29話〜残し残されるもの〜《ありがとう》
線香をあげ、手を合わせる菫の言葉が理解できない真樹夫。
「拝んだかい?なら次はあちらだよ」
言い終わる前に歩き出す菫の足元が、絡む草を嫌うように跳ね上がった。
山崎家の大きく、そして墓地の中央にある墓石から離れ、端の方へと進んだ。
形も自然な石に近い墓石に、花が添えられていた。
「これは?」
墓石として認められるが、名も刻まれていない石に不思議さを覚える真樹夫。
「これとは何だい?私の姉さんの墓さ」
菫はしゃがみ蝋燭に火を灯した。
「姉さんの上にも!?」
「そうさ私の大好きだった姉。紗代子の墓さ」
知らない肉親のお墓。
その前に、動けず立ち尽くす真樹夫に、
「何してんだい。そんなんじゃ姉さんが安心できないじゃないか」
横目で真樹夫を見据え、菫は言葉を続けた。
「ここにはね、お前の母紗代子と父高根が眠るのさ」
そしてまた目を瞑り手を合わせた。
草を押しつぶす膝の音。
「だからか!?」
永福堂で見た高根という名前。
草を掴む真樹夫の指の爪に土が入り込む。
菫は次の真樹夫の言葉を受け取るために、背中を震わせた。
責めるなら責めればいい。
自分はそれほど真樹夫を追い詰めるようなことを——
「ありがとうな、姉さん」
その言葉に手を合わせたまま、菫は泣くのだった。
「紗代子姉さん、私は……私は!?」
天高く登った陽の光の暖かさも……
2人の涙を乾かすことはできなかった——
◆ ◆ ◆
目覚める真樹夫。
いつになく体が重かった。
「永福堂……」
その名が真樹夫の頭に鮮明な景色として残るのだった。
その日の午後、真樹夫のスマホが鳴った。
「山崎です。こんにちは和子さん」
「こんにちは。長野へはいつ頃行けそうかね?山荘の支配人に伝えるからそこに泊まったらいいと」
「え!?だってあそこはお高そうじゃないですか?」
「所有者相手に高いとは随分ですね真樹夫くん」
笑いを取りにくる和子の声。
「ははは、そうでしたそうでした。え!?良いんですかホントに?」
「何をおっしゃいますか画伯。その分を引いたりはしませんから安心してね」
「ははは、引かれたらマイナスになってしまうよぉ和子さん」
「ま!?私が安く叩くと言いたいのかしら今度は?」
「いえいえ、そこまでわっ」
「もうこの子ったら!?じゃ決まったらお願いね」
「はい、しかしちょっとその前に描きたい絵がどうしても」
「いいわ、あなたの気持ちが入らないと良い絵にならないから気の向くままにね」
「ありがとうございます。また連絡しますので」
電話を切り、真樹夫はキャンバスへと向かい座った。
筆が進まない、大きな岩のある池の絵。
(遠田さんには悪いが、やっぱこの男が描けないや)
それに引き換え新しいキャンバスをイーゼルに据え、構図を確かめるのだった。
「ふう〜できたっと……ん!?まだここをもう少し」
眺めては描き足し、描き足しては眺めを気の済むまで繰り返すのだった。
「あ!?もうこんな時間か……スーパーはもうやっていないと」
この近くに24時間スーパーでもあれば別なのだが、ある訳もなかった。
グゥーとなる腹を摩り戸棚を、寝室のナイトテーブルを漁るのだった。
「はあ〜、こんな時のために何か置いとけよぉ昨日までの俺……」
肩を落とす真樹夫は、
(なにバカ言ってんだぁ!?)
と我に言い聞かせて、
「ダメだ我慢できない」
靴を履き、外へと出かけるのだった。
「コンビニかあ!?弁当が続いたしなぁ……ハンバーグ美味しそうだったなぁ」
ボヤき歩く真樹夫の目に、
「え!?嘘だろ、あったのかこんな……」
と目に飛び込んできたのは!?
『洋食レストラン ロトンヌ』
の文字。




