第13話 起動と共に去りぬ
広告収益は、3円だった。
AI Agentは言った。
ユーザーを増やしましょう、と。
正論である。
だが、私は思った。増やすも何も、いるではないか。
ダウンロードは100に近づいていた。
100人。
100人である。
私のアプリを、100人が入れた。
私はその光景を想像した。
朝。
日本中の100人が目を覚ます。そして、私のアプリを開く。
100人の朝の習慣。
もはや信仰である。
私は教祖だった。100人の信者を持つ、教祖。
朝の祈り。
「今日、この本、持ってたかな」
——そう、思っていた。
ある日。
私はApp Store Connectの奥で、見たことのないグラフを見つけた。
「継続率」
リテンション。
また、横文字である。
入れた人が、その後も使っているか。それを示すグラフ。
私は開いた。
そして、見た。
グラフは崖だった。
いや。崖では生ぬるい。絶壁だった。バンジーだった。スカイダイビングだった。
初日。棒がぐっと立っていた。100人。
その翌日。棒が消えていた。数人。
一週間後。
——ゼロ。
更地である。
私の信者は、一晩で全員、解散していた。
教団は、一日で崩壊した。
私はまず、認めなかった。
何かの間違いである。たぶん、グラフのバグだ。
更新ボタンを押した。
更地のままだった。
私は、別の可能性を考えた。
そうだ。100人は忙しいのだ。たぶん、全員、出張中である。
100人、同時に、出張。
ありえる。
ありえない。
私はようやく、現実を見た。
100人は、私のアプリを入れて、一度開いて、そして二度と開かなかった。
初回起動。それが最初で、それが最後だった。
私は勘違いをしていた。初回起動を、出会いだと思っていた。
「はじめまして」
だが、ユーザーにとって、それは。
「あ、はい、さようなら」
だった。
会釈である。すれ違いざまの、会釈。
100人のユーザーは、私のアプリとすれ違い、会釈して、風のように去っていった。
起動と、共に去りぬ。
私は考えた。
なぜ、戻らないのか。アプリが悪いのか。
いや。本の二度買いは、ちゃんと防げる。
ただ、本屋に行く日がない。人は、毎日は本屋に行かない。
そういえば、私自身、最近、本屋に行ったか。
——行っていない。先月から、行っていない。
つまり、私のアプリを、作った私すら開いていない。
開発者が開いていないアプリを、ユーザーが開くわけがない。
道理である。
だが、私は折れなかった。
戻ってこないなら、呼び戻せばいい。
プッシュ通知である。
毎朝、9時に送る。
「本、二度買いしてませんか?」
——いや。待て。
私は思い出した。
インストール直後のレビュー依頼。うざい、と言われた、あれを。
毎朝、9時に通知。それは、もっとうざい。
★1が、★0.5になる。なれないが、なる気がする。
私は、通知をやめた。
私はグラフを閉じた。
更地の教団。去っていった、100人。
だが、私はつぶやいた。
明日は、明日の風が吹く。
明日には、また誰かが。101人目が私のアプリを起動して、そして、たぶん、また会釈して、去っていく。
それでも、私は待つことにした。
去る者を見送りながら、次のすれ違いを待つ。それが、個人開発者の見送り人生である。
私は今日も、更地のグラフに向かって。
いってらっしゃい、とつぶやいた。




