20話〜残し残されるもの〜《継承》
「ハンバーグっ、ハンバーグっ」
ガラスを叩きそうなほど嬉々とする邦夫に、
「仕方ない、子供には勝てないね」
わざと目を瞑って見せる菫に、
「姉さんまだ……あ、生ビールですって!?俺飲んでみたい」
と、颯太はちゃめっ気を出して気を逸らそうとするのだった。
「邦夫、入ろうか?ささ、姉さんも早く早く」
「仕方のない子だね。邦夫よりお前の方が手に負えないよ」
満更でもなく店に入って行く菫だった。
カラン、コロン、
少し角のあるベルがドアに揺らされる。
黒服のボーイがすかさず、
「何名さまですか?」
と尋ねる。
「3人です」
意気揚々と答えるのは、何と菫の方だった。
そして、ボーイに従い席に案内される3人。
「こちらのお席でよろしいでしょうか?」
「結構です」
そう答えるとボーイが椅子を引き、促されるままに席に着く菫だった。
そしてすぐに氷で汗をかいたグラスが運ばれ、
「本日のメニューとなっております」
と、また別のボーイがおすすめの案内をするのだった。
「邦夫は……」
颯太が言い終わるのを待たずに、
「ハンバーグっ」
厨房の奥まで通りそうな邦夫の声。
「はは、そうか!?じゃあ俺は生ビールというのをもらおうかな」
メニューを指差しほくそ笑む颯太。
そして、ボーイの視線で注文を促される菫は、
「私はブランデーがいいかね」
空席を眺めながらそういう菫に、
「銘柄のご指定はございますか?」
メニューの上を手のひらが這いずる。
「そうさねぇ、ナポレ……何とかってのがなかったかね?」
「こちらでございますね。飲み方はいかがなさいますか?水割りなどで……」
「いいですね、だが私はブランデーはロックと決めているのでね」
「ただいまお持ちいたします」
そう答えるボーイの目には少し意表をつかれたような色が滲んだ。
程なくして、飲み物が運ばれてきた。
「おお、来たきた」
満面の笑みを浮かべ手を伸ばし受け取ろうとする颯太に、
「これ、はしたない。自分から受け取りに行くものではありませんよ」
背筋を伸ばしたままの菫が伏せ目勝ちに釘を刺す。
「はは、コレは痛いところを」
そう言ってはにかむ颯太。
「おや!?オレンジジュースは頼んでいませんが」
立ち去ろうとするボーイを引き止める菫。
「失礼しました。先代さまからのご贔屓にとオーナーから心ばかりの……」
振り返りそう告げるボーイに、
「そうかい、私たちを覚えていてくださったとは、ご無沙汰していて申し訳ないとお伝えください」
と、座ったままだが、深々と頭を下げる菫だった。
「さーて皆でいただこうかね、乾杯」
「乾杯っ」
元気に両手でオレンジジュースを持ち上げる邦夫の声に、他のお客さんもにこやかな顔をする。
「ぷはぁ、うまいなぁコレ!?瓶よりも爽やかだ」
嬉しそうにジョッキを見回す颯太に、
「私は瓶の味わいの方が好きだね」
ロックグラスを揺らし、また別の席を見る菫。
「姉さんは生ビールを飲んだことがあるんですね?」
意外そうな顔をする颯太は続けて、
「あっちの席に座った方が良かったかな?」
と、父のお気に入りだった席を指差した。
「いいや、別の席から見たかったのさ。今でもお父様があそこにいるようでね」
菫はそう言ってグラスを傾けるのだった。
何の気なしにその席を見る颯太の目には、あの日の団欒の光景が見えていたのだろう。
「お前はいいさ、いつも可愛がってもらってね」
こんなレストランに来ていても、いつも父の目が気になっていた菫。
今の彼女を作り上げたのは、そんな日々だった。
ロックグラスを置く手の仕草が、あの日の父の手を思わせた。
そんな自分の手を眺め、
「ふっ」
と、ため息をひとつ漏らすのだった。
「ご馳走様、今後はなるべくお邪魔させていただきますね」
菫はそう言って、また角ばったベルを鳴らして店をあとにするのだった。
「ハンバーグまた食べに来られるの?」
颯太を見上げ邦夫がそう期待を込めた。
「ああ、また来ような。しかし、お母さんは来られないかも知れないな」
「お前が生ビールを飲めなくなるからだろ?」
振り向きもせずそういう菫に、
「いやだな姉さん、そういうんじゃ……」
颯太は振り向かない菫の背中に……
そこに目を赤くする菫の顔が思い浮かぶのだった。




