第18話 誰もアプリをインストールしていないのである!
世界は、ダメだった。
ジョニーは、来なかった。
私は日本に戻ってきた。
だが、まだ手はある。
SNSである。
世界がダメでも、SNSならタダで宣伝ができる。
バズれば、一夜にして、何万人にも届く。
不労所得の次は、不労宣伝である。
私はアカウントを作った。そして、毎日ツイートした。
アカウントのプロフィール欄には作成したアプリのリンクも貼っている。
それとは別に固定ツイートにもアプリの宣伝を入れていた。
——反応は、なかった。
いいね、0。リツイート、0。
フォロワーは、5人。うち、3人は業者だった。
私はSNSという荒野に、一人で立っていた。
だが、ある日。
私は出勤中、何気なく、つぶやいた。
アプリとは関係のないことだった。ただの愚痴である。
「個人開発を4ヶ月やった結果。
売上、7万円。
経費、30万円。
利益、マイナス23万円。
ユーザーに課金してもらう仕組みを作っていたはずが、AppleとAI AgentとMacローンに私が課金する献上システムが爆誕した。」
そして、仕事終わりにSNSを見た。
スマホの通知の数が大変なことになっていた。
いいね。いいね。いいね。リツイート。リツイート。
私は画面を見た。
——1万。
1万、いいね。
バズっていた。私のツイートが。万バズ、である。
私は飛び起きた。
来た。ついに、来た。1万、いいね。
個人開発が流行った現在、共感する人が多かったのだろうか。
こんなバズりは初めてである。
リプ欄には、見知らぬ人たちが集まっていた。
「売上7万円あるの普通にすごいです」
「マイナス23万円はまだ軽傷」
「Apple Developer Programは年貢」
「AI Agent代は米です。食費です」
「Macローンは個人開発者の住民税」
「私は売上0円、経費42万円です。対戦よろしくお願いします」
「黒字化まであと23万円ですね!」
「違います。経験を買ったんです」
「Macは資産なので実質無料」
「その献上システム、僕も導入済みです」
「個人開発者はみんなApple神社に賽銭してる」
「売上がある時点で上位1%」
「赤字を出してからが本番」
「奥さんに見せられない収支」
「わかる。ユーザーより先に自分がサブスクされる」
「不労所得を作ろうとして、労働負債ができるやつ」
「そのアプリ、何ですか?」
私は最後のリプで止まった。
来た。
ついに来た。
アプリに興味を持った人間である。
私は震える指で返信した。
アプリ名。
App Storeのリンク。
簡単な説明。
送信。
返信は、なかった。
いいねも、なかった。
私は計算を始めた。
1万人がいいねを押した。仮に、その100人に1人がダウンロードしても。
——100。
100ダウンロードである。
いや、待て。いいねはしなくても、見た人はもっといる。リツイートで広がって、数万人。その1パーセントでも、数百。
いや、待て。いいねを押さなかった人ほど、こっそりダウンロードするかもしれない。シャイな客である。口には出さないが、そっと入れる。日本人は、シャイである。
つまり、本命は、いいねの外にいる。数百。いや、数千。
数千ダウンロードが、今日、来る。
私のアプリは、今日、爆発する。
私は確信した。
天下を取る日が、来た。
いや、もう取ったと言っていい。
桶狭間である。
連戦連敗だった我が軍は、ついに日本を手中に収めた。
ジャンルランキング1位の時は、まだ王を名乗るのは早いと思っていた。
だが、今は違う。
1万いいねである。
民意である。
私はもう、王である。
残るは世界である。
次の日、私はいそいそと、App Store Connectを開いた。そして、ダウンロード数を見た。
……。
変わっていなかった。
昨日と同じく2件だった。
数万人が見て、ダウンロードは増えていなかった。
なるほど。集計はその次の日なのだろう。
私が焦りすぎなのだ。
私は次の日の夜、更新した。
1件だった。むしろ普段より下がってる。
私は、自分のバズったツイートを見返した。
そこには、アプリのことは、一言も書いてなかった。
ただ、私の赤字があった。
「お金を払って、働いている」
「マイナス23万円」
みんなは、それにいいねを押した。
「わかる」「がんばれ」「私もです」
そう言って、私の赤字を消費して、去っていった。
ほとんど誰も、アプリの名前を聞かなかった。
たった一人だけ、聞いた。
そして、その一人はリンクを見た瞬間、沈黙した。
拡散されたのは、私のアプリではなかった。私の赤字が拡散された。私の、お金を払って働く姿が拡散された。
つまり。拡散されたのは、アプリではなく、私だった。
私は有名になった。一夜にして、数万人に知られた。
「お金を払って、appleに献上する人」として。
知名度は上がった。ダウンロードは、上がらなかった。
私はスマホを置いた。
冷めたコーヒーを飲んだ。
おかしい。
何かが、おかしい。
一万人が、いいねを押した。
リプ欄には、人がいた。
人が。
たくさんいた。
プロフィール欄には、リンクがある。
固定ツイートにも、リンクがある。
なのに。
ダウンロードは、増えていない。
私はAI Agentに聞いた。
「万バズした場合、普通どれくらいアプリはインストールされますか」
AI Agentは答えた。
「一般的に、SNS投稿からアプリインストールまでのコンバージョン率は、投稿内容、導線、ユーザーの温度感によって大きく変わります。目安として1%程度と言われることもあります」
1%。
私は画面を見た。
1%ということは。
1万人なら、100人。
数万人なら、数百人。
もう、来ているはずである。
本来、投稿を見てから、プロフィールに飛び、リンクを押し、App Storeに到着するまで、数十秒で済む。
SNSの導線は、大変優秀である。
アプリは、すぐそこにある。
なのに。
まだ来ない。
私はApp Store Connectを更新した。
2件。
昨日と同じだった。
私はもう一度、更新した。
2件。
私は震えた。
おかしい。
これは。
何かが、おかしい。
みんな、赤字を見ていた。
献上システムを笑っていた。
Macローンを住民税と呼んでいた。
Apple神社に賽銭していた。
だが、アプリは見ていなかった。
私は画面の前で願った。
早く。
インストールしてくれ。
誰か。
誰か。
誰か。
だが、誰も動かなかった。
とても恐ろしい集団心理である。
人はいる。
大量にいる。
リンクもある。
App Storeも開ける。
だが。
誰も。
アプリをインストールしないのである!




