8線~記憶のプイスト(公園)~ 《香り》
本人のいないところで本人の知らない父の話を——
声に出せば察知される。
今はただ佐藤の目の前の木陰でのたうつ真樹夫だった。
「ホントはもう終わりなんでしょ」
疑問を肯定として問いかける瑠美。
その顔を見つめる佐藤と......真樹夫。
真樹夫の視線と瑠美の間を駆け抜ける黒い男たち。
先ほどの信号は真樹夫を見失ったという報告だった。
「正直に言うさ、あなたに近づいたのは仕事のためさ。しかし今は違う、だから」
それは今の瑠美に通じる言葉ではなかった。
「あ~あ男ってみんな勝手ねぇ——」
真樹夫への遠慮と崎口と縁を切らせたい思いでついて出た言葉に、後戻りを見失う佐藤。
「いいわ信じてあげる。でも——彼とももう切れない」
ズドーンと肩に重く滝の水が落ちてきたような衝撃。
「しかし彼は......」
「あなたたちが私を利用したんでしょ?」
「君はいつから」
狂気に瞳を変える瑠美と、そこに深い宇宙を覗き込むような佐藤。
「私本当は知ってるの、あなたたちが崎口を殺そうとしていることもね」
瑠美の口を止めることは出来なかった。
認めることになるからだ、それだけは絶対、瑠美を——
「そうか崎口にそう吹き込まれたのだな?」
「だとしたら?」
こんな時に悪女を出す瑠美の瞳は、ライトアップに怪しくモーブに光るのだった。
またしても宇宙に吸い込まれるかのような佐藤は、
「いいや、もうこれ以上君に......あなたの心を決める権利なんて俺には」
突然、佐藤の胸元を揺すり、
「あなたなんて言わないで、私を捨てないでっ」
静まり返った公園から夜空へと泣き声は消えていった。
そんな時、瑠美の頭を撫でようとした佐藤の時計が鋭く光った。
(させるか!)
ナイフとして映る光に吸い寄せられ駆け出す真樹夫。
「バカ野郎」
小声に力強く引きずられてゆく真樹夫。
(こんな......ま正面にか?)
今更、真樹夫の隠された能力値に身を粟立てる思いの佐藤だった。
「何も食べてないんだろ?行くか」
「いいけど何て呼ぶの?」
「う~ん今夜の君を見てから決めようかな?」
「ズルいそんなの」
「いやかい?」
「いいよ」
今夜の夜風は瑠美の体を鎮めるほどの冷たさは持ち合わせていないようだった。
会社から離れて車を止める佐藤。
「すまない今日はここでいいか?瑠美」
「いいよ、瑠美ってまた呼んでくれたから」
「そうかこれで当分平気かな?」
開けたドアを閉め、
「あのねぇそういうの逆効果だから余計に依存するからね」
「自分で言うんだ?」
揶揄いながら笑う佐藤に真顔の瑠美。
「あのねぇ」
(またぁ?)
「真樹夫に今のたーくんみたいなとこを感じてたころもあったんだけど、真樹夫の素性を知っている崎口はよく思ってなくて」
「それで真樹夫をフリ続けたと?思ったよりも健気だね」
「もぉー」
「ここにもホルスタインがいた」
「なによー」
「大きな独り言」
「ふんっ」
わざとそっぽを向きドアから出る瑠美。
走り出す車にべーとやりつつ、消え去るまで手を振るのだった。
「さーて帰ったら大変だ?」
独り言を切り上げボイスコマンドで北山を呼んだ。
「はいSEです」
「ああ昨日はありがとなキミ」
「ええ、でもたーくんの危惧した通りだったね?」
「念のためにキミに来てもらってて良かったよ、まさか俺の目を掻い潜れるとは」
「自分で言っちゃうんだ?でもたーくんを凌げるやつなんて俺も」
「またーセンチネルさまさまですよー」
「たーくん、いや......セル」
「なんだ?」
とっさにミラーを確認する佐藤。
「俺は昨日、公園を5週しました。自分で言いますが、この俺がです」
かろうじて赤信号に止まる佐藤。
「本当かそれは?」
信じられなかった。
この世で北山の——
「いやその前にセルの目の前に、動いていたとすればもっと早くに見つけられたはずです」
「ああ、俺は懐を破られた......のか、、、アイツに」
——あの見下していた
やられる——
同じ不安を抱く北山。
「今は家に連れ帰ってます。その代わり俺のことも真樹夫に」
「いや、いずれはと思っていたが、奥さんは平気なのか俺の?」
「は?平気平気。ウチのはたーくんのことは好きだから」
「そ、そうかというかカジュアルに戻ったのね?緊張してたんだが」
眉間のシワを解き、
「悪いが頼むな、帰ったら大変だから」
「わかってまーす、おきをつけて~」
電話を切る佐藤は、
「かっるっ」
と相変わらずな北山に心地よさを感じるのだった。
(しかし、崎口が真樹夫のことを)
車庫へとバックする佐藤。
いや、瑠美のあの時の瞳は——
その日は、北山と真樹夫揃っての不在だった。
電話がひっ切りなしなのも頷けた。
「係長ぉ課長の代わりしていただけますか?瑠美さんもどっか行っちゃうし」
勝気な三澄にとっては苦労より詰め寄る方が楽だった。
「分かった昨日は言い過ぎた。出ればいいんだろ?」
それでも溜息をつく三澄は12を回った針を呆然と見つめるのだった。
最上階にそれはあった。
贅沢なロースターに焙煎されたコーヒーを楽しみつつタバコの煙を燻らせる、フレバ—ラウンジと呼ばれるスペースが。
ラウンジへと続く通路の入口に、
『KEEP OUT』
の札と用心深く黄色のチェーンをかける崎口とそれに続く瑠美。
鍵をかけ、ブラインドを下ろし、完全な孤立スペースを作り上げるのだった。
通路は別としても、ラウンジ内は憩いへのこだわりからカメラを排除していた。
それを悪用するのがこの男だった。
「ブラックでいいですか?」
「なんだ俺にはもう飽きたのか?」
「え!?」
と崎口を見る目が揺れた。
「やはりか?ああブラックをくれ」
カップを置くと同時に瑠美を抱きしめる崎口。
瑠美は抗うことなくその首に頬を寄せた。
沸き立つコーヒーの香りをよそに互いの匂いを確かめ合った。
「これがあの男の匂いか?」
答えない瑠美の肩を掴み突き放す崎口。
「お前が戻って来たのはアイツの頼みだったからだけか?」
重い口を開く瑠美の眼光は彼の奥を見据えた。
「そうです。ですからもう」
「だめだっ、もうあんな思いは俺だってごめんだ」
わずかな揺らぎすら見えない。
「本当なのね?社長には......」
「ああ、今度こそアイツは黙らせてやるさ、会長ももう長くはない」
だからこそ急ぐ佐藤たちがいるのだった。
「でも私もあの人とは切れないかも」
網膜に一瞬の動きがあった。
「ああ俺にもアイツがいる以上文句は言えん、そばにいてくれ」
その言葉に弱いのは百も承知だった。
タバコに火をつける崎口はコーヒーの香りをようやく嗅いだ。
タバコをやめた瑠美も崎口のタバコの匂いだけは好きだった。
今度は自ら胸に顔を埋める。
崎口の含んだ笑みを見ることも叶わず......




