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借金の保証人になった優しい田舎のおじさんのダンジョン配信  作者: 月瀬 リュカ


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13/19

第13話 向こうが十万円返した

金融会社の画面を開いた森健司は、しばらく数字を見つめていた。保証債務残高 2,600,000円

「……減ってるな」

昨日までは二百七十万円だった。自分は払っていない。だから、減るはずがない。それなのに十万円。きっちり減っている。

「上原、本当に払ったのか」

健司は少し驚いた。電話では、

――次の返済までに、お前らが払ってくれ。

そう言った。上原は最後に、

『分かった』

と答えた。正直なところ、健司は半分くらいしか信じていなかった。今まで電話に出なかった。催促状が届いても連絡してこなかった。急に連絡してきた理由も、自分たちの能力が失われていると気づいたからだ。そんな相手が一晩で本当に払うとは思っていなかった。

「十万円だけだけどな」

残り。二百六十万円。三百万円から始まって、四十万円減った。うち三十万円は健司。今日の十万円は上原側。

「まあ、返してくれたならいいか」

スマートフォンを閉じる。それで終わるつもりだった。だが。一つ気になる。健司は右手を握った。開く。剣。身体。気配。昨日までと変わらない。胸の奥が温かくなる感覚もなかった。最初の十万円。あった。二回目。あった。三回目。あった。今日はない。

「……やっぱり俺が払わないと駄目なのか?」

縁側。ゴンが伏せている。背中にはモチ。健司は二匹を見る。

「向こうが払ったら何も起きなかったぞ」

ピィ。

「お前、分かってる?」

モチが飛ぶ。健司の膝。

「分かってないな」

指を出す。モチが軽くつつく。庭。鶏。亀。朝のいつもの景色。昨日、簡易鑑定で自分のスキルを確認した。

《剣術Ⅰ》

《身体強化Ⅰ》

《気配察知Ⅰ》

返済三回。スキル三つ。そして今日は上原側が十万円返済。何も起きない。

「偶然じゃなさそうだな」

健司もようやく、かなり真剣に考え始めていた。

《肩代わり》。

名前。他人が本来払うべきものを、自分が代わりに払う。そのときだけ。何かが動く。

「じゃあ、向こうが返してれば普通の借金ってことか」

それなら一番いい。健司は強くならない。上原たちも弱くならない。借金だけが減る。本来そうあるべきだ。

「だったら、このまま払ってもらえばいいな」

簡単だった。上原たちが残り二百六十万円を払う。終了。畑仕事へ向かう。今日はトウモロコシの状態を見る。実の入り。虫。葉。最近は《気配察知Ⅰ》のせいなのか、害虫を見つけるのが早い。それも便利ではある。ただ。

「これ、なくなったら困るかな」

スキル。自分のものとして定着している。上原たちが借金を返したからといって返却される様子はない。少し気にはなる。だが。今さら自分から剣術や身体強化を剥がす方法も分からない。

「まあ、いいか」

いつもの言葉。畑へ。母もいた。しゃがんで草を抜いている。

「母さん」

「なんだい?」

「十万円減ってた」

「何が?」

「借金」

母は少し考えた。

「ああ、三百万の」

「そう」

「健司が返したのかい?」

「上原」

「あら」

母の顔が少し明るくなる。

「じゃあよかったじゃない」

「うん」

「あといくら?」

「二百六十万」

「あら、まだいっぱいあるねえ」

「いっぱいある」

二人で笑った。母はまた草を抜き始める。

「でも自分で返す気になったんだねえ」

「そうみたい」

「じゃあ健司、ダンジョン行かなくてもいいんじゃない?」

健司の手が止まった。

「……あ」

考えていなかった。そもそも。ダンジョンへ戻った理由。三百万円。農業だけでは返済に時間がかかる。だから十年以上ぶりに探索者へ戻った。上原たちが全部払うなら。健司がダンジョンへ行く必要はない。

「そうだな」

「危ないところ行かなくていいよ」

母は何気なく言った。健司も少し考える。ダンジョン。剣。配信。しずく。素材。視聴者。そして。

「……でもな」

「何?」

「結構楽しいんだよ」

母が健司を見る。

「ダンジョンが?」

「ダンジョンも」

昔は仕事として潜っていた。若かった。金も欲しかった。でも今は少し違う。危険なことはしたくない。強い魔物と無理に戦いたいわけでもない。それでも。昔歩いた場所をもう一度歩く。魔石。素材。採取。身体を動かす。配信で知らない人と話す。家へ帰ればゴンとモチがいる。悪くない。

「借金なくなっても、たまには行くかもしれん」

母は笑った。

「なら気をつけてね」

「うん」

それだけ。農作業。二時間。最近は以前より作業が早い。身体強化。今まで二回運んでいた肥料。一度。コンテナ。両手。疲れにくい。健司は気づいている。もう「調子がいい」では説明しない。

《身体強化Ⅰ》。

本当にある。だから使える。

「便利だな」

素直にそう思った。問題は。これが元々誰のものだったのか。そこだけ。少し胸に引っかかる。昼前。軽トラック。今日は直売所へ。配信はしない。毎日する必要はない。野菜を納品。いつもの職員。

「健司ちゃん」

「おう」

「今日はカメラないのか」

「ないよ」

「孫が残念がるぞ」

「毎日畑見てもしょうがないだろ」

「そうでもないらしいぞ」

「変わってるなあ」

「お前の配信、うちの野菜も映るだろ」

「たまに」

「売上増えたぞ」

健司が止まった。

「本当?」

「配信見たって若い人が買いに来た」

「ここまで?」

「いや、通販」

直売所には小規模ながら通販ページがある。健司の畑で採れた野菜が映ったことで、注文が少し増えたらしい。

「俺の野菜って分かるの?」

「紹介ページに生産者名出てるからな」

「へえ」

自分の知らないところ。配信。農業。繋がっている。

「なら配信した方がいいのかな」

「してくれ」

「店長に聞いた?」

「許可取った」

「本当に?」

「今度ここでやれ」

「仕事増えたな」

職員が笑う。

「売れたらお前にも入るだろ」

「それならやる」

三百万は人を変える。やはり金は大事だった。直売所を出る。ギルド。自動ドア。しずく。

「森おじさん!」

「おう」

「モチは?」

「今日は家」

「……」

「その顔やめろ」

「いえ」

「俺だけじゃ駄目?」

「そんなこと言ってません」

しずくの態度は正直だった。健司は受付へ探索者証を出す。

「借金、減った」

しずくの手が止まる。

「返したんですか?」

「俺じゃない」

「え?」

「上原」

しずくの目が大きくなる。

「本当に?」

「十万だけ」

「残り二百六十万?」

「そう」

「じゃあ約束守ったんですね」

「今のところな」

健司は声を少し落とす。

「それでさ」

「はい」

「何も起きなかった」

しずくはすぐ意味を理解した。

「スキル?」

「うん」

「胸が温かくなる感じも?」

「なし」

「能力が変わった感じは?」

「なし」

しずくが考える。

「じゃあ」

「俺が払ったときだけかもしれない」

昨日の簡易鑑定。返済。スキル。今日。上原側が返済。変化なし。

「かなり条件絞れましたね」

「だよな」

「《肩代わり》ですから」

しずくは受付用紙の裏へ簡単に書く。本来の債務者が払う → 発動しない?森健司が保証債務として払う → 発動?

「分かりやすい」

「たぶんこうですよね」

「なら上原たちが全部返せば問題ない」

「そうなりますね」

しずくも少し安心したようだった。

「よかったじゃないですか」

「うん」

「これ以上、人の能力取らなくて済みますし」

「そこ気になってたからな」

「森おじさんらしいですね」

「普通だろ」

しずくが何か言いかける。やめた。たぶん「普通じゃない」と言いたかったのだろう。

「今日は潜ります?」

「来たからな」

「第二階層?」

「うん」

「配信は?」

少し考える。

「する」

「借金残高は?」

「書いていいかな」

上原。配信を見ている。だが残高はどうせ確認できる。返済予定だけ言わなければいい。

「二百六十万は書いていいと思います」

「じゃあ」

タイトル。

【借金残り260万円】今日は普通に素材集め

しずくが見る。

「普通って必要です?」

「最近普通じゃないこと多かったから」

「確かに」

配信。開始。すぐ。三百。六百。千。

《減ってる!》

《260万になった》

《森おじさん返した?》

「今日は俺じゃない」

コメントが一気に流れる。

《え》

《借金押しつけた人?》

《相手が払ったの?》

《やっと?》

健司は少し迷った。

「十万円だけだけど、向こうが払った」

《よかったじゃん》

《これが普通なんだよ》

《全部払ってもらえ》

「俺もそう思ってる」

詳しい能力の話はしない。簡易鑑定。

《肩代わり》。

それを配信で全部明かす気にはならなかった。しずくの言う通り。手の内を全部見せなくてもいい。第一階層。ゴブリン。姿を見る前に分かる。

「一体」

《もう索敵普通になってる》

「スキルらしい」

言ってから健司は止まった。

《え?》

《今スキルって言った?》

《鑑定した?》

「……言っちゃった」

コメント爆発。

《やっぱり!》

《気配察知?》

《鑑定結果見せて》

「見せないよ」

《ケチ》

「三千円払ったからな」

《そこw》

「自腹だぞ」

ゴブリン。一撃。素材。進む。コメントはしばらく鑑定の話。

「全部は言わない」

《なんで》

「いろいろあるんだよ」

《森おじさんが秘密持った》

《成長した》

「何だと思われてたんだ」

第二階層。牙犬。一体。避けられる。戦わない。魔力苔。採取。今日は本当に普通の素材集め。しばらく進む。そこで。気配。一つ。大きい。健司が止まる。

「前、いるな」

《何?》

「ちょっと大きい」

近づかない。待つ。向こうから音。重い足。オーク。

「今日はいいや」

引き返す。

《戦わないの?》

「素材集めって言っただろ」

《倒せるのに》

「怪我したら損だからな」

《借金脳》

「大事だぞ」

別ルート。採取。牙犬一体。倒す。休憩。塩むすび。コメント。

《本編》

「また言ってる」

《今日は何個?》

「二個」

《お母さん元気?》

「元気。朝から草取ってた」

《モチは?》

「ゴンと留守番」

《帰宅配信希望》

「今日はしない」

《残念》

麦茶。一息。健司自身。今日は少し気分が軽い。上原が返した。十万円だけ。それでも。約束を守った。なら。残りも。そう期待できる。

「このまま終わればいいな」

《借金?》

「うん」

《260万あるぞ》

「上原たちが返すって言ってるから」

《信じて大丈夫?》

コメント。健司は少し止まった。以前なら。迷わず。大丈夫。そう言ったかもしれない。今日は。

「分からん」

と答えた。自分でも変わったと思う。

「でも一回払ったからな」

《様子見だね》

「そうする」

配信。帰還。査定。68,900円応援。19,420円健司は明細を見る。

「今日も悪くないな」

しずく。

「これなら借金なくなっても続けられそうですね」

「母さんにも言われた」

「何て?」

「借金なくなったらダンジョン行かなくてもいいんじゃないって」

「やめるんですか?」

しずくの声。少し残念そう。

「たまには来るよ」

「たまに?」

「畑あるからな」

「配信は?」

「するんじゃない?」

「よかった」

「そんな楽しみ?」

しずくは少し考える。

「森おじさんの配信、ギルドの宣伝にもなってるんですよ」

「仕事か」

「それだけじゃないですけど」

「モチ?」

「……それもあります」

正直。ドローン返却。帰宅。門。ゴン。そして。白い影。モチ。肩へ。

「ただいま」

ピィ。母。

「おかえり」

「ただいま」

鶏。餌。畑。夕方の水。ゴンの散歩。モチはいつもの背中。一日。何も大きな事件なし。それでいい。夜。夕食。食後。羊羹。スマートフォン。借金。2,600,000円変わっていない。上原側から追加返済はなし。

「まあ、一日で全部は無理か」

三百万。A級探索者。健司からすると、彼らならもっと早く払える気もする。ただ装備。遠征。パーティー運営。金がかかるのだろう。昔から探索者は稼ぐが出費も大きい。

「待つって言ったしな」

三日。一週間。少し待つ。その頃。都市部。上原たちは円卓を囲んでいた。五人。上原。盾役。斥候役。魔法使い。治癒役。A級パーティー。全員。事情を知っている。机。スマートフォン。ローン残高。2,600,000円盾役が言った。

「何も起きてない」

上原が頷く。

「十万返したあと、誰も変化なし」

斥候役。

「俺の気配察知もそれ以上落ちてない」

魔法使いの女が腕を組む。

「つまり」

全員。分かっている。

「森本人が返さない限り発動しない」

上原が言った。治癒役が息を吐く。

「なら全部払えば終わりじゃない」

簡単。二百六十万円。A級探索者五人。一人あたり五十二万円。払えない金額ではない。普通なら。盾役が苛立ったように言う。

「払えばいいだろ。俺は出す」

斥候役も。

「俺も出す」

上原は黙る。魔法使い。

「待って」

「何だよ」

「今払ったら、こっちが損するだけじゃない」

盾役の表情が変わる。

「は?」

「元々、そのために森を保証人にしたんでしょう」

部屋。静か。最初から。事故ではない。計画だった。遠征費。装備費。借金。A級パーティー全員。返済を保証人へ回す。その前提で。森健司に判を押させた。盾役。

「状況変わっただろ!」

「三十万円分、能力を取られただけでしょ」

「だけ?」

男が立ち上がる。

「俺の身体強化、一段落ちてんだぞ!」

「私にはまだ何も起きてない」

空気。一気に悪くなる。斥候役も低い声。

「だから言えるんだろ」

魔法使いが目を細めた。

「だったら、次に森が返す前に方法を探せばいい」

「何の?」

「《肩代わり》を止める方法」

上原は顔を上げる。

「そんな方法あるのか」

「ギフトなら、条件がある」

「森本人の返済だ」

「それ以外にも」

魔法使いは言った。

「契約そのものを変えるとか」

上原。

「どうやって」

「保証人から外す」

盾役。

「それなら借金俺たちに戻るだろ」

「だから」

女が笑う。

「別の保証人を探す」

沈黙。斥候役の顔が歪む。

「お前……」

「何?」

「まだ誰かに押しつける気かよ」

「二百六十万よ」

「そういう問題じゃねえ」

パーティー。初めて。亀裂。上原は黙っていた。森健司。昔。何を頼んでも笑って、

『しょうがないな』

と言う男。だから選んだ。保証人。断らない。そう思った。実際。断らなかった。そして今。自分たちが。少しずつ。その代償を払っている。上原はスマートフォンを見る。森の配信。今日のタイトル。

【借金残り260万円】今日は普通に素材集め

コメント。たくさん。映像。塩むすび。魔力苔。牙犬。田舎のおじさん。本人は。何も奪おうとしていない。ただ。借金を返そうとしている。上原が低く言った。

「……残りは俺たちで払う」

魔法使いが見る。

「上原?」

「もういい」

「二百六十万よ」

「分かってる」

「何のために森を保証人にしたの?」

上原の顔が少し歪む。

「俺があいつに頼んだからだよ」

「今さら善人ぶるの?」

「違う」

上原は立ち上がった。

「次、俺たちの誰かがまた何か失ったら」

全員を見る。

「二百六十万じゃ済まない」

剣術。身体強化。気配察知。A級探索者の力。金額に換算できるものではない。

「一人五十二万」

上原。

「出せ」

魔法使い。動かない。

「嫌」

「お前」

「私はまだ何も取られてない」

盾役。

「ふざけんな!」

「ならあなたが多く払えば?」

椅子。音。空気。険悪。上原は額を押さえた。今まで。強い。稼げる。同じ目的。それだけでまとまっていたパーティー。三百万円。たったそれだけの金を押しつけたことで。少しずつ。壊れ始めていた。一方。何も知らない健司。縁側。ゴン。モチ。羊羹。茶。母。

「健司」

「なに?」

「明日、雨らしいよ」

「本当?」

「天気予報で言ってた」

「じゃあ水やりしなくていいな」

借金。二百六十万円。A級パーティーの争い。そんなものより。明日の雨。健司にとって。今はそちらの方が少しだけ大事だった。


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