17話〜残し残されるもの〜《残すために》
「はぁ、瑠美ちゃんが黒酢酢豚なんて言うからこんなのまで買っちゃったぁ」
愚痴をこぼす割には笑顔の真樹夫。
そしてグラスに氷を入れた。
とっとっとっ、
黒ずんだ液体が氷の隙間に流れ込み、赤茶色の美しい反射をテーブルに注いだ。
「はあ〜うまい。やっぱ黒酢酢豚には紹興酒だよな!?」
酢豚も紹興酒も半分ずつ減ったところで、
「あれ!?なんか眠いわけじゃないのに……なんだろ?」
うつろうつろする真樹夫の目。
「いや!?そんなに飲んでもいないのに……」
あくびをしながらキッチンのテーブルからリビングのソファに移る。
もたれ気味に座り頬杖をついた……
その瞬間に眠りに落ちてしまうのだった。
◆ ◆ ◆
「また姉さんの言いなりかよ?」
「仕方ないだろ真樹夫。うちでは姉さんに逆らえないんだから」
「そんな……じゃあ俺は好きなことをできないってのかよ」
「姉さんも考えてくれているんだ。それで安泰な人生を送れ」
「それが嫌だって言ってんだよ!失敗がなんだってんだ!」
襖を開け飛び出そうとする真樹夫に、
「お待ちなさい」
と、部屋に入って来たのは菫。
真樹夫たちの長子にして長女だった。
「お前は私がわざわざ頭を下げて取り付けた……」
「だから、なんで姉さんがそんなことすんだよ!俺は」
「ジヒルなんて皆んなが入りたくても入れない会社だよ。そんなところに勤められるんだ、何が不満なのですか?」
「姉さんに決められるのが不満なんだ。もうウンザリだ!」
「真樹夫!お前はっ」
「颯太やめなさい」
真樹夫の胸ぐらを掴んでいた長男の颯太は素直に聞き入れた。
「兄さんは昔から姉さんが怖いからそんなだけど……俺は違うっ」
ピシャ、
「颯太を悪く言うのは許しませんからね」
丁寧な言葉の裏に鋭く光る瞳。
「イテっ、叩きやがったな!もういい出ていく」
「真樹夫っ」
追いかけようとする颯太を止める菫。
「姉さん……」
「今は何言っても無駄だろうね」
菫はそう言い、目を伏せ首を振った。
「でも、このままでは」
颯太は開いたままの襖を憂鬱そうに眺めるのだった。
「ああ、このままではいけないね」
「なんだってんだ!?俺だってやり返す時くらいあるんだぞ」
雑草に当たり散らしながら、小さな川沿いを歩く真樹夫に行き先はなかった。
「これからどうしようかな?」
呟きながら草むらに腰を下ろした。
綺麗な光を運ぶ川の水。
ほんのり冷たそうな色が、より一層の美しさを表していた。
そんな川をぼ〜っと眺めていると、川上から1枚の葉っぱが流れてくるのだった。
真樹夫は、小石を拾いその葉っぱを目掛け投げつけた。
ぽちゃん、
葉っぱの後ろで飛沫をあげる小石。
「当たるわけないか……」
はにかみながら葉っぱを見続けた。
葉っぱは川面から突き出た大きな石にせき止められた。
「今、助けてやるからなぁ」
そう言うと、真樹夫はまた小石を拾い投げつけるのだった。
ぽちゃん、
「あ!?もっと奥へ行っちゃった。それじゃあ」
ぽちゃん、
「また、ダメだ……」
そして川に入ろうとする真樹夫。
「あ!?くるっと……」
川の流れに合わせ回転しつつ流れ出す葉っぱ。
それを茫然と眺め続けるのだった。
(そうだよ、助けてるつもりが逆になることもあるんだ)
「だから、俺は自分で」
立ち上がる真樹夫はスタスタと歩き出した。




