31話〜残し残されるもの〜《2人のカタチ》
「ここに置いとけば忘れっぽい俺でも帰ってからすぐに食べられると」
カップ麺をテーブルの真ん中に配置したところで迎えの車が到着するのだった。
「ありがとうございます」
荷物が多いだろうと、時間がかかれど車の移動の方がと和子の気遣いである。
「山崎さん、まだ長いので楽に……寝ていてもらって構いませんからね」
運転手の崎口颯太と名乗る男が真樹夫を気遣う。
「ああ、ありがとうございます。いつも和子さんにはお世話になっていて」
縮こまるように見せる真樹夫に、
「はい、奥様からは良く伺っております。とても良い絵を描かれる方だと」
「いえ、そんなぁ……売れない絵描きですがね」
そう言っては照れ笑いをするのだった。
そして、夜空に冷気が漂うころ——
山荘に到着するのだった。
バタンっ、
トランクを閉め、荷物のキャスターを転がしながら、
「ありがとうございました」
頭を下げる真樹夫に、
「いえ、お疲れ様でした。お帰りの際は奥様までご連絡を。そして……」
と、崎口が言いかけたところに、
「ようこそおいでくださいました」
と出てきたのは、支配人の紗代子だった。
「ではあとはお任せして失礼します」
そう言って崎口は車を走らせた。
「お疲れでしょう。お食事の方は?」
「え!?あるんですか?」
素直に驚く真樹夫の顔を凝視しながら、
「はあ、もうレストランは閉まっていますが、真樹夫さんにと奥様が……」
「それなら喜んでいただきますっ」
そんな真樹夫の現金さに笑いをこぼす紗代子だった。
紗代子自ら料理を温め直した。
誰もいないレストランから、薄らと暗闇に見える木々の隙間。
そこに吸い込まれるように見入る真樹夫の目は、画家としてそれらを捉えていた。
先ほどとは打って変わって険しい真樹夫の目つき。
そんなギャップに惹き込まれる紗代子の視線。
ガラスに映る紗代子に気付き、
「ああ!?すみません。運んでくださったのですね」
夜中には豪勢なそして多い品数。
「とても1人では……紗代子さんもどうですか?」
自然に声をかける真樹夫に、
「では……もう私も上がりなので」
と、こちらも自然にワインを持って戻ってくるのだった。
そして、2人だけの深夜の晩餐会。
広いレストランに静かな、そして和やかな歓談の声が響き渡るのだった。
「真樹夫さんはどんな絵を描かれるのですか?」
紗代子がワインに頬と唇を染める。
「そうですねぇ。風景が多いですが、頼まれれば人物も……」
答える真樹夫のワイン色の微酩の瞳が紗代子を包んだ。
「そう、美人画……ヌードとか!?」
ほぐれた紗代子の心が感情のまま真樹夫を誘った。
真樹夫はワインを飲み干し、微かに赤味の残るグラス越しに、
「赤く火照った体なら、描き終える自信はない……かな?」
と、紗代子の目に溶け込むように囁いた。
口角を上げ微笑む紗代子が頬杖をついた。
斜めに向き、組んだ足をゆらゆらと揺さぶって見せる紗代子。
ふくらはぎの曲線が、催眠術の振り子のように真樹夫を堕としていった。
黒翠の森林を背に赤く溢れる紗代子の吐息。
見つめ合う視線に、暗いダウンライトの明かりさえ疎ましかった。
「真樹夫じゃないか!?」
全てを白紙に戻す男の声。
「公彦……なんで!?」
目を見開く真樹夫と、俯き呼吸を整える紗代子。
邪魔したことを後悔しながら近づく公彦。
黙って真樹夫はイスを引いた。
「ああ、悪かった……なぁ」
2人を見る公彦に、
「相当な!ホントになっ」
と、いつもの真樹夫が帰ってくる。
「ああ、私はグラスをお持ちしますね」
そう言って席を外す紗代子だった。
「なあ、どういう関係なんだ?」
小声で耳に近づく公彦。
「ん?宿泊者と支配人」
不貞腐れ、窓を見つめる真樹夫。
「ふ〜ん、ただの?」
覗き込む公彦。
「もうちょっと深い……かなぁ?」
グラスを持ってくる紗代子は、べーをする真樹夫の顔を遠くから眺めた。
そんな彼女が明るく吹き出すのだった。




