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借金の保証人になった優しい田舎のおじさんのダンジョン配信  作者: 月瀬 リュカ


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34/38

第34話 土魔法で畝は作れるか

翌朝。健司は自宅の畑で、昨日増えたばかりの《土魔法Ⅰ》を試していた。

「……こうか?」

右手を畝の横へ向ける。土が少し震えた。ざらざらと表面が動き、五センチほど盛り上がる。

「おお」

昨日、ギルドの訓練場で試したときよりは動いた。もう一度。

「こっち」

今度は細長く。土が二十センチほど移動する。しかし途中で高さがばらばらになり、片方だけ妙に盛り上がった。

「……汚いな」

健司はしゃがんだ。手で触る。畝というより、土を寄せただけだ。隣には昨日まで自分で鍬を使って整えた畝がある。まっすぐ。高さもだいたい揃っている。比較すると差は明らかだった。

「やっぱり鍬の方が早い」

そう呟いたところで、後ろから声がした。

「何してるの?」

母親だった。

「土魔法」

「できるようになったの?」

「昨日から」

「便利だね」

「まだあんまり」

健司はもう一度手を向けた。土がもこっと盛り上がる。母親が見ている。

「曲がってるよ」

「分かってる」

「鍬使ったら?」

「俺も今そう思ってた」

「じゃあ使えばいいじゃない」

「せっかく覚えたから試してるんだよ」

「そう」

母親は特に感心した様子もなく、トマトの方へ歩いていった。

「もう少し驚いてもいいと思うんだけどな」

健司が言うと、母親は振り返った。

「火も出せるんでしょ?」

「出せる」

「じゃあ土くらい出てもいいんじゃない?」

「そういうものかな」

「知らないよ」

健司も知らない。足元ではゴンが伏せていた。十八歳の秋田犬は、土が動こうが特に興味はないらしい。

「ゴン」

耳だけ動く。

「土魔法」

反応なし。

「おやつ」

顔を上げる。

「分かりやすいな」

少し離れたところでは、モチが昨日覚えたばかりの芸を一人でやっていた。健司の周囲を飛ぶわけではない。小さく飛び上がって、その場を一周して戻ってくる。

「誰も『回れ』って言ってないぞ」

「ピィ!」

「ブルーベリー出ないよ」

「ピィ!」

「勝手に芸しても出ない」

もう一回。くるり。

「……」

モチが期待した目で見ている。

「一回だけな」

一粒やった。その瞬間、健司は気づいた。

「これ、勝手にやればもらえるって覚えたらまずいな」

モチはもう食べていた。

「遅かったか」


◇


朝食のあと、健司は昨日の鑑定結果をもう一度見ていた。

《土魔法Ⅰ》

間違いなく増えている。昨日の朝、十万円を返した。


◇


その日の午後、土魔法が使えるようになった。偶然と言うには出来すぎている。

「今日も返すの?」

母親が聞いた。

「今日は返さない」

「お金ないの?」

「あるけど、毎日返さなくてもいいだろ」

「昨日は返せるとき返すって言ってたよ」

「全部一日で使ったら困るからな」

「そう」

生活費、農業資材、修理費、予備。借金があるからといって、手元の金を全部返済に突っ込む気はない。前回もそうだった。無理をして家の畑まで駄目にしたら意味がない。

「あと、ちょっと様子見たい」

「土?」

「《肩代わり》」

「ああ」

「今回、誰から来たのか分からないから」

「分からないなら考えても分からないんじゃない?」

「まあな」

母親は今日も正しかった。

「おにぎり何がいい?」

「今日は何ある?」

「焼き味噌」

「それ一択?」

「嫌なら塩」

「焼き味噌で」

「分かった」

母親がご飯を握り始める。

「中に入れるの?」

「外に塗るよ」

「じゃあ焼きおにぎり?」

「味噌おにぎり」

「違うの?」

「違うよ」

健司には違いがよく分からなかった。


◇


一方そのころ。黒崎剛造は、朝から機嫌が悪かった。

「異常なし?」

「はい」

目の前には探索者向けの専門鑑定士がいる。昨日、《土魔法Ⅳ》が《土魔法Ⅲ》へ落ちた。黒崎はその日のうちにギルドへ正式な精密鑑定を申し込んだ。結果。

《身体異常なし》

《魔力回路異常なし》

《呪詛反応なし》

《技能阻害効果なし》

そして技能一覧には、今日も変わらず、

《土魔法Ⅲ》

と表示されている。

「じゃあなんで落ちたんだ?」

「現時点では原因を特定できません」

「昨日までⅣだったんだぞ」

「過去の鑑定履歴でも確認しております」

「なら戻せよ」

鑑定士が困った顔をした。

「技能そのものをこちらで戻すことはできません」

「使えないな」

黒崎は書類を机に置いた。鑑定士の表情が少し硬くなったが、黒崎は気にしない。

「加齢か?」

「技能の自然低下が絶対に起こらないとは言えません。ただ、黒崎さんの場合は――」

「俺は五十だぞ」

「はい」

「まだ現役Aランクだ」

「存じています」

「昨日突然一段落ちるのが普通か?」

「普通とは言えません」

「だったら調べろ」

「経過観察になります」

「経過観察?」

黒崎は鼻で笑った。

「もう一段落ちてから考えるってことか?」

「そういう意味ではありません」

「同じだろ」

黒崎は立ち上がった。原因が分からない。呪いでもない。病気でもない。魔力回路にも問題なし。それなのに、自分が長年鍛えてきた《土魔法》だけが一段落ちている。

「くだらない」

黒崎は鑑定室を出た。会社へ戻る途中、社員から電話が入った。

『社長、旧農業区画の復旧工事の件ですが』

「ああ」

『見積もりを提出しました』

「いくら?」

『四百六十万円です』

「そんなもんか」

『他社は三百万前後で出しているようです』

黒崎が眉をひそめた。

「安すぎるだろ」

『緊急案件ですので、先方も価格をかなり見ているようです』

「こっちは昔の図面持ってるんだぞ」

『その点も伝えました』

「だったら値下げする必要ない」

『ただ、このままだと受注できない可能性があります』

「取れなきゃ取れないでいい」

黒崎は車の後部座席へ深く座った。

「緊急工事なんだ。高いのは当たり前だろ」

『はい』

「資材搬入費、危険手当、魔力環境割増、全部入れてるな?」

『入れています』

「現地再調査費は?」

『別項目です』

「じゃあいい」

電話を切る。


◇


四百六十万円。実際に必要な工事費がそこまでかかるとは、黒崎自身も思っていない。だがダンジョン内の工事は、地上の工事とは違う。危険、特殊環境、魔力、魔物。いくらでも理由は付けられる。しかも緊急。早く直したい側ほど、値段に口を出しにくい。

「三百万でやる奴が馬鹿なんだよ」

黒崎はそう呟き、スマートフォンを閉じた。


◇


「四百六十万?」

同じころ、健司も別の場所で同じ数字を聞いていた。ギルドの受付はしずくが端末を見ながら頷く。

「はい。一番高いところが」

「高いな」

「ですよね」

「昨日の概算、三百万くらいだっただろ?」

「なので別の業者さんになりました」

「もう決まった?」

「はい。施設側で選定しました。二百九十八万円」

「二万円余るじゃん」

「森おじさんが嬉しそう」

「借金だからな。安い方がいいだろ」

「そうですね」

「余った二万円、返せる?」

「工事が終わって精算してからです」

「じゃあ返す」

「まだ二万円の話ですよ?」

「二万円も金だぞ」

《さすが借金返済二周目》

配信はすでに始まっていた。健司がコメントを見る。

「二周目って言うな」

《300万RTA Season2》

「RTAでもない」

《最初から10万削ってる》

「普通に返しただけ」

《290万》

「数字出すなって」

今日の配信タイトルは、

【ダンジョン農園】土魔法が増えました

農園より土魔法の方が反応は大きかった。

《本当に土魔法?》

「本当」

《昨日までなかったよね》

「なかった」

《また肩代わり?》

「たぶん」

《誰から?》

「知らん」

《怖》

「俺もそう思う」

《誰か今弱くなってる?》

「それも知らん」

《返済するたび誰か泣くシステム》

「そんな言い方するな」

健司自身、そこは少し気になっていた。前回なら、相手が分かっていた。上原たち。借金を押しつけた人間。今回、思い当たる相手はいない。自分で借りた金。自分で返している。なのに《肩代わり》らしきものが動いた。

「まあ、今日返済しないから何も増えないと思うよ」

《実験しないの?》

「金で実験するなよ」

《10万入れてみよう》

「お前の十万じゃないだろ」

《正論》

「それに返すなら返すために返す。スキル欲しいから返すんじゃない」

《森おじさん真面目》

「借金だからな」

農園へ向かう途中、復旧工事の現場を遠くから見る。昨日より作業員が増えていた。崩落した壁の周辺に新しい補強材が入っている。破断した主管も撤去が始まっていた。

「これが二百九十八万か」

隣にいた長谷川が笑う。

「金額を見ながら工事する人、あまりいませんよ」

「俺が借りた金だぞ」

「それはそうですが」

「ちゃんと直してほしい」

「今回の施工会社は施設側でも実績があります」

「じゃあ任せる」

健司は近づかない。専門の工事は専門家にやってもらう。自分は農園を見る。三十六株の紅晶実。昨日と大きな変化はない。ただ、茎が少し太くなっている。

「順調?」

「はい」

長谷川が答える。

「照明も安定しました。主管の復旧までは仮設給水ですが、栽培への影響は現状ほぼありません」

「じゃあ良かった」

《300万の苗》

「一株八万三千円みたいに言うな」

《計算早い》

「まだ全部工事代だから」

《森おじさんが一番気にしてる》

「借金したからな」

今日も必要な分だけ水を運ぶ。その途中、健司はふと思った。

「土魔法で水路作れるかな」

長谷川が止まる。

「ここではやらないでくださいね」

「やらないよ」

《即注意されてる》

「人の施設だからな」

《家ならやる?》

「ちょっと試した」

《もうやってるw》

「畝作ろうとした」

《できた?》

「鍬の方が早かった」

コメントが笑いで流れる。

《魔法敗北》

《鍬つよい》

《土魔法Ⅰ VS 農家46年》

「四十六年農家じゃないよ。生まれてから全部農業してたことになるだろ」

《何年?》

「子供のころから手伝ってるから、分からん」

《結局強い》

「魔法はまだ昨日覚えたばっかりだからな」

健司は空いている試験用の土箱を借りた。研究用の培地ではなく、普通の土を入れた箱。

「これなら動かしていい?」

「大丈夫です」

手を向ける。

「細く」

土を中央へ寄せる。昨日より少しまし。長さ五十センチほどの小さな畝ができた。

《おお》

《進歩》

「昨日よりはいいな」

端だけ手で直す。

「でもここは手の方が早い」

《結局手》

「細かいところはな」

今度は溝。土を左右へ少し避ける。深さ五センチほどの浅い溝ができた。

「これは便利かも」

長谷川が覗く。

「排水用ですか?」

「畑で雨降ったとき、ちょっと水逃がしたい場所あるだろ」

「なるほど」

「鍬取りに戻らなくていい」

《そこ?》

「そこ大事だぞ」

《戦闘利用は》

「敵来たら剣使う」

《土壁》

「Ⅰで?」

《目つぶし》

「嫌な使い方考えるな」

健司は笑った。でも、悪くない。強い魔法ではない。大きな壁も作れない。岩を砕くこともできない。それでも少し土を動かせる。農家には十分使い道がある。

「便利になったな」

自分の手を見る。誰の技能なのかは分からない。それだけは妙だった。


◇


昼。いつもの休憩場所。

「今日は焼き味噌」

《きた》

《新キャラ》

「おにぎりだぞ」

包みを開ける。表面に味噌が塗ってある。少し焦げ目もついていた。

《うまそう》

《SSR》

「鮭と同じ?」

《焼き味噌UR》

「急に上げるな」

一口。味噌の香ばしさ。少し甘い。

「うまい」

《詳細を》

「味噌味」

《知ってる》

「ちょっと焦げてる」

《知ってる》

「じゃあ聞くなよ」

モチも今日は一緒に来ていた。コメント欄がすぐ反応する。

《モチ回れ》

《芸タイム》

「飯食わせろよ」

《回れ》

「俺に言うな」

《森おじさん回れ》

「やらない」


◇


食後、ブルーベリーを一粒出す。モチが見た。

「じゃあ一回だけ」

指を回す。

「回れ」

モチが飛ぶ。健司の頭の周りを一周。腕へ戻る。

《かわいい》

《完全に覚えた》

《天才》

「昨日より早いな」

ブルーベリー。モチが食べる。

「もう終わり」

ところがモチが勝手に飛んだ。一周。腕へ戻る。

「いや、言ってない」

《自主練》

《追加報酬要求》

「出ないよ」

もう一周。

「出ないって」

《出来高制》

「そういう契約じゃない」

モチが三回目をやろうとしたので、健司は手で止めた。

「芸の押し売り禁止」

《www》

《モチ稼ぐ気満々》

「誰に似たんだ」

《借金返済してる飼い主》

「俺かよ」


◇


午後には、復旧工事の主管交換が始まった。健司は作業を邪魔しないよう、早めに農園を出た。


◇


ギルドへ戻る途中、しずくから声をかけられる。

「森おじさん」

「何?」

「さっきの高い見積もりなんですけど」

「四百六十万?」

「はい。《黒崎ダンジョン開発》って会社でした」

「有名?」

「ダンジョン工事ではかなり大きいところです。社長さん自身がAランク探索者です」

「へえ」

健司はそれだけ言った。

「昔、この農業区画の工事もしてたみたいですよ」

「じゃあ図面持ってたんじゃない?」

「そうみたいです」

「それでも高かったんだ」

「緊急工事なので、いろいろ割増が入っていました」

「二百九十八万のところで大丈夫なんだろ?」

「施設管理が確認してます」

「じゃあそっちでいいよ」

健司の興味はそこで終わった。昔どこの会社が工事したかより、今ちゃんと直るかの方が大事だった。

「四百六十万だったら足りなかったな」

「また借りる気だったんですか?」

「借りないよ」

「即答してくださいよ!」

「今しただろ」

「ちょっと間がありました!」

「三百万以上は無理だよ」

しずくはほっとしたような、呆れたような顔をした。健司は笑いながら帰る。黒崎という名前も、Aランク社長という話も、そのときは特に覚えておこうとは思わなかった。自分とは関係のない工事会社。それだけだった。


◇


夜。自宅の畑で、健司はもう一度《土魔法Ⅰ》を使った。朝、水が少し溜まりやすかった場所。

「こっちへ流す」

地面がゆっくり動く。浅い溝ができる。長さ一メートルほど。

「お」

今度はかなりまっすぐだった。鍬ならもっと深く、早く掘れる。それでも手ぶらでできるのは便利だ。

「これなら使えるな」

母親が縁側から見ている。

「鍬いらなくなった?」

「いや」

「いるの?」

「いる」

「じゃあ何が便利なの?」

「鍬取りに戻らなくていい」

母親は少し考えた。

「それだけ?」

「それ大事だよ」

「そう」

ゴンが縁側で寝ている。その背中にモチが乗っている。

「モチ、ゴンの上で回るなよ」

「ピィ」

健司は手についた土を払った。借金残高は二百九十万円。昨日より十万円減った。その代わりなのか、《土魔法Ⅰ》が一つ増えた。

「次返したら、また何か増えるのかな」

口にしてみる。答えはない。誰から来たのかも分からない。遠く離れた黒崎剛造が、自分の《土魔法》を一段失って苛立っていることなど、健司が知るはずもなかった。健司が知っているのは、自分の借金があと二百九十万円あること。そして土魔法で作った溝は、まだ少し曲がっていることだけだった。

「……明日はもうちょっとうまくできそうだな」


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