感情移入
つい、ゲームに夢中だと空腹を忘れてしまう。
こんな経験は、オレだけじゃないと思う。
朝食も食べずにゲームしてたが、お昼ご飯を食べなさい、と母さんに言われた。
で、母さんが作ったカレーを食べてきたんだが、めちゃくちゃ美味く感じた。
だからこそ、思わず、料理の天才か!って評価した。
が、今思うとオレが空腹だっただけな気がしないこともない。
たぶん、あの味レトルトだし……
まあ、レトルトや冷凍食品を出して、手料理と断言するのがオレの母さんだ。今のところ、出前まで手料理と言わないところが救いかもしれない。
それでも、こうして飯を作ってくれる母さんにはすごく感謝してる。
それはそれとして、オレとしては食品メーカーで働いてる全ての人々にも感謝すべきだろう。
みなさんの企業努力こそ、オレにとって家庭の味です。
いつも、本当にありがとうございます。
さてと、『ウチの息子ったら私の料理を食べて、料理の天才って言うのよ。困るわよねぇ』って感じに近所のおばさんたちと談話してる光景が容易に想像出来てしまい、つい現実逃避したくなった気持ちのままゲームを再開する。
リアルじゃ昼だが、ゲーム内では朝だ。そして、特別な朝でもある。
もっとも、今は地下にいるが。
その理由は、裸の美女で目の保養をしてる為だけじゃない。この部屋にある『綺麗な水』が残ってるかを確認していた。
というのも、この『綺麗な水』は初めてここに来たあと、この部屋にわざと捨てたアイテムだ。
まず、この世界ではアイテムを拾える訳なんだが、同時に拾えるアイテムは捨てることが出来る。
この捨てるという行為は、一般的に総重量をオーバーした時に使うものだ。
大切なことは、捨てたアイテムはその場に残る、ってことだ。
地上ではそれで問題ないのだろうが、この特別な部屋でもそれが適応されるのか検証中ってな訳だ。
くくくっ
で、今のところ検証結果は良好といえる。
現状、この世界で一番安全な金庫が、この部屋だ。
そして、設置は出来なくても、捨てることは出来る。この機能は、他にも利用出来るんじゃないかなって気がしてる。
だが、それより重大なことが判明した。
それこそ、この世界ではアイテムのリポップ(再出現)が今のところ食べ物以外確認出来ないってことだ。
普通、この手のゲームなら素材となるアイテムを拾っても、ゲーム内の時間経過などでリポップする。
その場合、ゲームが重くなるのを防ぐため、捨てたアイテムも自動で消えるのが当たり前だ。
ところが、このゲームだとそれが現状ない。
つまり、闇雲に資源を消費すれば、遅かれ速かれ資源が枯渇するってこと。
そして、資源を必要としてるのはオレだけじゃなく、NPCも同じだろう。
あの夜、マミコに会ったのが偶然かフラグか分からないが、NPCも資源を必要としてるなら納得出来る。
ってことは、最終的には資源を巡って争えってことだ。しかも人類vsオンナとは限らないところがエグい。
なにせ、ゲームの仕様として、争いの火種であるプレイヤーが用意されてるんだから。
さらに問題はそれだけじゃなく、これによって時間経過の意味も跳ね上がったってことだ。
ノンビリしてたら、他の連中にどんどん資源を取られてくことになる。
ヤバいね……
素直に叔父さんを褒めたくなるぐらい、よく出来てる。
だって、NPCですら、水と食べ物だけじゃ幸せを感じられないってことなんだろうから。
という感じなんだが、特別な朝には別の理由がある。
それが、ゲーム内で今日が8日目の朝ってことだ。
もしもマスクデータ(隠されたデータ)的に曜日があるなら、今日はゲーム開始日と同じ曜日になる。
ならば検証しに行くしかない。
いつものごとく、1時間睡眠でセーブしながら準備する。
そして、今日は水と食べ物、さらに寝袋を持って出発した。
なにせ、長旅になるかもしれない。
ダメージジーンズみたいに破けたアスファルト。そのむき出しの土には雑草が生え、風に揺れている。
倒壊したビルは、元が何階建てなのかすら分からない。
コンクリートの壁に開けられた無数の弾痕は、壁画より物語っている。
この廃墟は、ただ人々が居なくなったのではないのだ、と。
明確に戦闘が行われた結果、人々が殺されて廃墟になったのだ、と。
それを示すように、オレは幾つも『白い有機結晶』を拾った。
それは古い民家の玄関先で。
自分の家に逃げようとしたが、あと少しのところで殺されたのかもしれない。
それは積み重なった瓦礫の前で。
瓦礫に身体が挟まり身動きが取れないなか、誰にも助けてもらうことなく息を引き取ったのかもしれない。
それは犬小屋の前で。
犬と逃げようとしたところを殺されたのか、犬小屋から伸びた鎖と首輪が、まるで飼い主に寄り添うように残されていた。
それは公園のベンチで。
壊れたベンチ。目の前には壊れた噴水。何を思って最後をここで迎えたのか、オレには分からない。もしかしたら、この人にとってこの場所が大切なものだったのかもしれない。
きっと、ここで生活してた人々にとって、戦争は遠い場所での出来事だと思ってたのだろう。
疎開もせず、普通に日常を過ごし、ある日突然戦争になったのだろう。
そして、それが手遅れだと知らずに死んでいったのかもしれない。
そんな感傷をオレに突きつける。
ふぅ…………。
落ち着け。
感情移入し過ぎだ。
これはゲームだし、このマップは自動生成だ。
アイテムが落ちてたところは、AIがなんらかの条件で配置してるに過ぎない。
そこにドラマなんか無いはず。
なにより、そこに落ちてる服はアイテムとして認識されてない。まるで絵だ。
オレがそんな風に考えてると、米粒ほどの人影が遠くで微かに動いた。
こちとら、そんな大きなものが6フレームも動いて気づけないほど、目も反応も悪くない。
さて、さて、ようやくお出ましか。
オレはマップを見ると、いつもよりだいぶ遠くまで来てることを知った。
以前検証したオンナの巡回ルートは、毎回違っていた。
とはいえ、ここまで巡回に遭遇しないケースは初めてだ。
だから、てっきり巡回は無いのかと思ってたところだ。
よし、行くか。
オレは慎重に隠れながら、その人影を追った。
どこか、いつもより緊張しながら。
…………緊張してるのは、集めた『白い有機結晶』の重みの所為かもしれない。




