22話〜残し残されるもの〜《アイスクリームの苦味》
瑠美は落雁の黒ずんだ木型の横の桐箱を取り、そこにカステラを納めた。
看板と同じ色の帯で箱を縛り、そして若草色の風呂敷に包むのだった。
「こちらで……三千円になります」
と、にこやかに言う瑠美に、
「はて!?私が所望したのはこちらの四千五百円のカステラですよ?」
と菫は、瑠美が包んだカステラの金額をわざと言うのだった。
「いえ、少しばかりの……」
気遣う瑠美に、
「気遣うどころか、お礼をしないといけないのはこちらですよ」
姿勢を正しそう言う菫。
彼女の言わんことを理解する瑠美は、
「いえ、真樹夫さんには本当に助けていただいておりますので」
と、丁寧に頭を下げるのだった。
「取り敢えず、四千五百円はちゃんとお納めください」
と、支払いを済ませ、
「邦夫、ここでおばちゃんはお別れさ。また次はウチにおいでなさいな?」
と、しゃがみ邦夫と目を合わす菫だった。
2人が店の暖簾をくぐるのを見届けてから、
「さて、瑠美さん。今は商いの最中だろうから、後で時間をいただけませんかね?」
ショーケースに詰め寄りながら瑠美から目を逸らさない菫。
こちらも逸らすことなく、
「承知いたしました、本日は3時に閉めますので、その後であれば」
と、答える瑠美だった。
3時過ぎにまた来ると伝え、菫は店をあとにするのだった。
「随分と時間が空くね、もったいない図書館にでも」
右、左と景色を確認する菫の記憶に齟齬があった
。
(以前はこんなじゃ……随分と変わるもんだね)
成長期など後世の人間からすれば既成事実なのだろうが——
その時代を生きたものには——
ただ急いだ移り変わり。としか目に映らないものだった。
「はて、どっちだったか?お天道様にでも聞いてみるかね」
そう言って菫は腕時計と太陽を見比べた。
(やはり頼りになるのは自然だね)
そして、西側の路地へと入って行くのだった。
しばらく歩くと、
「ああ、あそこは変わらないね」
どこか安堵する菫。
少しくすんだ空に突き刺すとんがり帽子。
図書館から突き出た塔を見上げ、立ち止まるのだった。
(涼もうと思ったのに……)
まだ幼い真樹夫を連れてやって来たのに、クーラーが壊れていた時の事を思い出していた。
「ふっ、変わってしまったのは街ばかりでなく、私たち……」
着物の袖から覗く手首ひとつに、年の移ろいを見るのだった。
駐輪場へと続く敷地の植え込み。
そのコンクリートのプランターに腰掛ける人影を見つけた。
(あれは!?)
ひと目でその正体を見極めた菫は黙ったまま近寄るのだった。
俯いたまま何も気づかないその人影。
「花の葉を無闇にちぎるんじゃないよ」
菫の声に慌てて顔を上げ、
「姉さん……どうしてここに?」
ちぎった葉を後ろに隠した。
それを見て不意に笑ってしまう菫は、
「お前はまったく、子供の頃と何も変わっちゃいないね」
咳払いでもするかのような手振りで俯くのだった。
そんな菫に真樹夫は少しだが警戒を解き、
「姉さんのそんな顔、久しぶりに見たな」
と、笑顔さえ見せるのだった。
見上げる真樹夫の顔は時を知らないかのように、菫の目には映るのだった。
「お前も居れば良かったのに、邦夫たちと洋食屋さんに行って来たところさ」
何を話せばいいのか、迷いから出たのはそんな話だった。
「邦夫と……洋食ってあの店なの?」
食いつく真樹夫に、
「そうさ、お前がよくお父様におねだりしていた所さ」
懐かしむような、恨めしがるような声が真樹夫に届いた。
「アイスクリームかぁ!?」
「さくらんぼを取ろうもんなら、凄く怒られたからね」
横を向きすまし顔をする菫。
「はは、楽しみに取っといたのに、姉さんが食べちゃうからだよ」
「さくらんぼが欲しかったんじゃない。私にはアイスクリームさえ買ってくれないから、せめてさくらんぼについた……」
話を聞きながら俯く真樹夫。




