第16話 失われた15%を求めて
シュレディンガーの、売上。
私はそれを、諦めていなかった。
毎月、銀行登録に挑んだ。
エラー。エラー。エラー。
その間も、売上は止まらなかった。箱の中で、貯まりに貯まっていった。
そして、ある日。
何かが通った。
何を直したのかは、わからない。だが、通った。
数日後。
私は銀行口座を見た。
——入っていた。
振り込まれていた。
70000円。
私の口座に。本物のお金として。
私は震えた。
箱が開いた。中の猫は、生きていた。
私の売上は、本物だった。
70000円。生涯初の、アプリの売上。
これは、給料ではない。私が作ったものに、世界のどこかの人たちが、お金を払ってくれた。
——最初の一人は、私だったけれど。
それでも。私が生み出した、お金である。
私はその夜、少しいいビールを買った。
100円のハイボールが、200円の発泡酒になった。
スーパーの半額寿司もつけた。
豪遊である。
私は機嫌がよかった。
そして、機嫌がいいと、私は皮算用を始める。得意のやつである。
このペースなら、月2万円は入るだろう。年、24万円。
毎月、2つのペースでアプリを加えていけば、月4万円にも早々に到達するかもしれない。
このままいけば、月2万として1億円に到達するのは。
——400年後である。
400年。
私はたぶん、いない。ひ孫もいない。そのころ、日本語が残っているかもわからない。私のアプリも、とっくに動いていない。iOSの、何代も前の遺物である。
だが、計算上は。400年で、1億。
夢がある。
——ない。夢は、ない。400年は、待てない。
だが、まあいい、と私は思った。
ゆっくりやればいい。少しずつだが、売れている。30%、Appleに持っていかれても、残りは私のものである。
私は満足していた。
そんな、ある日。
私はまた、調べ物をしていた。Appleの手数料のことである。
売上から、3割。世界のルールである。仕方がない。
そう、思っていた。
だが。ある、ページに、こう書いてあった。
「Small Business Program」
また、横文字である。
読んでみた。
そこには、こうあった。
——年間の売上が一定額以下の開発者は。
——登録すれば、手数料が15%になる。
15%。
30%ではなく、15%。半分。
私は固まった。
私はずっと、30%、払っていた。
これまでの総売上は、ざっと10万円。そのうち、3割をAppleに渡していた。30000円。
だが、15%なら、15000円で済んだ。
私は15000円、多く払っていた。15%でよかったのに。
登録は無料だった。数クリックで終わるものだった。
私は、ただ知らなかった。ただ、調べなかった。
いつものやつである。
チームのときも。GitHubのときも。そして、お金のときも。
私は、自分の取り分を、半分、知らずに手放していた。
失われた、15000円。
私が調べなかった、というだけで、消えていた。取り返せない。
過ぎた15%は、もう戻らない。
私は画面を見つめた。
さっきまで、400年後の1億円を夢見ていた男が。いま、15000円の取りこぼしに、打ちのめされていた。
夢は1億で。傷は15000円だった。
失われた15%を、私はただ、見つめていた。




