23話〜残し残されるもの〜《冷たさの向こう》
「どうしたんだい?」
気になる菫は真樹夫の顔を覗き込んだ。
「もう会えないんだよね?」
さっきの葉っぱを見つめる真樹夫。
キツくても言わなければいけない事もあると意を決し、
「お母様も亡くなったよ」
冷たくもあるが、真っ直ぐに伝えるのがいいと判断する菫の言葉。
手から離れる葉っぱがプランターを避け、地面へとヒラヒラと回りながら落ちていった。
「お前が自由に暮らしたいのは分かった。しかし……」
「だからっ」
菫の言葉を遮る真樹夫の目に赤い筋が走る。
「ふーん、お前は……」
「俺は二男じゃないか。兄さんがいるから俺が自由にして……」
「お前じゃなければいけないんだよ」
今度は菫が真樹夫を遮った。
そんな菫の目に、真樹夫は光るものを見るのだった。
「姉さん……」
プランターから腰を浮かしたまま、中途半端な姿勢を保つ真樹夫。
「私の弟じゃないんだよ」
耳に届かない小さな声——
「何て!?ねえ……さん」
——返す声も菫には届かなかった
「ただいま帰りましたよ」
ガラガラガラっ、
と引き戸を開け、高い敷居を跨ぎ声をかける菫。
「お帰りなさいませ」
廊下の奥から床を擦るような足音と共に和子が駆け寄る。
「済まないね、遅くなってしまいました」
「いいえ奥様。ご無事で……」
胸を撫で下ろす和子。
「私の心配を?そんな気苦労かけて申し訳ないですね」
自分で履き物を揃え、振り向く菫の顔に違和感を覚える和子。
「奥様……」
何かありましたか?の言葉を飲み込んだ。
おこがましいのと、菫の体を気遣うのと、それらが重なり和子にブレーキをかけさせた。
「和子さん」
「はい……」
菫が何を言おうとしているのか、視線を落として待ち構えた。
「今日は待たせてしまって悪かったね。お子さんたちが待っているだろうから」
と、言いながら財布を取り出す菫に、
「あの!?奥様、昨日もいただきましたので今日は」
和子は左足を少し引きながら恐る恐る伝えるのだった。
「そうですか、じゃあ代わりにレストランにでも行ってもらえませんかね?」
和子に辞退を諦めさせる強い菫の眼差し。
「今日は予約してあったのだけれど、行かれなくなってしまってね?」
「そうですか」
そう答えるしかできない和子。
「代わりに行ってもらえたら助かるのですが」
見え透いた芝居でもしないと、人に施しさえできない菫。
それを熟知している和子は、
「分かりました。早速帰って子供たちと……」
喜び、それを受けることにした。
「そうですか、それは良かった。和子さんの自宅から少し遠いかもしれませんが」
「どちらのお店でございましょうか」
少し不安になる和子。
「通り町のロトンヌという洋食……」
「えっ!?」
その名を聞いただけで悲鳴に近い声を上げる和子。
「どうなさいましたか?」
相変わらず落ち着き払う菫の声。
「いえ!?奥様、ロトンヌなんて高級なお店……来ていく服も」
「何をそんなに、子供も気兼ねなくいけるお店ですよ。安心してくださいな」
招き猫のように手を振る菫だが、和子からしたら雲の上である。
「いえ、奥様。そんな大層なお店に私なんて」
今度は右の足を引きずり下げる和子に、
「私の大切な和子さんなんだ。万が一お店で何かあったら私が許さないよ」
そう言って和子を安心させようとするのだが、返って強張る和子だった。
一応は納得させ、和子を帰らせる菫。
見送り玄関を閉めると、
ジーコ、ジーコ、
「あ、もしもしロトンヌさんですか?」
と、和子の家族分の料理と、食後のアイスクリームを忘れずに注文しておくのだった。




