第19話 広告黙示録カイハツ
SNSは、ダメだった。
ジョニーも、来なかった。
タダで広める。
それは、もう無理だとわかった。
ならば。
——金だ。
金を賭ければいい。
なぜ、私はタダにこだわっていたのか。
金を出せば、人は来る。
世界のルールである。
私は調べた。
Apple Search Ads。
Apple純正の広告である。
App Storeで検索したとき、結果の一番上に、自分のアプリを出せる。
レビュー1万件。
評価4.8。
長年、検索結果の頂点に君臨してきた王。
その、さらに上に。
私のアプリが出る。
金さえ積めば。
昨日まで検索順位の彼方で遭難していた私が。
レビュー1万件のアプリの上にですら、立てるのだ。
奴隷が王を討つ。まるでEカードである。
私は震えた。
これは広告ではない。
下剋上である。
実力ではない。
歴史でもない。
レビュー数でもない。
金である。
金は……。
ユーザーより、重い……!
私は、賭けに出ることにした。
ククク…狂気の沙汰ほど面白い…!
広告とは、つまり、賭けである。
誰かが検索する。
私のアプリが表示される。
誰かがタップする。
その瞬間、金が落ちる。
まだ買われていない。
まだインストールもされていない。
ただ、タップされただけである。
だが、金は落ちる。
恐ろしい仕組みである。
私はよくわからないまま、それっぽい数字を張った。
——200円……!
1タップ、200円。
張った。
強気で、張った。
私のアプリは有料である。
価格は、500円。
1タップ200円で、500円の商品を売る。
一見、勝てそうである。
タップされれば、アプリページに来る。
ページに来れば、説明を読む。
説明を読めば、価値が伝わる。
価値が伝われば、買う。
買えば、勝つ。
理屈は、完璧だった。
三段跳びである。
だが私は、一段目にだけ金を払っていた。
そして、勝負は始まった。
翌日。
私は管理画面を見た。
表示。
増加……!
タップ。
増加……!
ダウンロード。
少し、増加……!
来ている。
人が来ている。
金を張ったら、人が来た。
グラフは右肩上がり。
数字は伸びている。
勝った。
勝った。
完全に、勝った。
私は、ついに宣伝というものを理解した。
金を入れる。
人が来る。
買う。
簡単である。
資本主義とは、つまり、こういうことである。
私は王の気分だった。
あのレビュー1万件の王の上に、私は立った。
ほんの数日。
ほんの数日ではある。
だが、立った。
金で。
私はApp Storeの頂点に、課金で登っていた。
数日後。
私は広告費の画面を見た。
そこには、こうあった。
——58000円……!
私は固まった。
58000円。
広告費、58000円。
見間違いかと思った。
更新した。
58000円。
減らない。
いや、増えている。
タップされるたびに、金が焼かれていた。
200円。
200円。
200円。
画面の向こうで、見知らぬ指が動くたびに。
私の財布から、200円が落ちていく。
ちゃりん。
ちゃりん。
ちゃりん。
いや、ちゃりんではない。
ごっそりである。
私は急いで売上を見た。
有料アプリ。
少し、売れていた。
少しである。
確かに、売れてはいた。
だが、少しだった。
私は計算した。
広告費。
58000円。
アプリ価格。
500円。
Appleの手数料を引いた私の取り分。
約400円。
そして、売れた本数。
20本。
差し引き。
——マイナス、約5万円……!
圧倒的……。
赤字……ッ!
私は画面を見つめた。
1タップ、200円。
アプリ価格、500円。
一見、勝てそうだった。
だが、違った。
500円で売れても、500円がそのまま私のものになるわけではない。
そして、そもそも。
タップした人が、買うとは限らない。
人は、タップする。
見る。
戻る。
終わり。
その一連の動作に、私は200円を払っていた。
見学料である。
しかも、払うのは客ではない。
私である。
私は、客に金を払って、店の前まで来てもらっていた。
そして客は、店の前で首をかしげ、帰っていった。
「また今度」とも言わない。
「検討します」とも言わない。
ただ、戻る。
静かに。
親指ひとつで。
私は悟った。
私は勝っていなかった。
数字を買っていただけだった。
表示数。
タップ数。
ダウンロード数。
それらは増えた。
だが、利益は増えていなかった。
むしろ、数字が増えるほど、金は減っていた。
右肩上がりだったのは、成長ではない。
出血だった。
私は人を集めていたのではない。
自分の財布に穴を開け、その穴から人を招き入れていた。
入ってくるのは、人。
出ていくのは、金。
そして、人は、買わない。
とても美しい負け方だった。
私は、さらに恐ろしいことに気づいた。
この賭場の胴元は。
——Appleだった。
Appleの店で売る。
Appleに手数料を払う。
Appleの広告に金を積む。
タップされれば、Appleに金が入る。
売れれば、Appleに金が入る。
売れなくても、Appleに金が入る。
客が買っても、買わなくても。
私が勝っても、負けても。
Appleには金が入る。
胴元は、絶対に負けない。
私は広告を止めた。
止めた瞬間、世界は静かになった。
表示は止まった。
タップも止まった。
ダウンロードも止まった。
血は止まった。
だが、私の手元には、5万円分の穴が空いていた。
私はその穴を見つめた。
数日間だけ、グラフは美しく伸びていた。
あの伸びは、希望ではなかった。
私が燃えた跡だった。
私が賭けた分だけ。
私が失った分だけ。
数字は伸びた。
そして、広告を止めた瞬間。
しぼんだ。
私は画面を見つめた。
58000円。
消えた。
タップ数。
増えた。
ダウンロード数。
少し増えた。
売上。
少し。
利益。
ない。
これは事業ではない。
儀式である。
Appleへの献上である。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
部屋が傾く。
床が遠い。
机が波打つ。
数字だけが、画面の中で光っていた。
タップ数。
ダウンロード数。
広告費。
赤字。
私は、ようやく理解した。
タップは買える。
ダウンロードも、少しは買える。
だが。
利益は、買えない。
私はその日、ひとつ賢くなった。
# 第19話 広告黙示録カイハツ
SNSは、ダメだった。
ジョニーも、来なかった。
タダで広める。
それは、もう無理だとわかった。
ならば。
——金だ。
金を賭ければいい。
なぜ、私はタダにこだわっていたのか。
金を出せば、人は来る。
世界のルールである。
私は調べた。
Apple Search Ads。
Apple純正の広告である。
App Storeで検索したとき、結果の一番上に、自分のアプリを出せる。
レビュー1万件。
評価4.8。
長年、検索結果の頂点に君臨してきた王。
その、さらに上に。
私のアプリが出る。
金さえ積めば。
昨日まで検索順位の彼方で遭難していた私が。
レビュー1万件のアプリの上にですら、立てるのだ。
奴隷が王を討つ。まるでEカードである。
私は震えた。
これは広告ではない。
下剋上である。
実力ではない。
歴史でもない。
レビュー数でもない。
金である。
金は……。
ユーザーより、重い……!
私は、賭けに出ることにした。
ククク…狂気の沙汰ほど面白い…!
広告とは、つまり、賭けである。
誰かが検索する。
私のアプリが表示される。
誰かがタップする。
その瞬間、金が落ちる。
まだ買われていない。
まだインストールもされていない。
ただ、タップされただけである。
だが、金は落ちる。
恐ろしい仕組みである。
私はよくわからないまま、それっぽい数字を張った。
——200円……!
1タップ、200円。
張った。
強気で、張った。
私のアプリは有料である。
価格は、500円。
1タップ200円で、500円の商品を売る。
一見、勝てそうである。
タップされれば、アプリページに来る。
ページに来れば、説明を読む。
説明を読めば、価値が伝わる。
価値が伝われば、買う。
買えば、勝つ。
理屈は、完璧だった。
三段跳びである。
だが私は、一段目にだけ金を払っていた。
そして、勝負は始まった。
翌日。
私は管理画面を見た。
表示。
増加……!
タップ。
増加……!
ダウンロード。
少し、増加……!
来ている。
人が来ている。
金を張ったら、人が来た。
グラフは右肩上がり。
数字は伸びている。
勝った。
勝った。
完全に、勝った。
私は、ついに宣伝というものを理解した。
金を入れる。
人が来る。
買う。
簡単である。
資本主義とは、つまり、こういうことである。
私は王の気分だった。
あのレビュー1万件の王の上に、私は立った。
ほんの数日。
ほんの数日ではある。
だが、立った。
金で。
私はApp Storeの頂点に、課金で登っていた。
数日後。
私は広告費の画面を見た。
そこには、こうあった。
——58000円……!
私は固まった。
58000円。
広告費、58000円。
見間違いかと思った。
更新した。
58000円。
減らない。
いや、増えている。
タップされるたびに、金が焼かれていた。
200円。
200円。
200円。
画面の向こうで、見知らぬ指が動くたびに。
私の財布から、200円が落ちていく。
ちゃりん。
ちゃりん。
ちゃりん。
いや、ちゃりんではない。
ごっそりである。
私は急いで売上を見た。
有料アプリ。
少し、売れていた。
少しである。
確かに、売れてはいた。
だが、少しだった。
私は計算した。
広告費。
58000円。
アプリ価格。
500円。
Appleの手数料を引いた私の取り分。
約400円。
そして、売れた本数。
20本。
差し引き。
——マイナス、約5万円……!
圧倒的……。
赤字……ッ!
私は画面を見つめた。
1タップ、200円。
アプリ価格、500円。
一見、勝てそうだった。
だが、違った。
500円で売れても、500円がそのまま私のものになるわけではない。
そして、そもそも。
タップした人が、買うとは限らない。
人は、タップする。
見る。
戻る。
終わり。
その一連の動作に、私は200円を払っていた。
見学料である。
しかも、払うのは客ではない。
私である。
私は、客に金を払って、店の前まで来てもらっていた。
そして客は、店の前で首をかしげ、帰っていった。
「また今度」とも言わない。
「検討します」とも言わない。
ただ、戻る。
静かに。
親指ひとつで。
私は悟った。
私は勝っていなかった。
数字を買っていただけだった。
表示数。
タップ数。
ダウンロード数。
それらは増えた。
だが、利益は増えていなかった。
むしろ、数字が増えるほど、金は減っていた。
右肩上がりだったのは、成長ではない。
出血だった。
私は人を集めていたのではない。
自分の財布に穴を開け、その穴から人を招き入れていた。
入ってくるのは、人。
出ていくのは、金。
そして、人は、買わない。
とても美しい負け方だった。
私は、さらに恐ろしいことに気づいた。
この賭場の胴元は。
——Appleだった。
Appleの店で売る。
Appleに手数料を払う。
Appleの広告に金を積む。
タップされれば、Appleに金が入る。
売れれば、Appleに金が入る。
売れなくても、Appleに金が入る。
客が買っても、買わなくても。
私が勝っても、負けても。
Appleには金が入る。
胴元は、絶対に負けない。
私は広告を止めた。
止めた瞬間、世界は静かになった。
表示は止まった。
タップも止まった。
ダウンロードも止まった。
血は止まった。
だが、私の手元には、5万円分の穴が空いていた。
私はその穴を見つめた。
数日間だけ、グラフは美しく伸びていた。
あの伸びは、希望ではなかった。
私が燃えた跡だった。
私が賭けた分だけ。
私が失った分だけ。
数字は伸びた。
そして、広告を止めた瞬間。
しぼんだ。
私は画面を見つめた。
58000円。
消えた。
タップ数。
増えた。
ダウンロード数。
少し増えた。
売上。
少し。
利益。
ない。
これは事業ではない。
儀式である。
Appleへの献上である。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
部屋が傾く。
床が遠い。
机が波打つ。
数字だけが、画面の中で光っていた。
タップ数。
ダウンロード数。
広告費。
赤字。
私は、ようやく理解した。
タップは買える。
ダウンロードも、少しは買える。
だが。
利益は、買えない。
私はその日、ひとつ賢くなった。
# 第19話 広告黙示録カイハツ
SNSは、ダメだった。
ジョニーも、来なかった。
タダで広める。
それは、もう無理だとわかった。
ならば。
——金だ。
金を賭ければいい。
なぜ、私はタダにこだわっていたのか。
金を出せば、人は来る。
世界のルールである。
私は調べた。
Apple Search Ads。
Apple純正の広告である。
App Storeで検索したとき、結果の一番上に、自分のアプリを出せる。
レビュー1万件。
評価4.8。
長年、検索結果の頂点に君臨してきた王。
その、さらに上に。
私のアプリが出る。
金さえ積めば。
昨日まで検索順位の彼方で遭難していた私が。
レビュー1万件のアプリの上にですら、立てるのだ。
奴隷が王を討つ。まるでEカードである。
私は震えた。
これは広告ではない。
下剋上である。
実力ではない。
歴史でもない。
レビュー数でもない。
金である。
金は……。
ユーザーより、重い……!
私は、賭けに出ることにした。
ククク…狂気の沙汰ほど面白い…!
広告とは、つまり、賭けである。
誰かが検索する。
私のアプリが表示される。
誰かがタップする。
その瞬間、金が落ちる。
まだ買われていない。
まだインストールもされていない。
ただ、タップされただけである。
だが、金は落ちる。
恐ろしい仕組みである。
私はよくわからないまま、それっぽい数字を張った。
——200円……!
1タップ、200円。
張った。
強気で、張った。
私のアプリは有料である。
価格は、500円。
1タップ200円で、500円の商品を売る。
一見、勝てそうである。
タップされれば、アプリページに来る。
ページに来れば、説明を読む。
説明を読めば、価値が伝わる。
価値が伝われば、買う。
買えば、勝つ。
理屈は、完璧だった。
三段跳びである。
だが私は、一段目にだけ金を払っていた。
そして、勝負は始まった。
翌日。
私は管理画面を見た。
表示。
増加……!
タップ。
増加……!
ダウンロード。
少し、増加……!
来ている。
人が来ている。
金を張ったら、人が来た。
グラフは右肩上がり。
数字は伸びている。
勝った。
勝った。
完全に、勝った。
私は、ついに宣伝というものを理解した。
金を入れる。
人が来る。
買う。
簡単である。
資本主義とは、つまり、こういうことである。
私は王の気分だった。
あのレビュー1万件の王の上に、私は立った。
ほんの数日。
ほんの数日ではある。
だが、立った。
金で。
私はApp Storeの頂点に、課金で登っていた。
数日後。
私は広告費の画面を見た。
そこには、こうあった。
——58000円……!
私は固まった。
58000円。
広告費、58000円。
見間違いかと思った。
更新した。
58000円。
減らない。
いや、増えている。
タップされるたびに、金が焼かれていた。
200円。
200円。
200円。
画面の向こうで、見知らぬ指が動くたびに。
私の財布から、200円が落ちていく。
ちゃりん。
ちゃりん。
ちゃりん。
いや、ちゃりんではない。
ごっそりである。
私は急いで売上を見た。
有料アプリ。
少し、売れていた。
少しである。
確かに、売れてはいた。
だが、少しだった。
私は計算した。
広告費。
58000円。
アプリ価格。
500円。
Appleの手数料を引いた私の取り分。
約400円。
そして、売れた本数。
20本。
差し引き。
——マイナス、約5万円……!
圧倒的……。
赤字……ッ!
私は画面を見つめた。
1タップ、200円。
アプリ価格、500円。
一見、勝てそうだった。
だが、違った。
500円で売れても、500円がそのまま私のものになるわけではない。
そして、そもそも。
タップした人が、買うとは限らない。
人は、タップする。
見る。
戻る。
終わり。
その一連の動作に、私は200円を払っていた。
見学料である。
しかも、払うのは客ではない。
私である。
私は、客に金を払って、店の前まで来てもらっていた。
そして客は、店の前で首をかしげ、帰っていった。
「また今度」とも言わない。
「検討します」とも言わない。
ただ、戻る。
静かに。
親指ひとつで。
私は悟った。
私は勝っていなかった。
数字を買っていただけだった。
表示数。
タップ数。
ダウンロード数。
それらは増えた。
だが、利益は増えていなかった。
むしろ、数字が増えるほど、金は減っていた。
右肩上がりだったのは、成長ではない。
出血だった。
私は人を集めていたのではない。
自分の財布に穴を開け、その穴から人を招き入れていた。
入ってくるのは、人。
出ていくのは、金。
そして、人は、買わない。
とても美しい負け方だった。
私は、さらに恐ろしいことに気づいた。
この賭場の胴元は。
——Appleだった。
Appleの店で売る。
Appleに手数料を払う。
Appleの広告に金を積む。
タップされれば、Appleに金が入る。
売れれば、Appleに金が入る。
売れなくても、Appleに金が入る。
客が買っても、買わなくても。
私が勝っても、負けても。
Appleには金が入る。
胴元は、絶対に負けない。
私は広告を止めた。
止めた瞬間、世界は静かになった。
表示は止まった。
タップも止まった。
ダウンロードも止まった。
血は止まった。
だが、私の手元には、5万円分の穴が空いていた。
私はその穴を見つめた。
数日間だけ、グラフは美しく伸びていた。
あの伸びは、希望ではなかった。
私が燃えた跡だった。
私が賭けた分だけ。
私が失った分だけ。
数字は伸びた。
そして、広告を止めた瞬間。
しぼんだ。
私は画面を見つめた。
58000円。
消えた。
タップ数。
増えた。
ダウンロード数。
少し増えた。
売上。
少し。
利益。
ない。
これは事業ではない。
儀式である。
Appleへの献上である。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
部屋が傾く。
床が遠い。
机が波打つ。
数字だけが、画面の中で光っていた。
タップ数。
ダウンロード数。
広告費。
赤字。
私は、ようやく理解した。
タップは買える。
ダウンロードも、少しは買える。
だが。
利益は、買えない。
私はその日、ひとつ賢くなった。
狂気の沙汰は儲からないと何も面白くなかった。




