18話〜残し残されるもの〜《私の努め》
「こんにちは、姉さん」
「おお、颯太かい?よく来たね」
「久しぶりだね」
「本当だね、母の葬儀以来だね」
と言いながらお手伝いの和子にお茶を頼む菫。
「真樹夫は……」
「相変わらずなんの音沙汰もないさ」
「そうか、葬儀にも来ないで」
「仕方ないさ、知らないんだから。しかし母が亡くなったと知ったらあの子は」
仏壇の遺影を見上げながら、菫は目を細めるのだった。
「で、姉さん、今日は本当に来るのかい?」
「舞さんが嫌でなければね」
「嫌っても来るのでしょ?」
「私も随分と嫌われたもんだね?しかし」
「邦夫には会いたいと?」
「これ、私を揶揄うのはおよし」
「姉さんを揶揄えるのは子供の話をする時くらいだからね」
そう言って立ち上がる颯太は、
「電話を借りるよ」
と、部屋を出ていくのだった。
ジーコ、ジーコ、
黒い電話のダイヤルを回す颯太は受話器を耳にあてた。
「ああ、舞、姉さんやっぱり泊まり行くって言うから用意を頼むな」
「はい、分かりました」
「随分素直だね」
「私が断りでもしたら、あなたはなんとおっしゃいますか?」
「分かったよ、今度旅行でも行こう。それに邦夫に小遣いを弾んでくれるだろうから……」
「何時頃おみえですか?」
「ああ、準備したらだから、4時くらいかな」
「分かりました、お気をつけて」
「ああ」
受話器を置き振り返ると、後ろから和子が歩いてきた。
「奥様は本日はお出かけなさるのでしょうか?」
「ん!?ああ、そうだね。だから和子さんはこれからお暇をとっていただくことに」
「承知いたしました」
お辞儀をして立ち去ろうとする和子を引き留め、
「コレでカステラでも食べなさい」
と、クリーム色の紙を手渡した。
「……ご、500円札!?お、多すぎます」
「いいんだ、たまにはね」
「こんなに頂いたら奥様に叱られます」
スーっと、襖が開いた。
「私はそんなことでは怒りはしませんよ」
睨むわけではないが、和子にとっては威嚇の他に言葉は見つからなかった。
「い、いえ、申し訳ございません」
「それに、叱るというなら颯太……お前にだよ」
「なんだい姉さん」
「食べなさいとはなんですか?上からものを言うもんじゃありませんよ」
「あ、すみません、つい」
「謝るなら私ではなく」
「和子さんすみませんでした、つい」
「いえ、そんな……」
「じゃ、決まりですね、和子さんはそれを受け取って、今日はもう自由にしていただいて結構ですよ」
「しかし、こんな大金を……」
「いいじゃありませんか、ではこういうのはどうです?桐箱のカステラでも買ってお子さんたちと召し上がってもらうというのは」
「奥様がそうおっしゃっていただけるのでしたら……颯太さまもありがとうございます」
そう言いながら涙を堪える和子だった。
菫を乗せた車が颯太の家に到着した。
「ちょっと待って門を開けてくるから」
バタン、
そう言って車外へ出る颯太。
「お手伝いさんでも雇えばいいのに、あの子は昔から質素だからねぇ」
その小走りする背中を、菫はぼんやりと見ながら呟いた。
「こんにちは、お邪魔しますよ」
「おばちゃんっ」
走り飛びつく邦夫に、
「いけませんよ邦夫」
諌める舞にヒラヒラと手を振る菫が、
「邦夫、大きくなったね。抱っこでもしようかね」
普段は見せないような笑顔で邦夫を抱き上げるのだった。
そして居間に通され、菫はソファに腰掛けた。
部屋を見回し、
「なんだか殺風景だね。邦夫の感性を養う上でももっと飾り物が欲しいね」
「はあ、そうですか」
心無い舞の返事。
「はあ、じゃないですよ。分かりました私がいくつか見繕ってきますよ」
怪訝さを抑えるのに少し時間のかかった舞の顔。
それを見た颯太が、
「いいよ姉さん。そのうちそう……」
その言葉を遮り、
「そのうちっていつなのかしら?あなたは昔から……」
苦虫を噛むような舞が、
「お姉様、食事の用意ができておりますので、食堂の方へどうぞ」
と、強引に話を終わらせ席を移させるのだった。




