27話〜残し残されるもの〜《紗代子》
机に崩れ、泣き続ける菫は……眠りに、夢の世界へと——
「お父様、私はどうしても高根さんと」
「紗代子、お前はこの家を継ぐのだぞ。それをどこの奴とも知れぬ男と!?」
厳格な父が慌てる姿を初めて見る幼い菫。
それに怯え母の足にしがみついた。
「高根さんはきちんとした方よ。お父様だって知ってるでしょ!?」
涙ながらに部屋を飛び出す紗代子。
それを追うこともせずに見つめる父。
そんなやりとりが数日続いたのち、
「菫、お姉ちゃんがいなくなっちゃうけどいい子でいてね」
菫を抱きかかえ微笑む紗代子。
「姉様……どっかいっちゃうの?いや」
べそをかく菫をきつく抱きしめ、
「ごめんね、ごめんね。また会いにくるから菫。少しの間だけ我慢して」
同じく泣き出す紗代子だった。
「ホントに来てくれる?どうしていなくなっちゃうの?」
無垢な疑問。
「菫もいつか自分で選びたい時が来るわよ。そしたら……」
幼い菫に理解できない範囲を削ぎ取る紗代子の言葉。
ただ、抱きしめ合う姉妹は最後の温もりを感じ取っていた。
「あなたっ、あなたっ!」
奥ゆかしい母が廊下を駆けた。
そんな母に『どうした?』とは聞かない父。
「これが……」
紙が揺すられパタパタと鳴った。
白い紙を父は受け取るとすぐに握り締めた。
「佐藤高根……永福堂の!?」
父がそう呟くと、
「失礼します」
と、入ってきたのは工場長だった。
「おお!?やっさん、済まないが急用でね。今日はお前さんに任せていいかね?」
と言いつつ父は立ち上がり、母に着替えの用意をさせる。
「かしこまりました。お車を!?」
「おお!?ありがとう、やっさん。そうしてもらおう」
ひとつ頭を下げると工場長は出て行くのだった。
「あなた今日のお着物は!?」
と、尋ねる母。
「背広で行く」
短く答える父の穏やかな表情とは裏腹に、その声には力がこもっていた。
「私もご一緒に?」
袖を通すのを手伝いながら聞く母に、
「お前は残りなさい。菫と……」
言葉を止め、母のお腹を見る父の優しい眼差し。
「はい、分かりました。お気をつけて」
柔らかく答える母の切ない声。
それが何かを望むような……
母はきっと2人への許しを願って、そう幼い菫には思えるのだった。
仏壇に向かい続ける母の後ろで、座り眠り込む菫の小さな体。
それに気づき、布団へと運ぶ母に、
「姉様を迎えに行ったの?」
縋るように、そうであって欲しいと願うような眼差しを向ける菫。
「そうよぉ、菫は紗代子が好きだものね」
話を逸らす母の硬さの抜け切らない笑顔。
そこを見つけても、見ないふりをしようと健気な幼い心。
ブロロっ、
と、黒塗りの車が門から入って来た。
開けられたドアから降りてくる父の顔は自然そのものだった。
しかし、出迎える母に首を振る父。
だが、顔からは険しさはなくなっていた。
「先方さんも困っておられたよ。高根くんも出て行ってしまったと」
居間に座り母にそう言う父が、タバコに手を伸ばす。
そっと灰皿を差し出す母が、
「そうですか、永福さんも跡取りだったのでしょう?」
こんな時も他人への気遣いを忘れない言葉を発した。
「ああ、文句の1つでも言ってやりたかったが、あんな姿を見せられると、こちらも」
父は煙を吐き、ため息を誤魔化した。
「あなたは間違っていませんよ。これからの時代、男だ女だなんてもう……」
責任は生きている人間に付きまとうと、そう言いたかった母。
「だが、こうなった以上は紗代子に家督を渡すことはできない。それだけは覚えておいてくれ」
冷たく引き離すようにつくろう父。
黙り、やり切れなさを堪える母だった。
そして春を迎え、颯太が生まれた。
そんな中、穏やかな日々が紗代子のことを忘れさせた。
少なくとも両親は、そう装った。
——そんなある日
「あなた!あなたっ!」
今にも泣き叫びそうな母の声が廊下を走った。




