32話〜残し残されるもの〜《失落》
「乾杯」
共にワインを揺らし傾けた。
「んで、瑠美ちゃんと一緒なんだろ?」
クリームをまとった肉を口に運ぶ真樹夫。
「どうしてそれを!?瑠美ちゃんから……」
紗代子の存在を忘れるような公彦の声。
「スーパーで聞いたぁ」
モグモグしながら答える真樹夫。
さっきの妖艶さは夢だったのかと思い直す紗代子もチーズにフォークを刺した。
「ああ!?それでかぁ?瑠美ちゃんがお前に相談してたのかと」
胸を撫で下ろすような公彦が自分のフォークを探す。
「ん、コレ使え」
自分のフォークを使い回そうと真樹夫が、
「あっごめんなさい。フォークを忘れて」
立ちあがろうとする紗代子。
「平気ですよ。コイツとは子供の頃から」
笑顔で紗代子を見る公彦に、
「そんでいつも女を取り合ってはお前に奪われ」
まだモグモグする真樹夫。
「おい、そんなこと……」
「あるだろ?」
「仲が良いのね」
紗代子がクスッと笑った。
月の周りに青く朧げに光る燐光。
淡い淡い思いを抱き、静かな夜を過ごすものがここにもいた。
音を立てずに部屋を出ていった公彦の帰りを、スマホの待ち受け画面の明かりで待ち続ける瑠美だった。
——心地よく冷ややかな風
窓に隙間を開けると、そこから爽やかさが舞い込んでくるのだった。
「起きろ起きろと囁く緑の風。はいはいもう起きますよぉっと」
ひとり風と話す真樹夫が着替えを済ます。
「朝食は昨日のレストランかぁ!?」
昨夜の料理からして朝食も楽しめそうだといそいそと足を運ぶ真樹夫。
「おはようございます。いらっしゃいませ」
朝に相応しい心地よい声。
当然真樹夫も、
「おはようございます」
爽やかに返すのだった。
「さ〜て、空いてる席は……やっぱ窓際がいいかな?」
何も置かれていない席を見つけそこへ座った。
程なくして運ばれる朝食。
山菜と川魚とキノコの味噌汁。
「メインどころはそんなところかな!?美味そうっ」
飛びつくように箸を持つのだった。
「はあ〜美味しかったぁ。ホントに良い山荘!?ペンション!?ん?まっいっかぁ」
相変わらずな能天気さがウリの真樹夫だった。
「さ〜てと、ひと休みしてロケーションに……」
明るい真樹夫の朝をどんよりと変える顔。
「何だ、あの表情は!?」
「コーヒーのお代わりはいかがですか?」
ホールスタッフの声も届かないほど衝撃を受ける真樹夫の心。
「こっちに座ろうか?」
「ええ、公彦さん」
そう言って席に着くまで公彦の腕に絡みつく瑠美。
その瞳は恍惚としていて、まるで昨夜の2人を思い出しているかのように——
少なくとも真樹夫の目にはそうとしか映らなかった。
(アイツっ、瑠美ちゃんとそんなことしておいて、俺と紗代子の邪魔を)
偶然の邂逅だったとは理解している。
だが、それさえも許せなくさせる瑠美の公彦を見るゆっくりと動く瞳。
瑠美たちと顔を合わせるのをためらう真樹夫は、ホールスタッフの背に隠れレストランを出ていくのだった。
敗北、逃避、そんな灰色の言葉を置き去りに——
背を丸めカウンター前をトボトボと歩く真樹夫を認める紗代子。
黙ってレストランを見る。
昨日の公彦と女性が入っていくのを見ていたからだ。
一瞬、声をかけるのをためらう紗代子が真樹夫へと駆け寄った。
「真樹夫さん」
呼んでも反応しない真樹夫に、
「真樹夫さんっ」
今度は肩を掴み、強引にその歩みを止めさせた。
それでも振り返らず前を向く真樹夫の正面へと移動する紗代子。
両肩を掴み軽く揺さぶった。
「はっ!?」
と、紗代子の合わせる視線に我に返った。
「紗代子……さん」
そう呼ぶ真樹夫の目が、徹夜明けのように赤く黄ばんでいた。
「この後、少し時間もらえますか?」
快活にそう言う紗代子に、昨夜の妖艶さの微塵も感じられなかった。
「はあ……では後ほど」
聞いているのか?理解しているのか?
不審に思うほどボヤけた受け答えをする真樹夫だった。




