13
朝。目覚ましのスヌーズ機能によって目を覚ますと、端正な顔立ちが視界の中いっぱいに入ってきた。見慣れない光景に思わず仰け反ると、昨日のことを思い出した。……悠李、俺の家に泊まったんだっけ。あんなにドキドキさせられたのに、寝れるもんだな……。子犬ばりのふわふわさを見せつける髪の毛を触りつつ、逆の手で彼の鼻を摘んでみる。なあ、早く起きて。
次第に違和感を覚えたのか、彼はしぱしぱと目を開けた。眩しそう。目の色素が薄いから余計に。
「……うぅ…………」
「起きろ」
「ん……千景……もうちょっと……」
そう、か。名前呼び。改めて名前で呼ばれている事実を認識すると、その顔の良さもあってか、鼓動がうるさい。あれ、そういえば悠李との関係ってどうなったんだっけ……あやふやにして寝てしまった。結局俺たちは今……友達、だよな。悠李はきっと央子さんのことが好きで、俺は彼女が目覚めるまでの代わりで。でも俺は、悠李には幸せになってほしいと思っていて。これは……振られるのを待てばいいのか? そもそも告白もしてないし……キスしてと言われれば、出来る。出来るけど、ポッキーゲームの延長みたいなものだと考えればそれは普通だ。
そんな風に狼狽している俺を悠李は横になったまま、ぎゅっと近くに寄せた。悠李の鼻が首に当たる感触。って、……待て待て待て待て。
「ちょ、っと、くすぐったい」
「千景って、ぬいぐるみみたい……」
「……何だそれ…………」
「あったかい匂い……」
すんすんと嗅がれると、流石に顔も赤くなってくる。昨日同じシャンプー使ってるんだから、同じ匂いのはずだろ。
まだ起きそうにない悠李。この状況を一体どうしようか。俺から何かしたほうがいいのか。手を伸ばしかけたタイミングで、母親が部屋をノックした。
「二人とも起きてるー? 今日は学校行くの?」
今この光景を見られるのは……恥ずかしい、かも。咄嗟に返事をして誤魔化す。
「きょ、今日は行かない」
「あらそう、じゃあお弁当いらないわね」
「うん」
「たまにはゆっくり寝なさい。悠李くんも疲れてるでしょ」
お母さんもゆっくりするわ、と言い残し、足音が小さくなっていった。確かに、任意参加の補習はあれど、一応試験は終わったので夏休みだ。まだ時刻は午前七時過ぎ。寝ているうちに悠李が死ぬ時間は過ぎていた。
無事で良かった――。
悠李が生きていてくれればそれでいい。抱き抱えた悠李の頭の匂いを嗅ぐ。ぬいぐるみなのはどっちだって。あー……眠くなってきた。安心しきった俺は布団から腕を出し、布団を掛け直す。ベッドから落ちかけた悠李のスマートフォンがピカピカと光っているのが見えた。赤と緑のボタンが写っている。どうやら電話のようだ。
「悠李! 着信きてるぞ!」
「……えぇ?」
もそもそと布団から腕だけを出した彼は、スマートフォンの画面を見て目を見開いた。
「……央子のお母さんだ!」
そう言うと慌てた悠李が音声をスピーカーにして通話を始めた。
「も、もしもし!」
『悠李くん! 起きてたのね! 時間がないからかいつまんで話すわ。実は昨日の夜、突然臓器提供者の方が決まってね』
「え!」
『本当に、本当に奇跡よ……こんなことってあるのかしら…………長い間待っていて、何度も適合しなかったのに……今も信じられないの』
「ほ、ほんとですか……! 良かった……」
大丈夫だと信じてくれていたが、現実でも救われたとわかった安心感に、悠李は感極まっていた。それを聞いた俺も、喜びと安堵から脱力していた。
『今はまだ手術の最中だから、これからどうなるかはわからないわ。でもね、きっとあのままだったら、央子は生きていなかった。神様が最後の最後にチャンスを与えてくれたんだわ』
「そうですね……神様がいたんだと、俺も思います」
そう言いながら悠李は俺の手をキツく握った。そんな澄んだ目で真正面から捉えられると、心が締め付けられる。
あーもう。諦められなくなるじゃないか。俺のだって、言えるようになりたい。けど、この感情の高鳴りは、央子さんへの気持ちだから勘違いしてはいけない。
俺はやけになって体を投げ出した。
『手術が終わったらまた連絡するわ。良かったらまた央子の側に居てあげてくれないかしら』
「勿論です」
『ありがとう。まだ色々手続きがあるから切るわね』
「はい。失礼します」
通話を終え、悠李は寝転がる俺の上に覆い被さった。
「千景……! 央子、無事に手術してるって……! 奇跡だよ……! 本当に移植できるなんて……」
「ほんと、良かった。正直うまく行くのかわからなかったから安心したよ。お前も無事に、ここに居るしな」
「……うん」
迷惑かけた、と悠李は俺の胸に顔を埋める。絡められた足と胸から温もりが広がる。
「重いって」
「……ちかげ」
「何」
「俺、夢を見たの。病院の夢。……病室で央子が目覚めるの」
「悠李……その夢、俺も見たよ。これって……」
これまでとは違い、誰も死なない夢。俺の役目はもう終わったのだと悟った。悠李は顔を上げ、ベッドに手をついて真上から俺のことを見つめた。ぎし、とベッドが軋む音。端で掛け布団がぐちゃぐちゃになっている。彼の表情は変わらない。何を、考えてんの……。
「千景。ありがと」
「あぁ……うん」
垂れた悠李の前髪が顔に当たる。くすぐったい。意識持ってかれそ――。気を紛らわすために髪を除け、話を進める。
「もうさ、やりきった、ってことかな」
「そうかも……ありがとう。千景が居てくれて良かった」
耳元で囁かれ思わず身をよじる。
「俺は何もしてないよ……ただ、電話したらうまくいっただけ」
もっと自分の手柄だとアピールすればいいのに、と俺の中の悪魔が囁いている。そもそも自分のせいだからと天使が反論する。二匹の攻防を見ないふりをして頭を振った。
「あぁ、もう。取り敢えずはもう一回、寝る」
「うん……いいよ」
あくびをしながら話していた所為で、悠李の顔が近づいていることに気付かなかった。俺はもうどうにでもなれと、瞼を閉じた。そして、もう一度あくびをして、潤んだ目を開ける頃には俺の下唇は彼の唇に挟まれていた。
俺にとってはあまりにも非日常で、でも、嫌だという感情は何故か存在していなかった。目を閉じて、唇を受け入れる。甘噛みされたり、ちゅっと音を立てて吸われたり。やめてと言えば、悠李はたぶんすぐにやめるだろう。でも、好き放題させておく。だってこれが最後かもしれない。そう思うと思い出にしたいと思った。
こんな状況でも思春期の体は正直で、妙に興奮していた。下は……まずい……。強く閉じた目を恐る恐る開くと、熱のこもった視線が絡み合った。思わず頬が熱くなる。やばい、なにか言葉をかけないと――。
「あの、さ……なんで、キスすんの……」
「ご! ごめん……いや、かな……」
「……どうしてもならいいけど」
嘘。これから先、俺にだけしてくれればいいのに。
「え!? いいの……?」目を丸くするその顔に希望を抱かせないでくれ。
悠李との距離感がいまいちわからない。俺の頭にはもう、悠李の好きにさせてしまおうという思考が占拠していた。程々にして、と付け足すと「ありがとう」と悠李。
これもしかして俺、恥ずかしいやつ? 我に帰っておやすみと言いかけて横になり、布団を被ろうと端を掴む。
そこを悠李は見逃さない。
俺の肩を軽く押し込んで仰向けにさせ、輪をかけて行為を続けた。口が触れるぐらいの小さなキスから、角度を変えて齧られるような強いキス。口開けて、と吐息交じりに言われる。言われるがままにだらしなく要求に応えると、悠李の舌が自分の舌に絡みついた。そんなこと出来るなんて聞いてない――。感じてるの、バレる。慌てた俺を悠李は腕を押さえて静止する。
「もうちょっと、させて」
そんなこと言われたら拒否できない。できるはずがない。だって、誰もが振り向く美しさを持っている。しかも、俺は生憎悠李のことが好きだ。
寂しいのだろうか、生きていることを確かめているのだろうか。悠李の気持ちは丸きし分からないが、少なくとも頭の中に拒む理由が見つからなかった俺は、目を閉じてそれを受け入れた。
――ちかげ。
――ありがとう。
――もういっかい。
息を吸うために離れた口から、俺を溶かす甘い言葉が紡がれる。
悠李といると、楽しいし、俺のことが好きなのかもしれないと錯覚させられる。それは暖かくて、大切で、俺は幸せになれると思うのに、心の裏側で、後ろめたい気持ちが大きくなっていく。いつまでも見ないふりなんて出来なくて、決断の時間はもうすぐそこまで迫っていた。
悠李が肩から力を抜いた後、しびれを切らした俺は率直な疑問をぶつけた。
「……悠李ってさ、俺のこと好きなの? それとも……央子さん?」
声が震えていて、自分でも驚いた。それなのに、
「わかんない……」と間を空けずに答えられてしまい、困る。
「えぇ……」
「わかんないけど、千景を見てるとなぜかこうしたくなって、ずっと我慢してた」
いつの間にか涙目になっていた俺の瞳に指を這わせる悠李。人付き合いが苦手なくせに、変に目ざとい。逃げ出したい気持ちを隠そうと枕で口を隠した。
「なんだよそれ……」
「今まで意識してたのはたぶん央子しかいないんだけど、その時の気持ちとは……同じような気がしなくて。違うような気持ちが大きくて……。二人とも一緒にいたいけど、キスとか触りたいとか、そう思うのは千景」
なあ、それって……。その先の言葉を飲み込んだ。央子さんへの気持ちは家族みたいなものだったんじゃないか。そう言い掛けたが、逆に俺への気持ちは本当だと洗脳してしまうのではないかと、そんなの気恥ずかしいのでやめた。
本人の自覚のない甘い言葉を掛けられるたび、悠李を好きになっていいと錯覚させられる。でもそれは悠李にとっても、央子さんにとっても正しい選択だと思えなかった。俺が二人の間を壊して、それを修復することでポイントを稼いでいるとしか考えられないからだ。そんなズルは、許されない。冷静になった頭でボソボソと小声で返事をする。
「……あ、そう」
「千景は?」
俺から枕を奪い、逃げることを許さない悠李。素直な気持ちを言うしかなかった。
「嫌だとは思わないけど……やっぱり友達の延長なのか、曖昧」
気持ちを濁しながら、そもそも俺が怪我の原因で、二人の間に割り込めない気がする、そう付け加えると、気にしなくていいのにと返された。そんな簡単に割り切れない。
「まぁ、央子さんが目覚めるまで保留。目覚めたらお前の気持ち、ブレるだろ」
「……そうだね」
一時の気の迷いとか、思春期の学生なんてこんなもんだ、とか自分に言い聞かせつつ、そろそろ起きなくてはと悠李の下から這い出た。
敷かれたのに誰にも使われなかった悲しい顔の布団を片付ける。
「着替えどうする? 制服のシャツ、俺の着てもいいけど」
「うん、借りるね」
「小さくても文句言うなよ」
「そんなに変わらないよ」
そう言いつつもやはり骨しかない俺とは違って、シャツはキツそうに見えた。千景、身長あまり変わんないのにね、と言われても知ったことか。
時刻は午前九時十一分。階段を降りると、母親がすぐに朝ごはんを用意してくれた。二人分の茶碗を置きながら、俺たちへ怪訝な目を向ける。
「あら、二人とも寝癖が凄いわよ」
「お恥ずかしい……」
「悠李くんはくせっ毛も似合うから大丈夫よ。千景、あんたはさっさと直しなさい」
「……はいはい、髪型ぐらいはまともにしてきますよ」
「お、俺も直します……」
俺は大人しく洗面台へ向かい、悠李はその後をトコトコと雛鳥のようについてきた。俺よりも目線の高い男のこんな行動でさえかわいく見えてしまうのが憎い。洗面台で顔を代わりばんこで洗い、濡らした手で軽く梳かした髪に、ブラシを通す。
「千景、後ろハネてる」
「悠李が直して」
彼の手が自然に千景の後頭部に触れた。壊物を扱うような力加減で髪を揉まれ、俺の心臓が慌てだす。一度自覚した気持ちが忘れられないなら、もう慣れるしかない。
「……髪の毛、まっすぐでいいなぁ」
跳ねた髪を抑える。
「俺は癖っ毛のほうが、なんかおしゃれだと思うけど」
「ないものねだりなのかなぁ……」
綺麗に整えた髪の毛に満足し、洗面台の電気を消す。悠李の手は俺の頭からするりと離れ、腰骨に移動し、背中に頭を擦り付けられる。甘えたがりのワンコがまた顔を出した。
「……犬か」
「前世はそうかも」
「いいとこのな」
ボルゾイとか……と考えたが、ポメラニアンな気もする。
「千景は猫だよね」
「そうか?」
側から見たら本当にペット同士が戯れあっているように見えるのだろう。エプロンで手を拭きながら後ろからやってきた母は、びっくりしてドアにぶつかっていた。
「貴方達仲良いわね、そんなんでどっちかに彼女ができたらどうするのよ」
それ今一番センシティブな話題だから。俺たちの間に一瞬だけ冷たい空気が流れかけた。が、悠李の手の甲が俺のにぶつかり熱がぶり返した。悠李を盗み見たつもりが、ふいに目が合ってお互い見つめった。にこ、と笑いかけられると、口から好きが漏れそうになる。
なにも気づかず割り込むように母。
「千景、あんた『俺の悠李が〜』って言うんじゃない?」
「……別に言わないよ」
「え〜……言ってよ〜」
「あら、悠李くんは言いそうね」
「言いますね」
即答?
「千景、よかったじゃない。女の子の敵になれて」
「全然良くないじゃんそれ……」
央子さんの件で忘れていたが、そういえば悠李を取り巻いていた部活の子たちはどう思うのだろうか。万が一、悠李とそういう関係になったら……いや、考えたら負けだ。他人を気にしていたら何も出来ない。
またネガティブな思考に入りそうな俺。それを察した悠李は腰骨に添えた手をグッと自身の体に引き寄せ、母親の方向を向いた。
「千景は俺が守りますので、大丈夫です」
なんだよ。昨日は泣いてぐちゃぐちゃだったくせに。真横から見る悠李にまた惚れそうになる。想いが大きくなって、悠李のもとへもう落ちてしまいそうなほど熟しかけているのに、そのまま冷たい地面に落ちる未来が見える。今は、たぶん大切に思ってくれている。この言動もきっと本心だろう。でも、俺にとって、まだ得体のしれない央子さんの存在が、この気持ちに大きな影を落としていた。束の間の恋情。恋の真似事。明日にはそれを死ぬまで抱えていくしかない。
「あら、悠李くんったら。いつもふわふわしてる子かと思っていたけど、意外と男気あるのね。これは安心して千景を任せられるわ」
これからもよろしくね、と握手を交わしていた。
笑いあう二人を横目に、俺は洗面所を後にする。おいてかないでという声が後ろから聞こえたが、聞こえないふりをした。
ーー
きっと夕方まで電話は来ないだろうと、手持ち無沙汰になった俺たちは央子さんのお見舞いの品を買いに出かけた。夏の日差しがアスファルトを温める。反射した熱が足に当たり、下からじんわりと汗が滲みだす。道には親子やカップルが沢山いた。俺たち二人はそんな雑踏の中をふらふらと歩いた。世間は夏休みを満喫していて、騒がしい様子ではあったが、二人の周りにはゆったりとした時間が流れているように感じた。なんか、デートみたいで胸が詰まる。歩みが遅くなった俺に歩幅を合わせてくれる悠李。暑いね、と気を使ってくれるが、その優しさが身に染みるんだよ……。
日差しを遮る手を「ねえ」と、どかされる。
「どこか行きたいところある?」
「あー……じゃあ、花屋でいいかな」
お見舞いと言えば花屋だろ、と付け足すと確かにと納得してくれた。
件の花屋に立ち寄ると、卯守さんのお母さんが出迎えてくれた。目尻の皺が柔らかな印象を与えてくれる。
「あら、ひまわりの子! 久しぶりですね~。……相手とは上手く行きました?」
「え」
すっかり忘れていた。彼女の誕生日とか適当なことを言って花束を買った気がする。何となく悠李にバレたくない。誤魔化さなくてはならないなと言い訳を頭で巡らせていると、悠李はすかさず質問を投げかけた。
「相手って、何ですか?」
頼む。上手くはぐらかしてくれ、という願いは一瞬で散った。
「前に『大切な人にプレゼントしたいので』ってひまわりの花束を買って行ったんですよ。だから、ちゃんと渡せたかなと思いましてね」
「ひまわり……」
悠李は思い出したかのようにこちらを向いた。……勘違いさせている。彼はそういう表情をしていた。
「……言っておくけど、夢のアレだから」
「ふーん」
「あら、相手ってもしかして……」
お母さん……店員さんの顔がにやりと戯けた顔になる。やば。別の勘違いしている人が増えた。
「ち、違いますから!」
「おばさんは偏見とかないわよ」
「そうじゃなくって……」
どこへいっても悠李との関係を探られ、これも夢のせいなのか、そうじゃなきゃ何なんだと思いながら、悠李は央子さんのためにひまわりが沢山入った花束を買った。それは俺が悠李にあげたものよりも、一回り大きかった。
ーー
あれから街を散策して買い物を終えると、いつの間にか時刻は午後四時を回っていた。俺たちを取り巻いた短い夏は、まだ夕方を隠していた。二分ほど前に病院からの電話があり、ゆっくりと道を歩いていた俺たちは、踵を返して急いで病院へと駆けつけた。病院特有の足音が響く冷たい廊下を歩く。ICUの前は慌ただしかったが、俺たちの来院を聞いていたのだろうか、すんなりと部屋に入ることができた。
まだ白い太陽の日差しが部屋に差し込み、暖かな風がカーテンを揺らしていた。ベッドには沢山のチューブが繋がれており、手術が無事に成功したことを示していた。
そこに夏の暑さから逃れるような、一匹の蝶が窓の合間をぬって外から入ってくる。その蝶はゆっくりと漂いながら、彼女の目にとまった。その光景を見た悠李の目が、ビー玉よりも輝いて見えた。
やっぱり……そう、だよな――。
ドアの隙間から、冷たい風が手に当たる。隣の悠李が一瞬、俺を見てからベッドに向かって一歩、一歩と歩き出す。
「………ちか……」
消えそうな悠李の声が白い空間に響いた。その声に共鳴するように彼女の瞼は開いた。
「ちか!!」
悠李は花束を強く握りしめ、ベッドへと駆け寄った。握られた花束からいくつか花弁が落ちていて、まるで二人の本当の意味での再会を祝福するシャワーのようだった。
――ああ、夢の中で見た景色と同じだ。
「……ゆう、り……?」
「ちか! そう、俺だよ……ちか……」
央子さんの両親や看護師さんは涙ぐみながら二人の様子を見守っていた。窓際に置かれた白いぬいぐるみも、心なしか微笑んでいるように感じた。事情を知って間もない俺でも、映画のワンシーンを見ているような気分だった。……ただ、彼らの涙と笑顔は、俺がここに居なくても良いと、決定づけるものだった。危ない。息ができない。
孤独。首を絞めたあの時を思い出す。胸が締め付けられ、浅い呼吸しかできなくなっていく。
悠李の隣は、彼女がいるべきだ。
俺は、幸せな空間を背に、そっと部屋を出た。
良かったな、悠李。
ーー
部屋の外は相変わらず、病院らしい無機質な空間だった。外のソファに座り、漠然とこれからのことを考えた。
悠李は俺を意識していても、きっと央子さんと幸せになる。一枚のドアで隔たれた先では、誰もがはっきりとした未来を描けている。悠李と央子さんは家族ぐるみの付き合いで、俺とは単なるクラスメイトで。彼らは失った時間を取り戻すようにこれから何度も会い、そして永遠を誓うのだろうと、想像に容易かった。
悠李と出会ってから、俺は毎日楽しく過ごすことができた。朝待ち合わせして、一緒に電車に乗って、休み時間も部活も一緒に過ごして。これからもそれは変わらない。友達として、朝挨拶をして、勉強をして、遊んで……ああ、なんだ。何も変わらないじゃないか。
俺はきっと大学に進学する。まだ興味がある分野は見つかっていないが、成績が悪すぎるわけでもない。どこかの大学なら受かるだろう。受かってからやりたいことを探せばいい。悠李は頭がいいから、もっと上の大学へ行くはずだ。だから、時々連絡を取って、どちらかの家でボードゲームをしたりして。会ったらサークルはどうだ、とか就活はどうだ、とかなんかそんなこと話し合って。いつの間にか社会人になるんだ。そしたら、結婚するつもりと言われて、相手は央子さんだと告げられる。流石にスピーチ役になら選んでくれるかな。
そして……俺は……。
ぼやけた景色。鼻がツーンとした。想像以上にくらっていた。その未来で悠李の隣が俺じゃないことを。男同士なんだから、そもそも結婚の想像は厳しいだろ、とかそんなんじゃない。悠李が手を取って笑いあう相手は、俺じゃない。
白く無機質なドアが開かれる。涙ぐんだ若い女性の看護師が出てきた。涙があっても、その表情はにこやかだった。これから担当医に良い報告をしにいくのだろう。病室からいくつか話し声が聞こえる。バタ、と閉められたドアがその声を遮った。また、一人の世界。電話を掛けただけで、ここまでうまくいくとは思っていなかった。もし、俺が入院していたら……。
――待て。今、俺は何を考えた?
まさか。一瞬、嫌な考えが俺の頭をよぎった。駄目だ。そんなことは考えてはいけない。ここにいるべきではない。
再び出てきた看護師を見送って、閉じかかったドアを素早く閉め、病院を後にした。




