第24話 種を食うやつがいる
翌朝、研究部から届いた監視映像を見ながら、健司は焼きおにぎりを食べていた。
夜中に三度、何かが農園へ現れている。最初は土が盛り上がり、細長い口だけが一瞬出た。二度目は頭まで見えた。茶色い体で毛は少なく、細い鼻と小さな目をしている。
普通のモグラと違うのは、長い歯と額の短い角だった。
三度目には、種をまいた一列目の土が崩されている。
「食われたな」
母も画面を覗き込んだ。
「ネズミ?」
「多分、ダンジョンのやつ」
家の畑仕事を済ませてから、健司は古い金網と小型スコップを軽トラックへ積んだ。地上の畑でも、被害が出たからといって最初から全部殺すわけではない。まず何がいるのか、どれだけ食べるのかを見る。そのうえで、被害を減らす方法を考える。
家を出る前、健司は古い金網を一度広げて状態を見た。錆びて穴が空いている部分は切り落とし、使えるところだけを丸め直す。新しい物を全部買えば早いが、試験区画は小さい。使える物まで捨てる必要はない。
母親が納屋の前まで来る。
「それ、畑に使うの?」
「ダンジョンの畑」
「ネズミ避け?」
「多分」
「うちのは?」
「家の畑は今大丈夫」
「じゃあ持ってっていいよ」
「うちのだから一応聞こうと思ってた」
「健司の畑の物でしょ」
「母さんの畑でもあるよ」
そんな話をしてから軽トラックへ積んだ。
◇
ギルドでは、土潜り鼠は人間を積極的に襲う魔物ではないが、追い詰めると長い前歯で噛みつくことがあると説明された。地中へ無理に手を入れず、捕獲器に入った個体も研究員へ任せる。
「討伐依頼にはならないんだ?」
「今のところ被害は作物だけです。研究部も生態を調べたいそうです」
「じゃあ捕まえるだけでいいな」
しずくが古い金網を見る。
「それ、持ってきたんですか?」
「家で余ってた」
「本当に何でもありますね、森家」
「農家の納屋は大体いろいろあるよ」
配信タイトルは、【ダンジョン農園】種を食べるやつを止めます。
《ついに戦闘》
「戦わないよ」
《害獣駆除》
「まず入れないようにする」
《農家だ》
「ずっと農家だって言ってるだろ」
◇
ギルドでは、昨夜の映像から魔物の候補がほぼ絞れていた。
《土潜り鼠》。地中を移動し、植物の根や種を食べる小型魔物だという。
◇
農園へ入って種まき区画を調べると、三十六粒のうち四粒がなくなっていた。一列目で三粒、二列目で一粒。普通の水を使った三列目には被害がない。
「一晩で四粒は多いな」
研究用の種は数が限られている。全部育つとは思っていないが、食べられて減るのは別問題だ。
健司は金網を栽培槽の周囲へ埋めることにした。地上だけ囲っても、下から来る相手には意味がない。四辺に三十センチほどの溝を掘り、金網を曲げて埋める。水路や栽培槽を壊さないよう、力加減には気をつけた。
《身体強化Ⅰ》のおかげで作業は早いが、速ければいいわけではない。隙間を作らず、端を重ねて土を戻す。
金網を埋める作業は思ったより時間がかかった。栽培槽の外周は直線に見えるが、古い配管の点検口や排水溝があり、単純に四角く囲えばいいわけではない。
「ここは切らずに曲げる」
健司は金網をL字に折り、点検口の手前で上へ立ち上げる。整備の邪魔にならないよう、必要な場所は後から外せる留め方にした。
《穴あったらそこから来る?》
「来ると思って作った方がいいな」
《三十センチで足りるの》
「絶対じゃない。まずこれで様子見る」
地上の害獣対策でも、一度で完璧になることは少ない。相手がどこから入ったか見て、次に塞ぐ。強い網へ変える。餌になる物を片づける。手間はかかるが、畑はそういうものだった。
途中、昨日掘り返された場所を小型スコップで慎重に開く。種がなくなった穴の周囲には、細い横穴が残っていた。
「こっちから来てるな」
研究員が位置を記録する。水路側から栽培槽へ近づいているらしい。
「水も飲んでる?」
「可能性はあります」
「じゃあ餌だけじゃなく、水路も通り道か」
金網の端を水路のコンクリート際まで寄せ、隙間を石で埋める。ここだけは土が柔らかく、何度か踏み固め直した。
一通り囲い終えたところで、健司は軽く金網を引いた。
「これなら小さいのは通りにくい」
《大型は?》
「来てから考える」
《フラグ》
「やめてよ」
研究部が用意した捕獲器も三つ置いた。餌には《歩根草》の根を少量使う。昨日土が動いた場所、水路脇、壁際に一つずつだ。
「全部防げる?」
《無理じゃね》
「畑で全部防ぐのは無理だよ。虫も病気も天気もある。被害が減ればそれでいい」
少し早めの昼にして、塩むすびを二個食べた。二個目を半分ほど食べたところで、壁際から金属音がした。
カチャン。
捕獲器が揺れている。
中には猫より少し小さな茶色い魔物がいた。細長い体に短い脚、長い鼻、額には短い角。歯を見せて金網を噛んでいる。
「これが土潜り鼠か」
続いて二つ目の捕獲器も鳴った。こちらにも一匹入っている。
生体のまま研究部へ渡せば、一匹五千円。二匹で一万円になるらしい。
捕まえた二匹は、研究員が厚手の布をかけたまま運搬箱へ移した。暗くすると少し落ち着くらしい。健司は手を出さない。
「噛む?」
「追い詰めると噛みます」
「じゃあ近づかない」
《森おじさん徹底》
「噛まれるために来たんじゃないよ」
捕獲器を置いた場所には小さな標識を立て、次に入る人が蹴らないようにする。農園は研究部だけでなく設備担当も出入りする。自分たちだけ分かっていればいいわけではない。
播き直す前に、食べられた穴の深さも測った。四つとも種の位置まで正確に掘られている。偶然土を荒らしたのではなく、種の匂いか魔力を感じ取っている可能性が高いらしい。
「魔力水の列が多く食われたのも、それ?」
「可能性はあります。ただ、四粒では断定できません」
「じゃあまだ言わない方がいいな」
《普通水最強説》
「芽も出てないのに早いって」
種を入れ直し、土を戻したあと、金網の内側をもう一度一周する。足跡のような小さな崩れが二か所あったので、そこだけ踏み固めた。
「今日の夜で分かるな」
《また来る?》
「来ると思って見た方がいい」
害獣対策は、一度塞いだら終わりではない。相手も別の入口を探す。次の朝、掘った跡を見てまた直す。その繰り返しだ。
◇
午後、失った四粒を播き直した。今度は研究部の判断で保存種を四粒追加し、同じ深さに埋める。
◇
作業を終えて帰ろうとした時、空のままだった三つ目の捕獲器の下で土が動いた。
全員が少し離れて待つ。鼻が出て、頭が出た。だが先ほど捕まえた二匹より明らかに大きい。肩まで出たところで、捕獲器の入口に身体が入らないことが分かった。
大型の《土潜り鼠》だった。
そいつは前脚で捕獲器を器用に押し、ひっくり返した。こぼれた《歩根草》の根だけを食べ、こちらを数秒見たあと、再び土へ潜って消えた。
「賢いな」
大型用の罠が必要になりそうだ。
◇
家へ戻る途中、健司はホームセンターへ寄り、大型個体用に使えそうな太めの金網も値段だけ見ておいた。買うかどうかは明日の監視結果を見てからでいい。
「三千八百円か」
安くはないが、研究用の種を何十粒も食われるよりはましだろう。ただし研究部の備品で用意できるなら、自分で買う必要はない。
家では母親が今日の出来事を聞く。
「ネズミ捕まった?」
「二匹。あと大きいの一匹いた」
「大きいのも捕まえた?」
「罠に入らなかった」
「賢いね」
「餌だけ取っていった」
「それは賢い」
ゴンの餌を用意しながら、健司も同意した。
野生のものは人間の都合通りには動かない。だから面白いとも言えるし、畑を守る側からすると困るとも言える。
◇
夕食後、金網の外側に大型個体が何度も現れる映像を確認する。入れないと分かると、別の場所を探して歩いている。
「明日も来そうだな」
対策が効いているかどうかは、一晩で終わりではない。そこも地上の畑と同じだった。
捕獲した二匹については、その日のうちに研究部から簡単な報告も届いた。胃の内容物には植物の種と根が多く、金属や設備を齧る習性は今のところ確認されていない。農園で一番困るのは、やはり播いた種と若い根を食べられることらしい。
「やっぱり畑の敵だな」
だからといって全部いなくする必要はない。農園へ入れないようにして、外で暮らしてくれればいい。
健司は家の納屋から残りの金網を確認した。大型個体がまた別の場所から入ろうとした時、すぐ追加できる程度は残っている。
「これで足りなきゃ新しいの買うか」
先に全部買うのではなく、必要になってから。借金を返し終えたあとでも、その考え方は変わらなかった。
◇
夕方の家の畑では、ネズミではなく小さな鳥がトマトの支柱へ止まっていた。健司が近づくとすぐ飛んでいく。
「こっちは普通で助かるな」
◇
ダンジョンでは角のある土潜り鼠。家ではただの鳥と虫。それでも作物を守るなら、相手の動きを見て対策する点は同じだ。
ゴンは鳥が飛んでも追わなかった。十八歳らしく、少し顔を上げただけだった。
母親は大型個体の映像を見ると、「ずいぶん太いねえ」と感想を言った。
「食べてるからな」
「畑の種?」
「今日はもう食べられてない」
「じゃあ金網、役に立ったね」
「今のところは」
一晩守れたからといって安心はしない。明日の朝、また掘り跡を確認するつもりだった。
明日の朝に同じ場所をもう一度見れば、対策が本当に効いたか少しは分かる。健司はそう考え、記録を残した。
◇
夜、研究部から監視映像が届いた。大型個体は埋めた金網の外側を何度も掘っていたが、侵入できずに諦めている。
そこまでは予想通りだった。
数分後、別の動きが映った。
栽培槽の端で、小さな赤いものが土を押し上げている。一つ、二つ。昨日まいた《紅晶実》の芽だった。
しかも最初に芽を出したのは、魔力水ではなく普通の水を与えた三列目だった。
健司は羊羹を皿へ戻し、画面へ顔を近づけた。
「もう出たのか」
昨日まで何もなかった土から、小さな芽が確かに出ている。害獣対策ばかり考えていたが、作物の方もちゃんと進んでいた。
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