13-yuri
「悠李くん。今日は来てくれてありがとう」
「いえ、僕に出来ることはこれしかないので……本当に良かったです」
「私たち、これから担当のお医者さんと話をしてくるから、暫くそばにいてあげてくれないかしら?」
「任せてください。僕の友達も……あれ?」
病室を見回しても、千景の姿が何処にもなかった。千景、どこ行ったんだろう。
「ああ、一緒に来ていた男の子なら、少し前に病室を出て行ったわ」
「そ、そうですか……」
さっき目が合った時、寂しそうな眼をしていた。安心していただけならいいけど……ちょっと心配だ。
「それじゃあ悠李くん、お願いね」
「はい」
央子の両親が軽く会釈をして病室から出て行った。カラカラとドアが閉まり切ると、央子がこちらを向いた。
「ゆうり……わたしね、あの人と夢で会ったの……」
「……うん」
「わたしは、生きたいってなんどもねがった。願うたび、誰かをたすけないと、いけなかった。いのちのバトンが、あるって知って」
「うん」
「それをね、かれはわたしの代わりに繋いでくれた、きっとそうなんでしょ……」
「……そうだよ」
答えると、央子はにっこりと笑い、俺の手を強く握った。温かい手だ。この温もりが、続いてくれて本当に良かった。千景は俺たちの命の恩人だ。感謝してもしきれない。
「ゆうり……かれに、つたえてくれないかな……わたしを生かしてくれて、ありがとうって」
「もちろん、何度でも伝えるよ」
手を撫でると、央子の逆の手が重ねられた。
「……わたしは、ゆうりが好きだったとおもう。でもね……それは、家族として……いや、だからこそ、悠李がかれをたいせつにしてるってわかるの」
「ちか……」
家族として。目の前に出されたその言葉。自分も、想像以上にしっくりきていた。
やっぱり俺は、千景を恋人にしたい――。
きっと俺は内にこもる自分を外に連れ出してくれる人が好きだ。央子が一番最初に連れ出してくれた。事故が起きてからもその影をずっと追っていた。そこから連れ出してくれたのが千景だ。二人に優劣はなかった。千景も央子も大好きだ。でもいつからか、目を閉じたとき、瞼にいるのは千景になっていた。千景の唇に触れたときは曖昧な感情のままの勢いでしかなかった。千景も夢を見ていると知って、事故の相手だと確信して、感情がおかしくなっていた。央子の息が止まりかけた時、千景に最悪な夢を見せるほど俺は限界を迎えていた。だから、央子が好きで、千景に想いを重ねていただけだと思った。
死にたい、なんておかしくなった頭に喝を入れてくれたのは、千景だった。
新しいクラスで一緒にいてくれたこと。俺との居場所を作ってくれたこと。知らない間に、自分を犠牲にして央子を救ってくれていたこと。そして央子とのことを受け入れて、俺を何度も何度も助けてくれたこと。何もなくなった俺の息を吹き返してくれたのは、千景だ。死にたい気持ちなんてなくなった。もう生きて、生きて、千景を抱きしめて離したくない――。ああ、好きだ。やっぱり好きなんだ。キスに驚いたあの顔。もっと見たくなって、何度もキスをした。唇を合わせるたびに眉間にしわを寄せて困る顔がたまらなくなった。受け入れてくれて嬉しかった。
央子が目覚めてわかった。央子が目覚めて、心の底から嬉しい。無事に目覚めたと一番初めに喜びを分かち合いたいのはやっぱり千景だった。
好きだ。この気持ちは千景だけのものだ。
泣いてしまいそう。ぐっと堪えようと上を向くと、央子が笑った。
「いってきて。ゆうり。たぶん、いま行かなきゃ後悔するよ」
そう言い、「あとは看護師さんに任せるから」と手を離した。彼女の顔は穏やかで、心の底からそう思ったのだと、俺には理解できた。
「つぎは、わたしが二人をつなぐよ。だから……」
がんばれ、と告げた後、まだ入りきらない力を振り絞り、彼女は文字通り悠李の背中を押した。ドキ、と胸が弾んだ。
行かなきゃ。
「ちか……ありがとう。行ってくる!」
央子の布団をかけ直し、丁度部屋に入ってきた看護師に軽く会釈をして外に飛び出した。
「……いのちの恩人と、ひとりぼっちだった大切なともだちが、ふたりとも、しあわせになるなら……」
わたしはそれでしあわせだよ。
残された彼女の想いを聞いたのは、窓際の蝶だけだった。




