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借金の保証人になった優しい田舎のおじさんのダンジョン配信  作者: 月瀬 リュカ


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23/38

第23話 ダンジョンに種をまく

翌日、健司は研究部と一緒に旧試験農業区画へ入った。今日の目的は、種をまける状態まで一画を整えることだ。

今日も配信は許可された。ただし、技師が扱う制御盤の表示だけは映さないようドローンの範囲を決める。

【ダンジョン農園】今日は種をまけるところまで直します

《ついに種まき》

《何植えるの》

「紅晶実。昨日食べた赤いやつ」

《あれ育てるのか》

「まず三十六粒だけな」

栽培槽へ入る前、健司は作業靴の泥を落とした。外から別の土や種を持ち込めば試験結果が分かりにくくなるからだ。研究員も同じように靴底を清掃する。

「農家でも畑を分ける時は気をつけるよ。病気持ち込むの嫌だからな」

《急に専門家》

「一応、本職なんだけど」

栽培槽の土は、昨日より表面こそ乾いているが、指を入れると中はまだ重かった。健司は一握り取り、強く握る。固まりはするが、水はもうにじまない。

「種まくなら、ぎりぎりいけるかな」

「排水が戻れば午後にはさらに落ち着くと思います」

「じゃあ先に詰まりだな」

まず排水を確認する。水路にはきちんと水が来ているのに、栽培槽の隅だけ妙に湿っていた。土を握ると固まり、指で押せば水がにじむ。排水口の格子を外してみると、五年分の泥と枯れ葉、根がぎっしり詰まっていた。

錆びたボルトは無理に回さず、潤滑剤を入れて少し待つ。もう一度工具を当てると、今度はゆっくり動いた。

「農機具と同じだな。固いからって力入れると折れる」

格子を外したところで、中の根が動いた。

健司たちは一歩下がった。剣は抜かず、作業用の長い棒で排水口を軽くつつく。すると拳ほどの茶色い塊が、濡れた根を引きずりながら出てきた。

《歩根草》の幼体らしい。丸い本体から細い根を伸ばし、排水管の中で水と魔力を吸っていた。奥には同じものが何体もいる。

一体ずつ袋へ移し、残った根を引き抜く。途中で切れるとまた詰まるので、焦らず少しずつ作業した。泥で手袋も腕も茶色くなり、研究員やギルド職員まで一緒になって二時間ほどかかった。

最後の塊を抜いた瞬間、ごぼっと音がして水が流れ始めた。栽培槽の水位も目に見えて下がっていく。

「これなら少し乾くな」

魔力灯は専門の技師に任せた。古い接続部を直すと、一基、二基と白い光が戻り、農園の中が少しずつ明るくなった。ただし内部部品が壊れている二基は交換が必要だった。


◇


昼は安全な場所で塩むすびを食べた。三個目に手を伸ばしながら、健司は午前中より水が抜けた培土を眺める。

昼までに、栽培槽の表面もかなり扱いやすくなった。健司は小さな熊手で土を均し、固まった部分だけを手で崩していく。深く耕すと古い配管へ触れる可能性があるので、表面だけだ。

「もっと全部ふかふかにしないの?」

《耕さないの》

「今日は種が入る深さだけでいい。下までいじる仕事じゃないからな」

研究員が一メートルごとに目印の糸を張り、健司が三本の列を作る。条件を比べるため、日当たりや魔力灯からの距離がなるべく同じになるよう場所をそろえた。

種は小指の爪ほどで、乾いた赤褐色をしている。見た目だけなら、光る実になるとは思えない。

「これ、本当にあれになるんだな」

《食べるなよ》

「種は食べないよ」

水も最初から量を決めてある。通常濃度の魔力水、薄めた魔力水、普通の水。どれも同じ量だけ与え、違うのは魔力の濃さだけにする。

「多く水やった方だけ育ったら、何の比較か分からなくなるからな」

研究員が頷いた。

「森さん、試験慣れしてきましたね」

「畑で区画分けて肥料試すのと似てるよ」

十二個の穴を作る。深さは指の第一関節より少し浅いくらい。同じ間隔。同じ深さ。種を落とし、土を強く押し固めず、手のひらで軽くならす。

一列目が終わると札を立てる。

《A 魔力水・標準》

二列目。

《B 魔力水・低濃度》

三列目。

《C 普通水》

最後にジョウロでゆっくり水を与えた。勢いよくかければ、せっかくそろえた種が動いてしまう。

《魔法で水やらないの》

「水魔法持ってない」

《火炎魔法》

「種焼いてどうするんだよ」

コメントが一気に笑いで流れた。

全部終わったあと、健司は上から三列を眺める。ただの土だった。だが、土の下には三十六粒ある。

「ここからは待つしかないな」

種まきが終わってからは、研究員と一緒に開始時点の記録をそろえる作業へ移った。

三列とも同じ深さ、同じ間隔、同じ水量。違うのは水に含まれる魔力の濃さだけだ。健司は札を見比べながら、もう一度条件を声に出して確認した。

「Aが標準。Bが薄い。Cが普通の水」

「はい。水量は全部同じです」

《地味だけど大事そう》

「後で分からなくなったら、今日やった意味なくなるからな」

研究員は各列の端で土の湿り気、温度、魔力濃度を測り、数値と写真を端末へ残した。健司も手で土を触ったが、記録用の場所は踏まないよう栽培槽の外側から腕を伸ばす。

「ここ、朝よりだいぶ水抜けたな」

「排水口を開けた効果が出ています」

「じゃあ、今日はもう水足さなくていい」

《時間だから水やるんじゃないの?》

「時間より土を見る。濡れてるのに追加したら、今度は水の差まで出るだろ」

研究員が頷き、次回の給水も時刻固定ではなく、同じ基準で土の状態を確認してから行うことになった。

次に、監視用の小型カメラを栽培槽の両端へ一台ずつ置く。発芽の瞬間まで人が張りつく必要はないが、何かに掘り返されたり、札が倒れたりした時には記録が残る。

健司はカメラの映る範囲を見て、通路側の死角を指した。

「ここ、土の端が見えないな」

「少し角度を変えます」

「人を見るより畑が全部入る方がいいよ」

《配信者なのに自分を映さない》

「今は作物の記録だからな」

カメラを調整すると、三列の札と栽培槽の外周まで一枚に収まった。研究員は開始時刻を記録し、比較用に上からの写真も撮る。

健司は栽培槽の縁に残った靴跡を小さな熊手でならした。明日、新しい足跡や掘り跡があれば分かりやすくするためだ。

「これなら何か入ったら分かるな」

《罠みたい》

「罠じゃないよ。跡を見るだけ」

最後に水路の流れをもう一度確認する。午前中に詰まりを取った排水口からは細い流れが続き、栽培槽の隅にも新しい水たまりはできていなかった。

「よし。今日は触るところないな」

研究員が少し意外そうに聞いた。

「もう終わりますか?」

「種まいた後に、用もないのに触る方が怖いよ。あとは芽が出るまで待とう」


◇


作業を終え、道具を片づけて帰ろうとした時だった。

土の下から、かすかに「こん」と音がした。

健司の顔つきが変わる。腰の剣へ手をやったが、まだ抜かない。

十センチほど先の土が盛り上がり、その膨らみが二十センチ、三十センチと横へ動いた。何かが下を通っている。

やがて動きは止まり、何も起きなくなった。一分待っても、二分待っても出てこない。

「モグラみたいなやつですかね」

「分からん。でも畑なら、種をまけば食いに来るやつはいる」

地上の畑でも、モグラやネズミ、虫、鳥は珍しくない。ここはダンジョンなのだから、何が来ても不思議ではなかった。

その日は深追いせず、監視装置だけ確認して帰還した。歩根草七体の買取と追加整備作業の報酬を合わせ、三万四千円になった。


◇


夕方は家の畑へ戻り、水や支柱を確認してからゴンの散歩へ行く。ダンジョンでは魔力水が流れ、光るトマトのような実が育ち、土の下には正体の分からない何かがいる。それでも家へ戻れば、田んぼと畑と山がある。


◇


帰宅後、健司は今日使った小型スコップと手袋を水で洗った。人工培土は細かく、乾く前に落とした方が楽だった。ついでに剣の鞘も確認する。今日は抜かなかったが、ダンジョンへ入る以上、持っているだけで終わるとは限らない。

母親が庭へ出てくる。

「種まいた?」

「三十六粒」

「多いね」

「三列に十二ずつ」

「全部同じ?」

「水だけ違う」

「水でそんな変わる?」

「それ見るんだよ」

母親は少し考えたあと、家の畑を指した。

「あっちも水多いと駄目になるもんね」

「そう。少なすぎても駄目だけど」

「面倒だねえ」

「農業だからな」


◇


夕方の水やりでは、家の畑の土を一つずつ見て、必要な場所だけに水を足した。さっきダンジョンで三列へ同じ量を量ってやったばかりなのに、こちらでは同じ畝でも乾き方が違う。

研究と普通の畑仕事は似ているようで少し違う。その違いも面白かった。

夕食前には、研究部から今日の作業写真も届いた。朝は水が溜まっていた栽培槽の隅が、夕方にはだいぶ乾いている。排水口を開けただけでも効果は大きかった。

健司は画像を拡大する。

「ここ、まだ濡れてるな」

明日すぐ直すつもりはない。次回入った時にもう一度見ればいい。記録があれば、今日より乾いたのか、同じなのか比べられる。

母親が横から画面を見る。

「土しか写ってないね」

「今はな」

「明日芽出る?」

「そんな早くないだろ」

「トマトは?」

「トマトも一日じゃ出ないよ」

「じゃあ待つんだね」

「待つ」

その数時間後に、土の下の何かが動き始めるとは、この時点ではまだ分からなかった。


◇


夕食後、今日の報酬明細も確認した。歩根草の回収分と整備作業で三万四千円。借金があった頃なら、すぐ返済額を計算していただろう。

「今はそのままでいいか」

ダンジョン用の口座へ残す。次の資材、装備の手入れ、ガソリン代。仕事を続けるなら金は出ていく。

母親が言う。

「貯めるの?」

「使う時のためにな」

「じゃあ貯金だね」

「そうなるか」

返すためではなく、次の仕事のために残す。まだ少し変な感じがした。

監視画面には三列の札も映っている。A、B、C。


◇


昼間はただの記号だったものが、夜になると妙に気になった。

「明日、どれが最初に動くかな」

勝ち負けではない。それでも、種をまいた本人としては気になる。健司は少しだけ画面を眺めてから、明日の朝のためにスマートフォンを伏せた。


◇


夜、研究部の監視映像を開くと、昼に見た盛り上がりが再び映っていた。土の下を移動し、今度はまっすぐ種をまいた区画へ近づいている。

「やっぱり来たか」

畑を作れば、食いに来るやつもいる。場所がダンジョンでも、その辺りは変わらないらしかった。


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