21話〜残し残されるもの〜《永福堂》
信号の球が切れているのか、
「青くならないよ」
見上げながら指差す邦夫。
「そうだね、こういう時はいつもより注意して周りを見て渡るんだよ」
そう言って左右を確認する菫。
その前を、
ブロロロっと、薄い灰色の煙を撒き散らしながらオート三輪が横切っていった。
それをやり過ごしてから、邦夫の手を引き路地を渡った。
そうして交差点を越えると、落ち着いた紫の看板が目に入ってくるのだった。
「おお、永福かぁ!?懐かしいなあ」
「だろ?颯太は小さい頃、永福堂の落雁が好きだったからね」
菫はようやく昔を懐かしむような、柔らかい表情を見せるのだった。
(結局あの人は……そうでなきゃここに)
2人を従え暖簾を分け入り、
「ごめんくださいよ」
と、顔を上げた。
「!?」
時が止まったように立ち尽くす菫。
鏡に写したように、やはり立ち尽くすのは、
「な、何で来るんだよ?」
と、慌てる真樹夫だった。
「何でとはこちらの言葉さ」
菫は、ようやく1歩詰め寄りそう返すのだった。
「じゃ、俺忙しいんでっ」
言い捨てるように店の奥へと引っ込む真樹夫。
「これ、お待ち」
あとを追い、中へ入ろうとする菫に、
「あの、ちょっと、奥様」
と、菫のゆく手を遮る女がいた。
「何ですか?あなたは」
不機嫌を思い切り顔に出す菫。
「何ですかではありませんよ。ここから先は立ち入らないでください」
食い下がる女。
「弟があちらに……」
言いかけて黙る菫。
それを不思議そうに見つめる女。
「あなたは!?まさか……」
女の顔を菫の般若のような目つきが舐めまわした。
そして、少し丸みを帯びる菫の目。
そして、
「あ!?あなたは?」
シンクロする2人の驚嘆。
「瑠美さんじゃないかね?」
「菫さん!?お久しぶりです」
真樹夫どころか邦夫までそっちのけで話し込む2人。
「そうかい、あなたがこちらの女将さんになられたのね」
菫の知る瑠美はまだ女学生だった。
「はい、あれから菓子職人を主人として迎えたのですが……」
「はあ、残念なことになりましたね。お悔やみ申し上げます」
お辞儀をする菫に、
「いえ、もう何年も前のことですから」
と、少し恥ずかしそうに答える瑠美だった。
「それで今日は……お子様とご主人様で……」
挨拶をしようとする瑠美を引き止め、
「いやですよ瑠美さん、颯太とその息子ですよ」
口を抑え笑う菫。
「あ!?はは、颯太さんでしたか!?これは」
瑠美が少し顔を赤らめた。
「はは、お恥ずかしい。ご無沙汰しております」
頭をかく颯太。
「あなたがフラれてから何十年かしらね?」
肩越しに颯太を見る菫に、
「嫌だな姉さん、もうその話は……て!?まだ十数年だよ」
慌て気味に訂正する颯太。
「そうかい?じゃあまだ引きずっているのかい?」
さらにからかう菫に、
「もうお姉様ったら、およしになってください」
堪え切れず吹き出す瑠美だった。
「ああ、瑠美ちゃん、まだあん時の俺の泣き顔を!?」
と、自虐に持ち込めるほど、颯太は成長しているのだった。
「ようし、じゃあ」
と、店内を見回す菫。
ショーケースの向こうに立つ瑠美の背後に目が止まった。
そこには、何百年使い込んだものだろうか、花を模った黒ずんだ木型がいくつも並べられていた。
(やはりあの人たちが好きだっただけの……)
「瑠美さん、こちらの1番のカステラをいただけますかね?」
「ああ!?ありがとうございます」
瑠美はガラスケースを開け、1番上のずっしりとしたカステラを取り出した。
「おお!?何と美しい」
感嘆のもれる菫の声。
「うわぁ、輝いているカステラなんて!?」
後ろから颯太が今にも手を出しそうな勢いで呻いた。
「こちらで宜しければ?」
そう言いながら盆を回す瑠美に、
「いやあ、これ以上の品は見たことないね。コレをください」
珍しく高揚する菫を、ポカんと眺める颯太だった。




