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借金の保証人になった優しい田舎のおじさんのダンジョン配信  作者: 月瀬 リュカ


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16/38

第16話 また五十二万円減っている

森健司が金融会社の画面を開いたのは、朝食を終えたあとだった。

特別な理由があるわけではない。借金を抱えてからというもの、銀行口座より先に保証債務の残高を確認するのが、すっかり癖になっていた。

「……ん?」

表示された数字を見て、健司の指が止まる。

保証債務残高 1,560,000円

昨日の夕方に確認したときは、二百八万円だった。

岩崎が五十二万円を直接返済し、二百八万円まで減ったところまでは自分でも確認している。

それが今は百五十六万円。

さらに五十二万円減っていた。

「また払ったのか」

誰が払ったのかまでは、金融会社の画面には表示されない。

今回は健司自身が返済したわけではないため、《肩代わり》が発動したときの胸の奥が温かくなる感覚もなかった。身体にも特に変化はない。新しい技能が増えた感じもしない。

つまり、上原たちの誰かがまた直接支払ったのだろう。

「あと三人だったよな」

三百万円から始まった借金が、もう半分近くまで減っている。

最初の催促状を見たときは、農業だけで返すなら何か月、あるいは何年かかるだろうと思った。

生活費もいる。農機具も壊れる。肥料や種、燃料、税金だって必要だ。

だから十年以上離れていたダンジョンへ戻った。

それが今は百五十六万円。

健司は台所にいる母へ声をかけた。

「母さん。また借金減ってた」

「いくら?」

「五十二万」

「あら。昨日も五十二万じゃなかった?」

「そう」

「じゃあ、二人で百四万?」

「そうなるな」

母は少しだけ考えてから尋ねた。

「みんな五十二万円ずつなの?」

「多分」

「何人いるの?」

「五人」

「あら。それなら、みんな払えばすぐ終わるじゃない」

健司は思わず笑った。

母に説明すると、自分が難しく考えていたことが妙に簡単になる。

「全員払えばね」

「払わない人いるの?」

「いるかもしれない」

「どうして?」

「払いたくないんじゃない?」

母は不思議そうに首を傾げた。

「でも、自分のお金なんでしょう?」

「そうなんだよな」

「変なの」

「変だな」

それで話は終わった。

健司は岩崎へメッセージを送る。

――また52万円減ってた。誰か払ってくれた?

すぐには返事が来なかったので、そのまま畑へ出た。

今日は晴れ。

雨が上がってから一日経ち、畑の土もかなり乾いている。

昨日、配信で紹介した直売所の通販は予想以上の反響だった。朝から職員に電話で「トマト多め! キュウリ! ナス!」と急かされている。

米まで要求されたが、さすがに米は一晩で増えない。

畑の端ではゴンが伏せ、その背中にモチが乗っている。

「お前ら、今日は働けよ」

ゴンは顔だけ上げると、すぐにまた伏せた。

モチだけが元気よく鳴く。

ピィ。

「返事だけか」

健司は笑って収穫を始めた。

トマト、キュウリ、ナス。

いっぱいになったコンテナを二つまとめて持ち上げる。

以前なら一箱ずつ運んでいた重さだ。

「岩崎さんの身体強化か」

もう「農業で鍛えたから」とは思わない。

元々、同年代の男より体力はあった。それでも今の身体の軽さは明らかに違う。

《身体強化Ⅰ》。

農作業にはかなり便利な技能だった。

だからこそ、岩崎本人が《身体強化Ⅲ》から《身体強化Ⅱ》へ落ちたことが少し引っかかる。

「返せたらいいんだけどな」

本鑑定を受ければ、何か方法が分かるかもしれない。

ただ、本鑑定には何万円もかかる。

「まず借金だな」

完済してから考えればいい。

そう決めて収穫を続けていると、ポケットのスマートフォンが鳴った。

岩崎からの返信だった。

――治癒役の水野です。本人から今朝連絡がありました。52万円直接払ったそうです。

「水野さんか」

続けて、残っているのは上原、榊、久我の三人だと書かれていた。

久我。

魔法使い。

昨日、岩崎が「自分はまだ何も失っていない」と最後まで支払いを嫌がっていたと言っていた人物だ。

「まあ、あと三人」

一週間待つという約束まで、あと五日。

健司はそれ以上考えるのをやめ、収穫を終えて直売所へ向かった。

◇

軽トラックが直売所へ入った途端、いつもの職員が台車を引いて走ってきた。

「来た!」

「何だよ」

「早く持ってこい!」

「急かすなよ」

「注文入ってんだよ!」

健司は荷台からコンテナを下ろした。

職員が一箱持つ横で、健司は二箱まとめて抱える。

「お前、本当に力強くなってない?」

「スキルだった」

「昨日も言ってたな。農家にもスキルあるのか?」

「探索者の」

「ああ、そっちか」

倉庫の中では、他の農家たちもいつもより忙しそうに動いていた。

「うちの米売れてるぞ!」

「味噌もだ!」

「健司、今度うちの枝豆も配信に映せ!」

四方から声が飛んでくる。

「俺、通販番組じゃないんだけど」

「同じようなもんだろ」

「違うよ」

周囲から笑いが起きた。

直売所の通販ページを確認すると、健司のトマトはすでに在庫なし。

キュウリは残りわずか。

地元米には注文集中の表示がつき、手作り味噌まで売り切れている。

「味噌、俺映してないぞ」

「入口がお前なんだよ!」

「そういうもの?」

「そういうもの!」

健司にはよく分からない。

ただ、地域の人たちが喜んでいるなら悪いことではなかった。

今日も配信するなら直売所のことを言ってくれと頼まれたが、健司は少し渋る。

「それは露骨だろ」

「配信者が今さら何言ってんだ」

「俺、配信者が本業じゃない」

「探索者?」

「農家」

「じゃあ野菜売れ」

健司は言葉に詰まった。

「……それ言われると弱いな」

◇

昼は家へ戻った。

母が用意していたのは、ざるそばだった。薬味は畑で採れたネギと大根おろし。

モチはそばを欲しそうに見ていたが、食べさせていいのか分からない。

代わりに母からブルーベリーを一粒もらって、すぐに満足していた。

昼食を終えた健司は、午後からギルドへ向かう。

受付にいた白花しずくは、健司を見るなり周囲を探した。

「モチは?」

「家」

「……」

「毎回その顔やめろ」

しずくはすぐ受付嬢の顔へ戻る。

「今日はダンジョンですか?」

「露骨に切り替えたな」

「業務です」

健司は第二階層を少し奥まで見てみるつもりだと伝えた。

しずくは端末を確認し、最近その辺りで《鎧蜥蜴》の目撃情報があると教えてくれる。

体長は二メートル弱。四足歩行で、背中と頭を覆う鱗は非常に硬い。腹と脚の付け根は比較的柔らかいものの、Eランク上位相当。

力はオークほどではないが、防御力が高く、突進と太い尾による攻撃が危険らしい。

説明を聞き終える前に、健司は答えた。

「じゃあ会っても戦わない」

「即決ですね」

「初見で硬いやつ嫌だよ」

「正しいです」

逃げ道を確保した場所から見るだけにする。

健司はドローンを借り、配信を開始した。

【借金残り156万円】Eランクおじさん、第二階層を少し奥へ

視聴者数はすぐに千人を超え、さらに二千へ伸びていく。

《156万!?》

《昨日208万だったよな》

《また52万》

「また一人払ってくれた」

《勝ったな》

「何に?」

《借金》

「まだあるぞ」

第一階層はすでに慣れた道だった。

《気配察知Ⅰ》でゴブリン二体の反応を拾ったが、今日は奥を見るのが目的なので迂回する。

戦闘数を稼ぐ必要はない。

第二階層へ下りると、空気が少し冷たくなった。

壁に設置された魔力灯も、ところどころ途切れている。

「今日は知らない魔物いたら戻る」

《戦おう》

「嫌だ」

《即答》

「初見は見るだけ。四十六だから怪我治るの遅い」

《リアル》

牙犬一体も避ける。

途中で見つけた魔力苔だけを採取しながら先へ進んだ。

少し奥で大きな気配を一つ捉えたが、姿を現したのはオークだった。

「今日はいいや」

《倒せるのに》

「怪我したら損だからな」

健司は別ルートへ回った。

さらに奥へ進む。

やがて前方に、低く長い影が見えた。

灰色の板のような鱗。

太い尾。

三角形の頭。

体長は一メートル八十ほど。

「多分、鎧蜥蜴」

気づかれない距離を保ったまま観察する。

歩く速度は遅い。

脚は太く、身体は地面すれすれまで低い。

背中へ剣を振り下ろしても、あの鱗では弾かれそうだった。

腹は柔らかいらしいが、狙うにはかなり低い姿勢まで潜り込む必要がある。

尾も太い。

「やめとく」

《えー》

《戦わないの》

「今日は見るだけって言っただろ」

《配信者としては戦ってほしい》

「怪我したら治療費払ってくれる?」

《応援投げる》

「足りる?」

《たぶん》

「多分じゃ駄目」

健司は鎧蜥蜴との距離を広げ、別の通路へ移った。

途中、未知の魔晶らしきものも見つけたが、知らない物には触らない。

ドローンで映像だけ記録しておく。

そろそろ帰ろうと考え始めたところで、《気配察知Ⅰ》が複数の人間と一体の魔物を捉えた。

少し遅れて金属音と叫び声が聞こえる。

角を曲がると、若い探索者三人がオーク一体と戦っていた。

盾役、槍、魔法使い。

連携は悪くない。

オークの方が押されている。

「大丈夫そうだな」

健司は手を出さずに様子を見る。

そのまま戻ろうとした瞬間だった。

右奥から、小さく速い反応が一つ近づいてくる。

「右!」

健司が声を張る。

若い魔法使いの背後から、牙犬が飛び出した。

三人ともオークへ意識を集中させていて気づいていない。

健司は《身体強化Ⅰ》で一気に踏み込み、魔法使いと牙犬の間へ入った。

剣を斜めに走らせる。

刃が牙犬の肩へ深く入った。

牙犬が地面へ転がり、すぐ起き上がろうとする。

そこへもう一撃。

今度は動かなくなった。

「後ろいたよ」

「ありがとうございます!」

その間に、若者たちもオークを仕留めていた。

健司は三人を見回す。

「怪我ない?」

「大丈夫です」

青い顔をした魔法使いが、自分の背後を見ながら呟いた。

「今の、全然気づかなかった……」

「オーク見てたからね。次から気をつければいいよ」

コメント欄が一気に流れる。

《また助けてる》

《森おじさん保護者》

「たまたまだよ」

三人とも健司の配信を知っていたらしい。

帰る方向も同じだったため、一緒に戻ることになった。

「俺についてくるより、自分たちで道覚えた方がいいよ。迷ったら言って」

先頭は若者たちに任せ、健司は少し後ろを歩く。

途中、三人の一人が尋ねた。

「森さん、鎧蜥蜴見ました?」

「見たよ」

「戦いました?」

「逃げた」

三人が揃って振り返った。

「森さんでも?」

「初見だから」

「でもオーク倒せますよね?」

「オークと鎧蜥蜴は違うだろ」

三人は少し考え、納得したように頷いた。

「知らない相手と無理に戦わない方がいいよ。逃げられるうちに逃げる」

昔、Dランク探索者だった頃、健司はいろいろな探索者を見てきた。

強い探索者が死ぬこともあった。

逆に、それほど強くなくても長く無事に帰り続ける探索者もいた。

戦えることと、生き残れることは別だ。

◇

ギルドへ戻ると、しずくが三人を見て首を傾げた。

「あれ?」

健司は普通に答える。

「拾った」

「人を拾わないでください」

牙犬のことを説明すると、しずくはため息をついた。

「またですか」

「またって?」

「この前も若い探索者を助けたでしょう。森おじさん、もう初心者側じゃないですよ」

「Eだよ」

「そのEの中でも経験ある側です」

昔の経験。

剣術や身体強化の技能だけではない。

逃げる判断、道の見方、魔物との距離。

そういうものも、十年以上経ってまだ健司の中に残っていた。

今日の査定は五万二千三百円。

配信の応援金は二万四千六百十円だった。

「今日、悪くないな」

「鎧蜥蜴と戦わなくてもこれですからね」

「戦わなくて正解」

しずくはそのまま、若手向けの講習をやってみないかと言い出した。

健司は即座に断る。

「人に教えるほど強くない」

「強さじゃなくて、逃げ方です」

「『危なかったら帰れ』で五分で終わるぞ」

「でも大事です」

健司には、わざわざ講師をするほどのことには思えなかった。

◇

家へ帰ると、いつものようにゴンとモチが迎えた。

母は畑で小さな籠にピーマンを採っている。

「俺やるよ」

「もう終わるよ」

夕飯は豚の生姜焼きだった。

健司がご飯を二杯食べると、母が少し驚いた顔をする。

「最近よく食べるね」

「動くから」

「太らない?」

「多分」

「お腹出たら配信で言われるよ」

健司は箸を止める。

「母さんまで配信気にするようになったな」

食後の羊羹は、なぜかいつもより薄かった。

健司は皿の上を見てから母を見る。

「薄くない?」

「最近食べすぎ」

「一切れだぞ」

「毎日でしょう」

「……はい」

負けた。

健司は薄い羊羹を食べ、茶を飲みながら金融会社のページを開いた。

そこで、また指が止まる。

保証債務残高 1,040,000円

「……また?」

百五十六万円から、さらに五十二万円減っている。

「百四万」

母がテレビを見ながら尋ねる。

「何が?」

「借金」

「あら、また減った?」

「うん」

その直後、スマートフォンが鳴った。

上原からだった。

『健司』

「おう」

『残高、見たか』

「今見た」

短い沈黙。

『……俺が払った』

「五十二万?」

『ああ』

「ありがとう」

『礼言うなよ』

健司は少し笑った。

「岩崎さんにも言われた」

上原は、岩崎からすべて聞いたことを健司が知っているのか確認した。

「聞いたよ。みんなでやったんだって?」

『……ああ』

「最初から?」

『ああ』

健司は少し間を置いた。

「俺の畑売ればいいって話も?」

電話の向こうが黙った。

『……聞いたのか』

「お前もそう思ってた?」

長い沈黙が続く。

やがて、上原が答えた。

『思ってた』

胸の奥が少し痛んだ。

長い付き合いだった。

上原は健司の畑も家も、母のことも知っている。

それでも、最悪の場合は畑を売ればいいと思っていた。

「そっか」

『健司。悪かった』

上原が、初めてはっきり謝った。

健司はすぐに「いいよ」とは言わなかった。

まだ、そういう気分にはなれない。

「あと百四万」

『分かってる』

「二人?」

『榊と久我。榊は払うって言ってる』

「じゃあ、あと一人か」

『……久我が、まだ』

一週間の約束まで、あと五日。

「じゃあ待つよ」

『健司』

「約束したから。五日。それまでに払って」

『……ああ』

「俺、十万円ならいつでも払えるから」

『分かってる』

「脅してるわけじゃないよ。借金返すだけだから」

しばらくして、上原が低い声で言った。

『……それが一番怖いんだよ』

健司は首を傾げた。

「何が?」

『いや。何でもない』

そこで通話は終わった。

母が羊羹を食べながら尋ねる。

「上原さん払ったの?」

「うん」

「よかったじゃない。あと二人?」

「一人は払うって」

「じゃあ一人だけ?」

「多分」

母はいつもの調子で言った。

「その人も払えば終わりだね」

健司も頷いた。

「そうだね」

◇

通話を終えると、健司は金融会社の画面を閉じた。

何度残高を見ても、数字が勝手に減るわけではない。

まだ夕方の仕事も残っている。

鶏へ餌をやり、水を替える。

畑を一周し、昨日の雨で少し傾いた支柱を一本直した。

出荷できないトマトは家用の籠へ入れる。

するとモチが籠へ近づいてきた。

「これは家用だけど、お前のじゃないぞ」

ピィ。

「……一個だけな」

健司はトマトを少し切ってやった。

モチが喜んでつつく。

それを見ていたゴンまでゆっくり近づいてきた。

「お前も来るの?」

ゴンにもほんの少し。

二匹が食べる様子を眺めながら、健司はふと思った。

借金が三百万円あったときより、今の方がずっと周囲は騒がしい。

配信、ギルド、上原たち、《肩代わり》で移ってきた技能。

それでも家へ戻れば、やること自体は昔とあまり変わらない。

「あと百四万か」

数字を口にすると、最初の三百万円が妙に遠く感じた。

縁側にいた母が聞く。

「もうそんなに減ったの?」

「うん」

「健司、頑張ったねえ」

健司は少し考える。

「俺が返したの、三十万だけだけど」

「でもダンジョン行ったでしょう?」

「行った」

「なら頑張ったんじゃない?」

簡単だった。

母にそう言われると、本当にそうなのかもしれないと思えてくる。

健司は笑った。

「じゃあ、頑張ったことにする」

母も笑った。

その日の夕飯には、雨で少し割れたトマトを使った卵炒めが並んだ。

借金残高がどう動くのか。

誰が払うのか。

そこは健司には決められない。

だから、自分で決められることだけをやる。

畑。

ダンジョン。

そして、約束した一週間を待つ。

◇

同じ頃。

A級パーティーの斥候、榊は、自分のスマートフォンに表示された五十二万円の支払い確認画面を見ていた。

迷いはなかった。

すでに《気配察知》を一段失っている。

二度目だけは絶対に嫌だった。

榊はそのまま支払いを確定する。

《支払いを受け付けました》

「終わり」

短く息を吐く。

これで残るのは一人。

久我玲奈。

魔法使い。

少し離れたところで腕を組んでいた久我が、榊を見た。

「払ったの?」

「ああ」

「馬鹿みたい。五十二万よ?」

「俺の気配察知より安い」

「また自分から取られるって決まってないじゃない」

榊は久我をまっすぐ見る。

「お前以外、全員払ったぞ」

久我の眉が動く。

「だから?」

「残ってるの、お前だけになる」

その表情が一瞬止まった。

「森さんが次に十万円返したら、誰から取ると思う?」

久我は無理に笑う。

「そんな単純な仕組みだって証拠ある?」

「ない」

「でしょ」

「でも、試す?」

久我は答えなかった。

《火炎魔法Ⅲ》。

久我の火力、収入、そしてA級探索者としての価値。

その中心にある技能だった。

五十二万円は払える。

それでも払いたくない。

そもそも最初から、その五十二万円を森健司へ押しつけるつもりだったからだ。

「あと五日」

榊が言う。

「森さんは待つって」

「五日もあるんでしょ」

「ある」

「なら考える」

「好きにしろ」

榊が部屋を出ていく。

久我は一人残り、支払い画面を見つめた。

520,000円

払えない金額ではない。

けれど、指はまだ動かなかった。

久我はそのまま画面を閉じた。

◇

その頃、健司はすでに布団へ入っていた。

枕元に置いたスマートフォンへ手を伸ばしかける。

残高をもう一度見ようとして、やめた。

「朝でいいか」

一日に何度確認しても、誰かが払わなければ数字は変わらない。

隣の部屋から、母がテレビを消す音が聞こえる。

廊下ではゴンの爪がゆっくり床を鳴らし、その近くからモチの小さな声も聞こえた。

健司は目を閉じる。

借金はまだ残っている。

それでも、三百万円だった頃よりずっと出口は近い。

「あと少しだな」

誰に聞かせるでもなく呟いた。

明日になれば、また畑へ出る。

返済が進んでも、進まなくても、野菜は待ってくれない。

数字がどう動くかは相手次第だ。

自分にできることだけをやればいい。

約束した一週間は待つ。

急いでも仕方がない。

それが健司なりの筋だった。

朝になったら、また残高を見る。

それまでは休む。

今夜は、それで十分だった。

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― 新着の感想 ―
誰も返すの60万であるべきと考えないとこがやっぱ性根からクズだな
スキル吸われた組は10万金融屋じゃ無くて主人公に返したらスキル戻るかもと考えないのかなぁ
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