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借金の保証人になった優しい田舎のおじさんのダンジョン配信  作者: 月瀬 リュカ


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15/21

第15話 一週間は待つ

岩崎と話した翌日。雨は上がっていた。森健司は、まだ水気の残る畑の端にしゃがみ込んでいた。土を指でつまむ。湿っている。柔らかい。

「今日は入らない方がいいな」

長靴の裏には泥。無理に機械を入れれば、土を踏み固める。晴れたからといって、すぐ作業できるわけではない。健司は立ち上がり、畑を見回した。雲の切れ目。少し青空。昨日の雨で葉についた水滴が光っている。ゴンは畑の外。日当たりのいいところに伏せていた。その背中。白い丸。モチ。

「お前ら、朝から気持ちよさそうだな」

ピィ。ゴンは顔すら上げない。

「俺だけ仕事してるみたいじゃないか」

返事なし。健司は笑った。今日は大きな農作業はできない。やることはある。畑の確認。排水。倒れた支柱。雨で傷んだ葉。収穫できる野菜。一つずつ。最近。こういう作業を配信してほしいと言われることが増えた。最初は意味が分からなかった。ダンジョン配信。魔物。剣。危険。そういうものを見るから配信なのだと思っていた。ところが実際は。ゴンが歩くだけ。モチがトマトをつつくだけ。母が塩むすびを作るだけ。健司が畑で草を抜くだけ。そんな映像にも人が集まる。

「今日もやってみるか」

家へ戻る。借りているドローン。しずくに確認したところ、ダンジョン外でも使っていいらしい。ただし破損させれば当然修理代。そこだけ何度も言われた。

「畑で壊れるかな」

ドローンを持って玄関へ。母。

「今日も撮るの?」

「少し」

「畑?」

「うん」

「私、映らない?」

「映りたくない?」

「髪直してないから」

健司は母を見る。

「いつもと同じだぞ」

「そういう問題じゃないよ」

「分かったよ」

母は家へ戻る。その前に。

「お昼、おにぎりでいい?」

「いいよ」

「塩で?」

「うん」

「二個?」

「三個」

母が振り返った。

「三個食べるの?」

「最近腹減る」

「身体動かしてるからねえ」

《身体強化Ⅰ》。

関係あるのかもしれない。消費量が増えているのか。単純にダンジョンへ行くようになって食欲が戻ったのか。分からない。

「三個お願い」

「はいはい」

ドローン。起動。配信タイトル。

【雨上がり】畑を見回るだけ

開始。数字。百。三百。七百。健司が畑へ着く前に千を超える。

「早いな」

コメント。

《おはよう森おじさん》

《畑だ》

《ゴンいる?》

《モチは?》

《今日はダンジョンなし?》

「今日は畑」

《借金返済配信どこいった》

「畑も金になるぞ」

《現実的》

《残りいくら?》

健司。少し迷う。借金残高。二百八万円。岩崎の五十二万円。その経緯。全部話す必要はない。

「今、二百八万」

コメントが一気に増えた。

《え?》

《昨日260万じゃなかった?》

《52万減ってる》

《森おじさん払った?》

「俺じゃないよ」

《相手?》

「そう」

《めっちゃ減ってるじゃん》

《やっと本気出した?》

《完済見えてきた》

「見えてきたかな」

まだ。二百八万円。大金。でも。三百万円だった。最初の催促状を見たとき。減るところなど想像できなかった。今は。九十二万円減っている。

「一週間待つって約束したから」

《何を?》

「向こうが残り払うか」

《一週間?》

《払わなかったら?》

健司。

「俺が返す」

コメント。

《それでいい》

《保証人だもんな》

《いや本来相手が払え》

《森おじさん優しすぎる》

「優しいっていうか」

健司は畑へ入りながら言う。

「払わないと困るの俺だからな」

それだけ。信用。生活。将来。放っておけない。

「向こうが返してくれるなら待つ。でもずっとは待てない」

《正論》

《期限決めたの偉い》

《前ならずっと待ってそう》

健司。

「そんなことないだろ」

《ありそう》

《ありそう》

《ありそう》

「なんでだよ」

畑。まず排水。昨日詰まりかけた場所。土。葉。枝。長靴。しゃがむ。

「ここ」

ドローン。近づく。

「昨日、水が流れにくかったから」

手で泥を除く。溝。水。ゆっくり。

《農業配信始まった》

《こういうの見る機会ない》

《地味だけど好き》

《森おじさん腰平気?》

「平気」

以前より。明らかに平気。昔なら。しゃがむ。立つ。運ぶ。積む。一日終われば腰。膝。肩。重い。今。かなり違う。四十六歳。それでも身体が軽い。岩崎の《身体強化》。健司は一瞬だけ手を止める。昨日。本人が来た。自分たち全員で騙した。畑を売れば何とかなると思っていた。その言葉。まだ残っている。怒っている。本当に。でも。畑に立つと少し落ち着く。

「……よし」

排水。終了。次。トマト。雨の後。割れ。傷み。確認。モチ。飛んでくる。一つの支柱。止まる。

「食うなよ」

ピィ。

《モチきた》

《本編》

《トマト泥棒》

「まだ盗ってない」

モチ。トマトを見る。首を傾げる。

「見るな」

ピィ。一歩。近づく。

「駄目」

止まる。

《言うこと聞いた》

《賢い》

《かわいい》

健司。収穫。少し割れたもの。出荷には向かない。

「これは家用」

籠。モチ。見る。

「これはいいぞ」

小さく切る。掌。モチがつつく。

《甘やかした》

《結局あげる》

《モチ勝利》

「売れないやつだから」

ゴン。遠く。顔を上げる。

「お前も欲しい?」

ゆっくり。来る。

《ゴンまで》

《農園カフェ》

「犬にトマトやる時は量気をつけないとな」

小さく。完熟した赤い部分。ゴン。食べる。

《ゴン食べた》

《かわいい》

健司。

「俺の分なくなったな」

《自分で育ててるだろw》

「そうだった」

作業。一時間。視聴者。二千を超えていた。健司。数字を見る。

「ダンジョンより多くない?」

《気のせい》

《畑が本編》

《戦闘はおまけ》

「剣買った意味ある?」

《郷田さん泣くぞ》

《昨日手入れしただろ》

「そうだった」

昨日。郷田の店。配信。そして。岩崎。そこは話さない。ただ。配信後。少し変化があった。直売所。通販。健司の野菜。注文増加。今日も直売所から連絡。追加で出せるものはないか。

「そういえば」

配信。

「昨日、直売所の人に言われたんだけど」

《何?》

「配信見て野菜買った人いるらしい」

コメント。一気。

《買った》

《俺かも》

《リンクどこ》

《直売所通販あるの?》

「あるけど」

健司。少し困る。

「ここで出していいのかな」

《出して》

《買いたい》

《モチが食べてたトマト欲しい》

「同じ畑ではある」

《それでいい》

《ゴン印》

「勝手に印つけるな」

リンク。出す。直売所の通販。健司個人ではない。地域の農家。野菜。米。加工品。

「俺のだけじゃないからな。他の人のも買ってくれ」

《了解》

《森おじさん商売うまくなった》

「俺に全部入るわけじゃないぞ」

《地域貢献》

「そっちの方がいい」

本当に。近所。高齢の農家。売り先。少しでも増えるなら。悪くない。ドローン。畑。空。雨上がり。映像。健司は作業。雑草。支柱。収穫。途中。

《後ろ》

コメント。

「何?」

振り返る。母。遠く。こちらへ歩いてくる。手。籠。

「母さん」

「あんた、お昼」

「もうそんな時間?」

「十二時過ぎてるよ」

《お母さんきた》

《塩むすび》

《本編の本編》

母。ドローンに気づく。一瞬。髪。触る。

「映ってる?」

「多分」

「言ってよ」

「今来たの母さんだろ」

「そうだけど」

コメント。

《かわいいw》

《髪気にしてる》

《お母さんこんにちは》

健司。

「みんな挨拶してる」

母。ドローンへ軽く頭。

「こんにちは」

コメント。加速。

《こんにちは!》

《お母さん!》

《いつも塩むすびありがとうございます》

《森おじさんをよろしく》

母。

「何て?」

「塩むすびありがとうって」

「あら」

籠。包み。三個。麦茶。漬物。

「三個作ったよ」

「ありがとう」

母。ゴンを見る。

「ゴン、帰る?」

ゴン。動かない。

「帰らないって」

「そう」

モチ。母の肩。移る。

「モチは?」

ピィ。

「帰る?」

モチ。そのまま。

「帰るって」

健司。

「本当か?」

母。

「そう言ってるよ」

「分かるの?」

「何となく」

母。モチ。家へ。ゴン。残る。

「ゴンだけ俺か」

ゴン。伏せる。

《消去法》

《ゴン眠いだけ》

「お前らひどいな」

昼。畑の端。塩むすび。三個。一つ目。

《きた》

《本編》

「ただの昼飯だって」

海苔なし。塩。米。具なし。

「うまい」

《中身なし?》

「塩だけ」

《潔い》

《お母さんの塩むすび食べたい》

「俺のだぞ」

二つ。三つ。全部。食べた。自分でも少し驚く。

「本当に三個食えたな」

《身体使ってるから》

《健康》

《四個いける》

「増やすな」

食後。麦茶。休憩。スマートフォン。通知。直売所。電話。

「あれ」

配信中。出るか迷う。相手。いつもの職員。

「ちょっと電話」

音声。切る。

『健司ちゃん』

「はい」

『何した?』

「何が?」

『注文入ってんだけど』

「え?」

『急に』

健司。配信を見る。視聴者。二千三百。リンク。

「……配信で通販の話した」

電話の向こう。沈黙。

『先に言え!』

「駄目だった?」

『駄目じゃないけど在庫が!』

「そんな?」

『トマトと米と味噌が動いてる』

「味噌、俺関係ないだろ」

『一緒に買ってんだよ!』

「よかったじゃん」

『発送するこっちが大変なんだよ!』

「頑張って」

『お前も持ってこい!』

「何を?」

『出せる野菜!』

「今日?」

『今日!』

「畑ぬかるんでる」

『出せる分でいい!』

「分かった」

電話終了。配信音声。戻す。

《何だった?》

「直売所」

《怒られた?》

「注文増えたって」

コメント。

《草》

《買った》

《私も》

《地域経済動かしてて草》

「お前らか」

《森おじさん効果》

《ゴンのトマト》

「ゴンは作ってない」

午後。急遽。収穫。畑に入れる場所だけ。トマト。キュウリ。ナス。少量。泥を落とす。箱。軽トラック。ゴン。助手席ではない。荷台は危ない。家で留守番。モチも母と家。配信。一旦終了。応援。27,860円

「畑でこんなに……」

ダンジョン。危険。魔物。剣。今日は。草。トマト。塩むすび。それで二万七千円。

「世の中分からんな」

直売所。箱。運ぶ。以前なら。一箱ずつ。今。二つ。いや。三つ。

「健司ちゃん」

「何?」

「また力強くなってない?」

「スキルだった」

「は?」

「気にしないで」

「気になるわ!」

運ぶ。棚。注文。伝票。普段より忙しい。別の農家。

「健司、お前何したんだ」

「配信」

「うちの米も売れてるぞ」

「よかったじゃん」

「何喋った?」

「他の人のも買ってって」

「それだけ?」

「それだけ」

「もっと言え」

「何を?」

「米うまいって」

「食ったことある?」

「あるだろ!」

「じゃあ今度」

笑い。少し騒がしい。地域。直売所。普段は静か。今日は。発送箱。人。電話。注文。健司は少し嬉しかった。自分の借金。そのために始めた配信。それが。関係ない人の米。味噌。野菜。売る。こういうのなら。続けてもいい。午後三時。ギルド。しずく。健司が入る。

「森おじさん!」

「おう」

「何したんです?」

「今日そればっか聞かれるな」

「SNSで流れてますよ」

「何が?」

しずく。画面。切り抜き。健司。畑。母。塩むすび。タイトル。

『借金三百万のおじさん、視聴者に地元野菜を売りつける』

健司。

「売りつけてないぞ」

「コメント欄もそう言ってます」

「じゃあタイトル変えろよ」

「切り抜きってそういうものです」

再生数。五万。

「もう?」

「伸びてます」

「ダンジョンじゃないじゃん」

「森おじさん」

「何」

「たぶん今、配信者として一番強いのダンジョンじゃないです」

「農業?」

「ゴンとモチとお母さん」

健司。

「俺は?」

しずく。少し考える。

「必要です」

「間があったぞ」

「司会」

「司会なの?」

「飼育員?」

「俺の家だぞ」

しずく笑う。健司は受付へ。

「今日は潜らない」

「珍しい」

「午前中畑、午後直売所。疲れた」

《身体強化Ⅰ》。

肉体的にはまだ余裕。ただ。今日はもういい。

「ドローン返しに来た」

「はい」

しずく。受け取る。

「借金は?」

「二百八万のまま」

「追加なしですか」

「うん」

「あと何日?」

「六日」

しずくの表情。少し真面目。

「本当に一週間で返すんです?」

「向こうが払わなかったらな」

「十万円?」

「うん」

「……誰かからまたスキル来る可能性ありますよ」

「あるな」

「怖くないです?」

健司。考える。

「怖いっていうより」

「はい」

「嫌だな」

「やっぱり?」

「誰の何か分からんし」

「そうですよね」

「でも」

金融会社。残高。二百八万円。

「払えるのに払わないってのも違うだろ」

しずく。

「森おじさん、今いくらくらい余裕あるんです?」

「全部は言わんぞ」

「聞きません」

「十万なら問題ない」

最近。農業。ダンジョン。配信。直売所。収入。少しずつ。増えている。もちろん。農業経費。装備。生活。税金。残す。それでも。最初より明らかに余裕がある。

「一週間待つって岩崎さんに言った」

「なら一週間ですね」

「うん」

しずく。

「それまでは普通に?」

「普通に」

「明日は?」

「畑次第」

「ダンジョンは?」

「畑次第」

「全部畑基準ですね」

「本業だから」

夕方。家。ゴン。門。モチ。屋根の下から飛んでくる。肩。

「ただいま」

ピィ。母。台所。

「野菜売れた?」

「売れた」

「よかったね」

「母さんの塩むすびも人気だった」

「あら」

「食べたいって」

母。少し困る。

「送る?」

「送らない」

「そう?」

「食中毒怖いから」

「じゃあ仕方ないね」

現実的。夕飯。今日。肉じゃが。味噌汁。トマト。少し割れた家用。

「これモチが食べてたやつ?」

母。

「同じ畑」

「そう」

母は普通に食べる。健司。スマートフォン。通販。売り切れ。いくつか。驚く。

「本当に売れてる」

「よかったねえ」

「俺のトマトも売り切れ」

「じゃあ明日いっぱい採らないと」

「畑乾けばな」

「晴れるって」

「なら朝から忙しいな」

借金。配信。ギフト。A級探索者。考えること。いっぱい。でも。結局。晴れれば。収穫。それが先。食後。羊羹。一切れ。茶。スマートフォン。金融会社。2,080,000円変化なし。

「今日はないか」

岩崎からも連絡なし。上原からも。一週間。残り六日。健司は画面を閉じる。ゴン。寝る。モチ。ゴンの背。母。テレビ。天気予報。明日。晴れ。

「よし」

明日は収穫。それでいい。

――同じ頃。

A級パーティー。治癒役の女。一人。自宅。スマートフォン。金融会社の支払いページ。数字。520,000円指。止まる。五十二万円。安くない。今月。装備修理。家賃。生活費。それでも。払える。岩崎。払った。上原。まだ。榊。まだ。魔法使い。拒否。

「……馬鹿みたい」

呟く。自分たち。A級。一回の遠征。もっと稼ぐこともある。なのに。五十二万円が惜しくて。三百万円を。田舎の農家へ押しつけた。その結果。上原。剣術低下。岩崎。身体強化低下。榊。気配察知低下。自分。まだ。何もない。だから。待てばいい。森が十万円払っても。自分から取られるとは限らない。そう思える。でも。もし。治癒。自分の武器。A級パーティーで。一番大事な能力。

《治癒術Ⅲ》。

一段落ちたら。五十二万円どころではない。女は画面を見る。森健司の配信。切り抜き。塩むすび。畑。白い鳥。老犬。笑うコメント。

「……何してるのよ」

能力。奪っている男。そう聞けば。もっと。欲深い。危険な。何かを想像する。実際。画面の中。

「ゴン、トマト食う?」

そんなことを言っている。自分たちが。騙した男。女は目を閉じる。岩崎の言葉。

『一週間後、まだ借金が残ってたら、森さんはまた十万円払う』

六日。

「……五十二万」

指。振込。確認画面。まだ。押せない。五十二万円。大きい。だが。治癒術。もっと大きい。罪悪感。それも。少し。ある。だが。正直に言えば。恐怖の方が大きかった。

「……もう」

指。押す。支払いを受け付けました。女は椅子へ背中を預けた。五十二万円。消えた。でも。少しだけ。胸が軽くなった。

――健司はまだ知らない。

眠る前。金融会社の残高が。もう一度。動いていた。1,560,000円残り。百五十六万円。一週間を待つ必要は。少しずつ。なくなり始めていた。


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