5線~記憶のプイスト(公園)~《セットアップ》
「それでは失礼いたします」
深々と頭を下げる真樹夫たち。
「はぁ、これでまたあんたに差をつけられたわね」
「へへぇ、諦めなさい」
得意げな真樹夫に案外悔しそうでもない瑠美だった。
「ま、今日もアンタのおごりならいいけど」
「まっかせなさい」
「ああ生意気ぃ~、後輩のくせに」
その言葉に立ち止まる真樹夫は振り向き、
「俺はあなたの上司だから」
とジャケットの胸元を持ち上げて見せるのだった。
店内に飛び交う無数の声、
「いらぁっしゃいっ」
粋のいい出迎えに人数を伝える真樹夫。
「生2つとししゃも」
「私はメンチをください」
とりあえずのオーダーを済ませ、真樹夫は店内を見回した。
「相変わらず一杯だねここは?」
「相変わらずなのはアンタでしょ?」
えっ!?と真樹夫は瑠美の顔を腑抜けたように眺めた。
「ししゃもよ、ししゃも?」
呆れ声が増す瑠美の言葉。
「ああ......瑠美さん好きだったと思って」
「好きなのは私じゃないでしょ?」
今度は不機嫌を表すために横を向くのだった。
「ああ、崎口部長の影響でしたね?」
「もうっアンタはデリカシーがない」
「ええ?もう立ち直ったって?」
「煩い、せっかく人が楽しくしているのに......」
「ああ、それって俺といるからですか?」
「それはないっ!」
「なんでだよ~、あっ生2つお代わり」
「アンタはねぇ、社内トップのイケメンなのに、NO1モテナイ男なの今年も」
そんな2人を見ながら眼鏡のズレを直す男がいた。
「おお真樹夫、昨日もお手柄だったな?」
「北山課長に鍛えてもらってますから」
「またぁそんなこと言ってぇ、俺より前山なんだろ?」
「はい、よくおわかりで、全て瑠美さんのおかげです」
「このぉ~」
ははは~と透き通る声で笑い合う2人であった。
「前山、ちょっと頼まれてくれ」
「はい課長何でしょうか?」
席を立ち、北山のデスク前で直立する瑠美。
「わかりました、山崎も連れてっていいですよね?」
内心良く思わないのか、黙って頷く北山だった。
「今日もお前のおごりな」
エレベーターのLを押しながら瑠美が嘯く。
「なんでですか?もう金ないっすよ」
「こんなのアンタからしたら早退みたいなもんでしょ?」
「もぉ安いとこですからね」
にやけ顔で拳を握る瑠美だった。
夕刻でも地平線の見えない都会では空はまだ青かった。
「いらっしゃい、いつも仲いいねお2人さん」
迎える店のおばちゃんの屈託のない声に落ち着く真樹夫たち。
「今持ってくるからね」
余計な一言を言うだけでなく、客の手間を省くのもこのおばちゃんの持ち味だった。
そして何杯か飲み干したところで、
「よう真樹夫じゃないか?」
と壮年の男が声を掛けてきた。
「ああ!?」
「ここいいか?」
「え、ああ......どうしたのこんなところに?」
「いや、たまにはな」
「こちらの綺麗な方は?」
突然のお世辞に顔を赤らめる瑠美。
「俺の先輩なんだからやめてよね?」
「なんだお前、つれないな」
「瑠美さんこの人は俺の叔父です」
「佐藤です。コイツはたーくんと呼ぶんですがね」
「はぁ、初めまして前山です」
「瑠美くんですね?しかしお美しい」
「そんな......」
俯く瑠美は女の顔をした。
当然、面白くないのは真樹夫だった。
まったく相手にされない真樹夫に、出会ってすぐに女の顔を引き出す佐藤。
そんな空気の中、火照る顔を鎮めにトイレに立つ瑠美。
「真樹夫、どうして俺がここに来たか分かっているよな?」
「え!?」
「本当か真樹夫、失望させるな」
驚きともいえる顔で佐藤を凝視する真樹夫。
「その顔だと昨日のメガネの2人連れにも気づいてないようだな?」
「ああ、あれは......カメラだったのか?」
「わざとお前の横に座らせたんだ。それも気づかないとは......」
首を振り溜息をつく佐藤。
「そんなこと言われても」
「死んだ姉さんが築いたトコだからみんな、お前に遠慮してくれていたが、もう抑えきれんぞ」
空のジョッキを見つめ注文することもできない真樹夫。
「しかもあの女と近づき過ぎだ。崎口の名まで出してたそうじゃないか?」
「瑠美さんがなんて俺は聞いてないしっ」
「聞いていない......か、なら今後は距離を置け。最低でも崎口の話題には触れるないいな!俺はお前を始末するようなことにはさせたくはない、分かってくれ」
「瑠美さんをどうすんだよ?」
廊下の角から瑠美が姿を現した。
「お前には関係ない、いいな」
そう言って話を終わらす佐藤だった。
「お帰り瑠美くん、おかわりは?真樹夫も」
「あ、ああレモンサワーを」
「私も」
「瑠美くんは真樹夫の先輩なんだって?いつもありがとうございます」
「いいえ、こちらこそお世話になってまして」
「え?」
「俺の方が一応上司なんだ」
「ふっ偉そうにお前が......立場でいやらしいことしてないだろな?」
「いつもあんなことや......」
「してないだろ!」
乗っかる瑠美に、慌てる真樹夫。
「何かあったらいつでも俺に言ってね、あなたのような方が悲しむ世界なんて許せないから」
「そんな......」
浮いたセリフも直に言われると意外とうっとりとさせられ、顔の火照りを全身へと、そして心を緩く解いていくのだった。
そろそろ他の客もいなくなる時間だった。
「ごちそうさま」
「真樹夫は気をつけて帰れよ、瑠美くんは途中まで送るよ」
「きったねー、仕方ないから......帰るよっ」
不貞腐れる真樹夫。
「今、代行を呼んでいるので瑠美くんの許せるところまで送るよ」
「ありがとうございます。佐藤さんになら別に......」
と、もじもじしたところに派手な色の軽自動車がやって来た。
「後ろに2人いいですか?」
乗り込みながら佐藤が聞く。
「あー本当は1人だけなんですけどね」
ルームミラー越しに不機嫌な運転手の女。
だがすぐに、
「ま、いいっすよ今回は、でアプリの行き先の通りでいいですか?」
「瑠美くん、どの辺りだい?」
「ああ、パーキングの羽が上っちゃうといけないんで出ますね?」
と走り出すのだった。
「でも今日は最高の日になった、君のような女性に巡り会えるなんて、これは夢かな?」
「もう佐藤さんたら、いつもそうなんですか?」
「いやぁ何年、何十年ぶりだろうか?」
俯き笑う瑠美の肩を抱き寄せる佐藤。
自然に頭を委ねる瑠美。
「お客さんたちここでおっぱじめないでよ?なんならホテルに向かいますか?」
と、ミラー越しに品のない女の声。
しかしそんな言葉が瑠美の背中を押したともいえた。
「いいかい?」
優しく囁く佐藤に、しがみつく瑠美だった。




