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借金の保証人になった優しい田舎のおじさんのダンジョン配信  作者: 月瀬 リュカ


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8/20

第8話 装備はちゃんとした方がいい

「これ、駄目なのか?」

森健司は、自分の胸当てを見下ろした。郷田は腕を組んだまま、しばらく何も言わなかった。そして、

「駄目だな」

と言った。

「まだ使えるぞ」

「使えるか使えないかの話じゃねえ」

「壊れてないし」

「お前、昨日オークと戦ったんだろ?」

「戦った」

「その胸当てで?」

「うん」

「じゃあ駄目だ」

話が最初へ戻った。健司は店の中に立ったまま、もう一度自分の装備を見る。郷田にもらった中古の剣。簡易胸当て。探索靴。再登録してからは、これで十分だった。第一階層のゴブリン。牙犬。そこまでは問題ない。だが昨日、第二階層でオークと遭遇した。一発もまともに受けなかったから怪我はなかった。それでも、もし棍棒が当たっていたら――。

「骨折くらいはしてたな」

健司が言う。郷田が睨む。

「くらいで済めばな」

「そんなに?」

「お前が避けた棍棒、動画で見たぞ」

「見たの?」

「切り抜き回ってきた」

「みんな見てるな」

「地面砕けてただろうが」

「ちょっとだけ」

「ちょっとじゃねえ!」

郷田の声で、健司の肩に乗っていたモチがびくっと身体を膨らませた。ピィッ。

「ほら、モチが驚いた」

「俺のせいか?」

「声大きいから」

「誰のせいで怒ってると思ってんだ」

郷田は深く息を吐いた。その後、モチを見る。

「……それ、本当にお前ん家のになったんだな」

「昨日登録した」

「治ったら帰すって言ってなかったか?」

「帰したよ」

「は?」

「飛んでいった」

「じゃあなんでいる」

「戻ってきた」

郷田が黙った。モチが首を傾げる。

「二回やった」

「二回?」

「二回飛ばしたけど、二回とも戻ってきた」

「……ならもう諦めろ」

「諦めた」

「そうか」

郷田はそれ以上聞かなかった。店の奥へ歩いていく。

「で、装備だ」

壁に並んだ防具。胸当て。籠手。脚部防具。軽装から重装まである。健司は値札を見る。

「高いな」

「そりゃな」

「これ、十万するぞ」

「まともな魔物素材使ってるからな」

「こっちは?」

「十二万」

「高い」

「お前、昨日一日で十万以上稼いだんだろ」

健司は郷田を見る。

「なんで知ってる」

「配信で言ってた」

「俺、そんなことまで言った?」

「言ってた」

最近、自分がどこまで配信で話したのか分からなくなってきた。

「でも借金二百八十万あるんだぞ」

「だから死ぬなって言ってるんだ」

郷田が少し真面目な顔になる。

「装備に使う金を惜しんで死んだら、借金も畑も全部残る」

健司は黙った。それは正しい。母。畑。ゴン。モチ。鶏。もし自分が戻らなかったら困る。借金だけの問題ではない。

「分かった」

「本当か?」

「買う」

「おお」

「安いやつ」

「話聞いてたか?」

「聞いてたよ」

郷田がまた額を押さえた。結局、郷田が選んだのは中古の軽装防具だった。胸から腹までを守る革と薄い魔鋼を組み合わせたもの。動きを妨げにくい。肩の可動域も広い。郷田は健司の脇腹へ指を入れ、留め具の位置を一段詰めた。次に背中側を確認し、しゃがめ、腕を上げろ、身体を捻れと次々に指示する。健司は言われるまま動いた。防具屋として長く探索者を見てきただけあって、郷田は体格だけでなく戦い方に合わせて装備を選んでいるらしい。

「重けりゃ硬ければいいってもんじゃねえ。お前は受けるより避ける方だ。昔から盾の後ろにじっとしてられなかっただろ」

「畑でも動きにくい服は嫌いだな」

「また農業に戻すな。……まあ、その感覚でいい。こいつは棍棒を真正面から受け止める鎧じゃねえ。避け損ねた一発を致命傷にしないための保険だ」

その言い方なら健司にも分かりやすかった。怪我をしないための道具ではなく、失敗したときに死なないための道具。畑仕事でも同じだ。草刈り機を使うときに顔を守り、機械を扱うときに手袋をする。慣れているから事故が起きないのではなく、慣れていても事故は起きるから備える。

「お前、重装嫌いだったろ」

「農作業でも重い服嫌いだからな」

「そういう問題じゃないけど、まあいい」

値段。六万八千円。健司は少し悩んだ。

「もうちょい安くならん?」

「八万のを六万八千にしてる」

「友達価格?」

「もう友達価格」

「五万」

「帰れ」

「六万」

「七万」

「上がってるじゃん」

「六万八千」

「じゃあそれで」

郷田がため息をつく。

「最初からそう言え」

「交渉は大事だろ」

「借金抱えてから金に細かくなったな」

「三百万は人を変えるぞ」

「お前は保証人になる前に変わってほしかった」

それは否定できない。防具を装着する。腕を回す。軽い。それでいて、今までの胸当てより守られている感覚がある。

「動きやすいな」

「第二階層くらいなら、それで十分だ」

「オークは?」

「一対一ならな」

郷田が続ける。

「ただし、昨日みたいに見つけたからって毎回戦うな」

「昨日も最初逃げたぞ」

「途中で斬っただろ」

「身体が勝手に」

「それ一番危ねえやつだ」

郷田は店の奥にある狭い試し振り用の場所を顎で示した。「そのまま十回振ってみろ」と言う。健司は剣を抜き、天井や壁へ当てないよう距離を確かめてから構えた。縦に一度。返して横。踏み込みを加えてもう一度。新しい防具は腕の邪魔をしない。五回目を過ぎたあたりで、郷田の顔から軽い笑いが消えた。健司が振り終わるまで黙って見ている。十回目。剣を止め、鞘へ戻そうとしたところで、郷田が低く言った。

「健司。お前、昔こんなに剣うまかったか?」

「Dまでやってたぞ」

「それは知ってる。俺が言ってんのは、昔より無駄が減ってるってことだ」

健司は自分の手を見る。確かに剣は日に日に馴染んでいる。しかし本人には、長いブランクで眠っていた感覚が戻った以外の説明がない。「農業で身体は動かしてたからな」と言うと、郷田はしばらく黙り、「便利だな、農業」とだけ返した。郷田は次に健司の探索靴を確認した。底の減り、紐、足首の固定。最初にもらった中古品はまだ使えるが、第二階層で走ることが増えたなら替え時を見誤るなと言う。「滑って転んだら、剣術も身体の調子も関係ねえからな」。健司は畑で泥に足を取られる感覚を思い出し、今度は素直に頷いた。

籠手も勧められたが、健司は何度か付け外ししてから首を振った。指先の感覚が鈍るのが嫌だった。郷田も無理には勧めず、代わりに手首だけを守る革製の簡単な保護具を持ってくる。「全部買わせようとしてない?」と健司が聞くと、「死なれたら常連が一人減る」と返された。友達なのか商売人なのか分からない。たぶん両方なのだろう。結局、今日は胸当てだけを買い、手首の保護具は郷田が「中古のおまけ」と言って袋へ放り込んだ。健司が値段を聞くと、郷田は「聞いたら金取る」と言う。なら聞かないことにした。借金返済中の身としては、無料ほどありがたいものはない。

店を出る前、郷田は最後に剣を受け取り、刃こぼれを確かめた。オーク戦で無理な当て方をした部分が少し荒れていたらしく、その場で軽く整えてくれる。「剣は消耗品だ。使えば減る。お前、農具はちゃんと手入れするくせに、武器だけ雑に扱うなよ」と言われ、健司は返す言葉がなかった。鍬なら土を落とし、刃を見て、柄まで確認する。剣も同じ道具なのだと考えれば分かりやすい。

「じゃあ帰ったら毎回見るよ」

「最初からそうしろ」

「油ってどれ使えばいい?」

その質問だけは郷田を満足させたらしい。少し機嫌を直し、棚から手入れ用の油を見せながら簡単なやり方を教えてくれた。健司は忘れないようスマートフォンへ短くメモした。借金を返すために始めた探索だったが、道具を大事にすることまで昔より真面目になっている気がした。確かにそうかもしれない。最近は、敵を見ると昔の感覚が先に出ることがある。頭で考えるより前に足が動く。剣が出る。悪いことではない。だが撤退すると決めたのに攻撃してしまったのは反省していた。

「今日は無理しないよ」

「毎回言ってんな」

「ちゃんと帰ってきてるだろ」

「今のところな」

店を出る。モチが健司の肩。新しい防具。腰にはいつもの剣。健司はそのままギルドへ向かった。受付にしずく。

「あ、装備変わった」

「分かる?」

「分かりますよ」

「郷田に買わされた」

「よかった」

「六万八千円」

「安いじゃないですか」

「高いよ」

「森おじさん、命の値段安く見積もりすぎです」

「十八歳にまた怒られた」

しずくは笑いながらドローンを準備した。

「今日も第二階層ですか?」

「うん」

「オーク狙い?」

「狙わないよ」

「え?」

「出たら考えるけど」

しずくが少し意外そうな顔。

「昨日倒したから、今日も倒しに行くのかと思いました」

「危ないだろ」

「そこはちゃんとしてるんですね」

「なんで俺、そんな無茶する人だと思われてるの?」

「鍬でダンジョン入ろうとした人なので」

「あれまだ言われるの?」

「一生言われると思います」

ひどい。配信開始。タイトル。

【借金残り280万円】防具を買ったので第二階層へ

開始直後から視聴者が入る。三百。五百。七百。

《森おじさん装備変わった?》

《昨日のオーク対策か》

《モチいる?》

「いる」

肩をカメラへ向ける。モチが映る。コメント速度が上がる。

《かわいい》

《正式加入おめ》

《今日も丸い》

「昨日より丸くなった?」

《冬毛?》

「夏だぞ」

《食べすぎ》

「ブルーベリーしか食わせてない」

モチをしずくへ預ける。今日は昨日より素直に手へ乗った。しずくが嬉しそうだ。

「じゃあ行ってくる」

「無理しないでくださいね」

「はいよ」

第一階層。剣を抜く。新しい防具は思ったより気にならない。胸を覆っているのに、腕が自由に動く。

「郷田、ちゃんと選んでるな」

《装備屋さん?》

「友達」

《あの怒鳴る人?》

「よく知ってるな」

《切り抜きで見た》

「店まで撮ってないだろ」

《音声だけ》

「声でばれてるの?」

世の中は怖い。ゴブリン一体。剣。一撃。二体目。牙犬。今日は遭遇しても慌てない。以前なら速いと思った動きも、今ははっきり見える。避ける。斬る。二撃。

「やっぱ今日も調子いいな」

《ずっと言ってる》

《いつ調子悪くなるんだ》

「悪くならない方がいいだろ」

《それはそう》

第一階層を抜ける。第二階層。昨日までより、少しだけ足取りが軽い。装備を整えた安心感もある。だが、それで気を抜くつもりはなかった。

「今日は昨日より奥行くの?」

《聞く前に答えそう》

健司はコメントを見る。

「少しだけ」

《やっぱり》

「でも知らない道は行かない」

昔の記憶が残っている範囲。それだけ。第二階層には、若い頃に何度も来た。完全に同じではない。地形は少しずつ変わる。それでも、大まかな構造は覚えている。しばらく進む。牙犬一体。倒す。もう一体。倒す。素材を回収。

《森おじさんほんと安定してきた》

《最初の配信見返すと別人》

「最初は十年以上ぶりだったからな」

《数日で戻りすぎだって》

「人間そんなもんだろ」

《そんなもんじゃない》

健司は笑う。しばらく魔物が出ない。代わりに、小さな採取ポイントを見つけた。青色の苔。

「これ、昔売れたな」

《何?》

「魔力苔」

《素材?》

「薬の材料だったはず」

少しだけ採る。根こそぎにはしない。昔からそうしている。

「全部取ると次なくなるからな」

《農家っぽい》

「ダンジョンでも同じだよ」

《そうなの?》

「知らんけど」

《知らんのかい》

魔力苔を袋へ入れる。こういう素材は戦闘せずに金になる。健司は嫌いではない。むしろ昔から、魔物を倒すより採取の方が好きだった時期もある。

「こういうの集めた方が安全なんだよな」

《借金返済採取配信》

「それでもいいな」

《地味》

「死ぬよりいい」

そこは譲らない。さらに進む。広めの空間。昔も覚えがある。健司は入口で止まった。

「ここ、昔よく牙犬いたんだよな」

《今は?》

「分からん」

中を見る。いない。足元に古い骨。牙犬ではない。もう少し大きい。

「何か食った跡かな」

《怖》

《オーク?》

健司はすぐ進まない。壁。天井。奥。右。左。確認。

「今日はやめる?」

コメント。

「いや」

少し考える。

「一回だけ見る」

空間へ入る。壁際を歩く。中央は避ける。視界を広く取る。十歩。二十歩。音。正面。健司が止まる。低い唸り。岩陰から姿を出したのは、牙犬だった。一体。いや。後ろからもう一体。さらに。三体。

「三匹か」

《多い》

《帰ろう》

《二体までは倒してたけど》

健司も同じ判断だった。二体ならいける。三体。戦えなくはないかもしれない。だが、試す理由がない。

「戻る」

ゆっくり後退。背を向けない。牙犬もこちらを見る。一体が前へ。

「来るなよ」

来た。

「しょうがない」

一体目が走る。健司は剣を構える。飛び込み。避ける。斬る。一撃。浅い。すぐ後退。残り二体も動く。

「これは面倒だな」

《逃げて》

《森おじさん後ろ》

健司は走り始める。牙犬三体が追ってくる。通路へ。広い場所より狭い方がいい。三体同時に来られない。健司が振り返る。一体目。狭い通路。前だけ。

「ここなら」

牙犬が来る。剣。一撃目。肩。二撃目。首。倒す。後ろから二体目。二体目は一体目の死体を踏み越えるように飛び込んできた。健司が身を引いたが、前脚の爪だけが胸元をかすめる。ガリッ、と嫌な音がした。身体へ衝撃は伝わったものの、痛みはほとんどない。

「お」

一瞬だけ胸当てを見る。表面に白い引っかき傷。革の下の魔鋼までは届いていない。

《今当たった!?》

《防具買っててよかった》

「郷田に礼言わないとな」

爪が直接入っていれば、浅くても胸を裂かれていたかもしれない。六万八千円は高いと思ったばかりだが、一度攻撃を止めただけで考えが少し変わった。怪我をすれば治療費もかかるし、その間は畑にも出られない。そう考えると、装備代は単なる出費ではなく、働き続けるための経費なのだろう。農機具の修理代と同じだ。

《森おじさん、やっと装備の大切さ分かった?》

「ちょっと分かった」

《郷田さんに謝れ》

「謝るほど悪いことしてないだろ」

コメントを返している間にも三体目の牙犬が唸る。健司は胸当ての傷から視線を外し、剣を握り直した。反省会は生きて帰ってからで十分だった。考えるのは帰ってからだ。牙犬はもう次の動きに入っている。健司は剣を戻し、狭い通路で相手の正面だけを見る。すぐ来る。

「休ませてくれないな」

健司は下がる。噛みつき。避ける。斬る。壁が近い。大きく振れない。突き。胸元。牙犬が倒れる。三体目。少し止まった。仲間二体が倒れている。

「帰ってくれない?」

《話通じないだろ》

「だよな」

三体目が来る。今度は健司から前へ出た。牙犬が飛び込む前。踏み込み。剣先。肩口へ。相手の勢いごと受け流す。身体が横へ崩れる。そこへ二撃目。終わった。静かになった。健司は大きく息を吐いた。

「……三体は疲れるな」

《でも倒した》

《前より明らかに強い》

《これ本当にFランク?》

「ランクはF」

《実力は?》

「知らん」

《森おじさん自分に興味なさすぎ》

「借金の方が気になる」

《それはそう》

三体分の素材を回収。思ったより稼げる。だが。

「もう帰る」

《賛成》

《今日は十分》

「三体いるなら、ここより先はまだ早いな」

自分の限界を知る。昔からそれだけは忘れない。戦えた。勝てた。だから次へ。とはならない。勝ったあとでも、危ないと思えば戻る。それが健司のやり方だった。帰り道。安全な場所。塩むすび。今日も二つ。

《待ってました》

「お前らこれ好きだな」

《安心する》

《今日は羊羹ないの?》

「持ってきてない」

《配信者失格》

「何の配信だよ」

《森おじさん配信》

「広すぎるな」

食べながら少し休む。視聴者。二千五百人。健司はもう以前ほど驚かなくなった。

「増えたなあ」

《慣れてきた》

《最初23人で喜んでたのに》

「二十三人でも多いだろ」

《今2500人》

「地区何個分だろ」

《また地区で数えるな》

ダンジョンを出る。ギルドで査定。牙犬。魔力苔。ゴブリン。その他素材。86,450円

「結構いったな」

しずくが頷く。

「魔力苔、状態いいですね」

「昔も採ってたからな」

「採取も得意なんです?」

「得意ってほどじゃないけど、売れるものは覚えてる」

「農家っぽい」

「今日それ二回目」

配信応援。27,910円合わせて十万円を超えた。健司は数字を見る。

「防具代戻ったな」

「そういう考え方なんですね」

「六万八千円使ったからな」

「でも安全になったでしょ」

「それは買ってよかった」

「郷田さん喜びますよ」

「言わなくていい」

モチを受け取る。今日はしずくの肩に乗っていた。

「随分慣れたな」

「でしょ?」

しずくが得意そうだ。

「返して」

「ちょっと待ってください」

「うちの子なんだけど」

「あと一分」

「なんで」

モチ本人はどちらでもよさそうだった。結局、しずくの肩から健司の肩へ飛んだ。

「ほら」

「……森おじさんの方がいいんだ」

「まだ競ってたの?」

ギルドを出る。今日は返済しない。金は入った。だが防具も買った。農業の経費もある。毎回十万円溜まった瞬間に返す必要はない。次の返済は、もう少し余裕ができてから。そう決めている。帰り。軽トラックを走らせながら、健司は少しだけ考えた。三体。牙犬三体を倒した。昔ならどうだったか。Dランク時代なら普通に戦えた。それは覚えている。今は再登録F。それでも身体は、昔にかなり近づいている。いや。

「……昔より楽だったか?」

少しだけそんな気がした。だが信号が青になる。発進。

「まあいいか」

考えるのをやめた。家へ戻る。ゴンが門へ。モチが健司の肩から飛ぶ。そのままゴンの背中。完全に定位置になった。

「ただいま」

母が縁側から出てくる。

「おかえり」

「今日、牙犬三匹いた」

「そうかい」

「全部倒した」

「そうかい」

「反応薄いな」

母は少し考えた。

「怪我してないならいいよ」

健司は笑った。

「それで十分だな」

畑を見る。夕方の水やり。鶏へ餌。ゴンの散歩。モチは今日もついてくる。新しい防具を買っても。ダンジョンで三体相手にしても。家に戻ればいつもの仕事が待っている。健司はそれが嫌ではなかった。むしろ。こちらの方が落ち着く。夜。食後。羊羹。今日は普通の厚さ。スマートフォンを見る。借金残高。2,800,000円まだ返済はしない。

「次は余裕できてからだな」

母が隣で茶を飲む。ゴンは縁側。その背中にモチ。庭のどこかに亀。健司は羊羹を一口食べた。三百万円から始まった借金返済。まだ二十万円しか減っていない。それでも少しずつ。確実に。生活は前へ進んでいた。


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