると、すぐに前方へ戻した。

「ええ。先ほどはタイミングも良く、介入による行動変化を見る意図もありましたので」


「飛翔型とは相性が悪すぎるようだな」


マスターの短い一言の通りだった。

飛ぶための軽い体も、離脱のために大きく振るわれる六枚の翅も、この罠の前では不利にしかならない。

一度触れた瞬間から、逃れようとする動きそのものが、拘束をさらに深めていく。


蜘蛛型の捕食は、三人の視界の端でなお続いている。

飛翔型はなおも粘液に絡め取られたまま翅を震わせているが、その動きは先ほどより弱まっていた。


「まだほかにも、見てない個体がいたはずよね?」


そう言って、アリアは見える範囲へ視線を巡らせた。

そのときだった。


「あれは……何?」



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