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借金の保証人になった優しい田舎のおじさんのダンジョン配信  作者: 月瀬 リュカ


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7/21

第7話 モチ、正式にうちの子になる


「それなら、群れからかなり離れてた可能性があります。あと、一度人間に強く懐いたスノーエナガは、そのままテイム個体として生活することもあります」

「先生も言ってたな」

「本人が帰りたがるなら戻すのがいいと思いますけど」

健司はモチを見る。

「帰る?」

ピィ。

「分からんな」

しずくが笑う。

「一回外で試してみます?」

「どうやって」

「ギルドの裏に小さな開放スペースがあります。飛べるなら、そこで自由にしてみるとか」

「逃げたら?」

「それはそれで本人の選択ということで」

健司は少し迷った。だがその方がいい。無理に家へ置くつもりはない。裏手へ移動。柵で囲われた広場。上は開いている。魔物の訓練やテイム確認に使う場所らしい。健司はモチを手へ乗せた。

「ほら」

手を上げる。

「飛んでいいぞ」

モチが飛ぶ。高く。今までよりずっと高く。健司の頭上。ギルドの屋根近く。そして広場の外。

「行ったな」

しずくが空を見る。

「行っちゃいましたね」

「まあ、元気ならいいよ」

少し寂しい気はする。だが元々そうするつもりだった。怪我が治った。飛べる。なら、それでいい。健司が建物へ戻ろうとする。そのとき。ピィィ。声。頭上。白い影。モチが急降下してきた。

「おっと」

健司が手を出す。その手を無視。肩へ着地。

「……戻ってきた」

ピィ。しずくが笑っている。

「もう一回やります?」

「やる?」

健司が肩からモチを下ろす。手を上げる。

「好きなとこ行っていいぞ」

飛ぶ。今度は近くの木へ。枝に止まる。数秒。また飛ぶ。健司の頭へ。

「そこ好きなの?」

ピィ。しずくが完全に笑っている。

「森おじさん」

「何?」

「諦めましょう」

「何を」

「もう森おじさんのところが群れなんですよ」

健司はゴンのことを思い出した。母。鶏。庭の亀。そして自分。

「変な群れだな」

「モチ本人がいいならいいじゃないですか」

「まあな」

こうして正式なテイム登録をすることになった。書類。所有者。個体名。種族。スノーエナガ。個体名。モチ。

「ここに署名お願いします」

「結構ちゃんとしてるんだな」

「魔物ですからね」

「小さい鳥だけど」

「魔物は魔物です」

健司が署名する。登録料。金額を見る。

「金かかるの?」

「当たり前です」

「借金あるのに」

「モチを返します?」

健司がモチを見る。モチも見る。

「……払うよ」

「ですよね」

登録終了。しずくが書類をまとめる。

「これで正式にモチは森おじさんのテイム個体です」

登録が済むと、しずくは小さなカード状の登録証も渡してきた。個体番号、種族、所有者名。迷子になったときや、外で何か問題を起こしたときに確認するためのものらしい。健司は表裏を眺め、財布の探索者証の隣へしまった。

「外へ連れていくときは、森おじさんがちゃんと管理してくださいね。人を襲う種族ではないですけど、畑の作物を勝手に食べたりしたら飼い主の責任です」

「それは困るな。うちのブルーベリー全部食われたら赤字だ」

「心配するところ、そこですか?」

「農家だからな」

肩の上でモチが何も知らない顔をしている。書類一枚と登録証が増えただけなのに、健司はそこでようやく、怪我が治るまで預かっていた鳥ではなく、本当に家で暮らす一匹になったのだと少し実感した。

「寝床もちゃんと用意した方がいいですよ」としずくに言われ、健司は昨日まで使っていた段ボール箱を思い出した。怪我人――ではなく怪我鳥を置いておくだけなら十分だったが、これからずっと使うならもう少しましなものがいるかもしれない。とはいえ、豪華な鳥籠へ閉じ込めるのも違う気がする。

「帰りに木箱でも見てくるか」

「森おじさん、自分で作ればいいじゃないですか」

「その方が安いな」

しずくが「そこなんですね」と笑う。健司の頭ではすでに、納屋に余っている板と金網の寸法を思い出し始めていた。夜に休めて、日中は自由に出入りできる小さな場所なら、買わなくても作れそうだった。モチ本人はそんな相談など気にせず、登録証を持つ健司の指先を嘴で軽くつついていた。

「うちの子ってこと?」

「まあ、そうですね」

その言葉を聞いても、実感はあまりなかった。モチは昨日から普通に家にいる。今日から急に何か変わるわけでもない。ただ。帰る場所が健司の家になった。それだけだった。

「じゃあ今日も潜るか」

「切り替え早いですね」

「借金減らないからな」

ドローンを借りる。配信開始。タイトル。

【借金残り280万円】モチが正式にうちの子になりました。その後ダンジョン

「長くない?」

しずくが入力した。

「今日はこれでいきましょう」

配信開始直後。視聴者。二百。三百。五百。コメントが一気に流れる。

《うちの子!?》

《モチ正式加入きた》

《おめでとう》

《見せて》

健司が肩のモチをカメラへ向ける。

「今日から正式にうちにいることになった」

《かわいい》

《やった》

《ゴン歓喜》

「ゴンは別に何も言ってないぞ」

《森おじさんも嬉しい?》

健司は少し考えた。

「まあ、帰ってきたときは嬉しかったかな」

コメントがさらに流れた。

《素直》

《森おじさん好き》

「四十六のおっさんに言うな」

モチはしずくへ預ける。

「今度こそ仕事してろよ」

「してます!」

ダンジョンへ。第一階層。もうここではほとんど苦戦しない。ゴブリン。一撃。牙犬一体。二撃。

《森おじさん強くなりすぎ》

《最初の配信見返すと別人》

「そんな違う?」

《違う》

《初日は剣振るたびに微妙だった》

「感覚戻ったんだろ」

《数日で?》

「そういうこともある」

《ないだろw》

健司は笑う。第二階層。昨日より少し奥。今日は入口付近だけではなく、もう一つ先の通路まで進む。牙犬。一体。二体。今は二体でも怖くない。壁を使う。一体ずつ処理。剣が自然に動く。身体も軽い。

「調子いいな」

《ずっと調子いいじゃん》

《毎日更新してる》

「畑仕事も楽だから助かってる」

《スキル増えてない?》

「知らんよ」

《鑑定受けないの?》

健司は少し考える。

「わざわざ金かけて?」

《借金おじさんだった》

「鑑定も無料じゃないだろ」

コメント欄。

《そこか》

《徹底してる》

《でも自分が強くなった理由気にならない?》

「身体の調子いいだけだろ」

本当にそれで済ませている。先へ。通路が少し広くなる。健司は足を止めた。

「なんかいるな」

《何?》

「音」

重い足音。牙犬ではない。一歩。また一歩。岩陰から姿が現れる。大きい。人型。二メートル近い。灰色の皮膚。太い腕。片手には木を削ったような棍棒。

《オーク!?》

《第二階層にいるの?》

《森おじさん戻れ》

健司も知っている。

「オークか」

昔なら、Dランク時代に何度も戦った。だが今の健司はFランク。装備も中古剣と簡易胸当て。相手はゴブリンとは違う。一撃が重い。まともに棍棒を受ければ骨が折れる。健司はすぐ周囲を見る。後ろ。逃げ道。ある。

「一体か」

《戦うの?》

「ちょっと見る」

《いや帰ろう》

《無理すんな》

健司は剣を抜く。オークが健司を見る。低い唸り。棍棒を持ち上げる。

「まず一発見てからだな」

《森おじさん慎重なのか大胆なのか分からん》

オークが走る。速い。身体の大きさの割に。健司は正面から受けない。横へ。棍棒。地面。轟音。石が飛ぶ。

「重いな」

《当たったら死ぬ》

「そうだな」

健司は距離を取る。オークが棍棒を持ち上げる。二撃目。横薙ぎ。健司は後ろへ下がる。棍棒が胸の前を通る。風圧。

「これは受けられんな」

《帰ろう》

《逃げてもいい》

健司もそう思った。勝てないわけではないかもしれない。昔の経験はある。今の身体なら動きも見える。だが。武器が悪い。防具も薄い。一発でも失敗したら大怪我。

「今日はやめとく」

剣を下げる。オークが追ってくる。健司は走る。

「おっと」

思ったより速い。後ろから棍棒。振り返る。避ける。その瞬間。オークの身体が少し崩れた。振り切った棍棒で重心が前へ。健司の身体が勝手に動いた。一歩。剣。太腿へ斬撃。

「しまった」

逃げるつもりだった。だが昔の癖で攻撃してしまった。オークが吠える。怒った。

「余計なことしたな」

《森おじさんw》

《逃げるって言った直後》

《身体が勝手に戦ってる》

健司は下がる。オークが追う。傷を負った脚。少し遅い。

「……これなら」

健司が止まる。

《おい》

《帰れって》

「いや」

相手の動きを見る。右脚。傷。踏み込みが浅い。棍棒の軌道。大きい。振ったあと隙がある。昔なら何度も見た動き。

「いけるかもしれん」

《フラグ》

「無理なら今度こそ逃げる」

オーク。突進。縦振り。避ける。太腿。同じ場所へ二撃目。オークが崩れる。棍棒を振る。健司は距離を取る。焦らない。攻めない。相手が動くまで待つ。三度目。棍棒。空振り。健司が踏み込む。脇腹。斬る。硬い。浅い。すぐ離れる。

《慎重すぎるくらい慎重》

《でもうまい》

《絶対Fじゃない》

オークは怒鳴る。だが脚から血。動きが鈍る。健司は無理をしない。一撃。離れる。一撃。離れる。何度も。時間はかかった。最後。オークが片膝をつく。健司はそれでもすぐ近づかない。棍棒が地面へ落ちる。動かなくなる。数秒。十秒。そこでようやく近づく。剣を構えたまま確認。完全に倒れている。

「……倒したな」

コメント欄が一瞬止まった。次の瞬間。

《うおおおおお》

《マジで倒した》

《Fランク!?》

《森おじさん強い》

《撤退判断からの攻略うますぎ》

健司は大きく息を吐いた。今までより疲れた。だが。

「思ったよりいけたな」

《感想軽い》

《一歩間違えたら死んでたぞ》

「だから最初逃げようとしたんだよ」

《途中で斬ったのおじさんだろ》

「身体が勝手に」

《それが怖い》

魔石。オークの牙。棍棒は重すぎるので置いていく。

《棍棒持って帰らないの?》

「重い」

《肥料40キロ持つ人が?》

「形悪いんだよ」

《そこ?》

健司はそれ以上進まなかった。

「帰る」

《賛成》

《今日はもう十分》

「オーク出るなら装備変えないと駄目だな」

《やっとまともなこと言った》

「郷田に相談する」

帰路。塩むすび。今日も二つ。

《オーク倒した後に塩むすび》

《森おじさん通常運転》

「腹減ったからな」

配信の最大視聴者。三千を超えていた。健司は数字を見て、

「地区の人口より多いな」

と呟いた。

《また地区基準》

ギルドへ戻る。しずくが受付から飛び出しかける。

「森おじさん!」

「ただいま」

「オーク!」

「いた」

「見てました!」

「仕事は?」

「だからしてます!」

「怒るなよ」

素材査定。オーク。牙犬。ゴブリン。合計。112,600円健司は明細を見る。

「十万超えた」

さらに配信応援。34,820円

「……結構あるな」

「今日かなり人来てましたから」

「オーク効果?」

「モチ効果もあります」

「俺は?」

「もちろん森おじさんもです」

「ついでじゃなくなった?」

「最初からついでじゃありません」

しずくは笑った。モチを返してもらう。モチがすぐ肩へ。

「帰るぞ」

ピィ。今日は返済しない。前回決めた通り、金が入るたび即返すつもりはない。農業経費。生活費。装備。特に今日オークと戦って思った。剣も防具も、このままでは危ない。先に郷田へ相談する。店へ寄る。

「おう」

「郷田」

「なんだ」

「オーク出た」

郷田の顔が止まった。

「どこで」

「第二階層」

「戦ったのか?」

「うん」

「逃げろ馬鹿!」

「最初逃げようとしたよ」

「最初?」

「途中で斬った」

郷田が額を押さえる。

「お前……」

「倒せたけど、これじゃ危ないと思って」

剣を見せる。

「装備、もう少しちゃんとした方がいい?」

郷田はしばらく黙ってから、

「やっとまともな相談しに来たな」

と言った。

「前も相談しただろ」

「鍬持ってな」

「使いやすいぞ」

「その話はもういい!」

店に声が響いた。肩のモチが驚いて羽を膨らませる。郷田がそこで初めてモチを見る。

「……それが例のやつ?」

「モチ」

「本当に丸いな」

「今日正式にうちの子になった」

郷田が健司を見る。そしてモチを見る。

「お前、借金返しにダンジョン戻ったんだよな?」

「そうだよ」

「なんで生き物増えてんだ」

「俺も分からん」

二人とも少し笑った。家へ戻る。ゴンが門へ。モチが肩から飛ぶ。今日はきれいに飛んだ。そのままゴンの背中へ着地。

「ただいま」

母が縁側から顔を出す。

「あら、モチ帰ってきたねえ」

「正式にうちにいることになった」

「そうかい」

母は嬉しそうに笑った。

「なら餌のお皿いるねえ」

「もうあるだろ」

「そうだったかい?」

「ブルーベリー入れてる小さいやつ」

「ああ、あれね」

家の中へ。ゴン。モチ。鶏。亀。母。昨日とほとんど変わらない。でも一つだけ変わった。モチはもう「治るまでいる鳥」ではない。ここが家になった。健司は縁側に腰を下ろす。モチがゴンの背中から飛んできて、膝へ。

「よろしくな」

指で頭を軽く撫でる。モチは逃げなかった。ピィ。

「返事した?」

もう一度。

「よろしく」

ピィ。健司は笑った。借金残高。二百八十万円。まだまだ大きい。それでも。不思議と最初ほど重くは感じなくなっていた。


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