第六十八話
読んで頂きありがとうごさいます。
「チートーマ君、こっちよぉ~」
「あぁ、分かった。今からそっちに行くから」
斗真は、階段を降りきった途端ニーナに声を掛けられ、誘われたテーブルへと向かう途中で。
「チートーマッ!あのっ、洗濯代まで出してくれて、そのっ、ありがとう」
斗真を追い抜く様に、後ろから早足で近付いていたクレナが、斗真にもう何度目かも分からない感謝の言葉を告げていた。
「ん?あぁ、どういたしまして」
他人から感謝される事など、これまでの人生で殆ど無かった斗真は、クレナの様に斗真にとって頻繁とも思える頻度で感謝の言葉を贈られるというのは、嬉しさや照れ臭さよりも、居心地の悪さを強く感じる結果となっていた。
斗真達は連れ立って同じテーブルに着き、食事が配膳される時を待っていると。
「ごめんねぇ。もう少しでお父さんが夕食を持ってくるから、後ちょっとだけ待っててねぇ。まぁもう夕食と言うよりは夜食の時間なんだけどねぇ」
「えっ?もうそんな時間なのか?」
斗真は同じテーブルに着いている、ニーナによって齎された予想外の情報に驚きの言葉を漏らした。
「えっ?今頃何言ってるの?チートーマがダンジョンから出てきた時には、日付が変わる一時間前ぐらいだったよ?だからあたしが急いでって言ったんじゃない。それにあんなに暗かったのに気付かなかったの?」
「暗かったのにって、確かに空は暗かったけど、あれだけ都市を明るく照らしてたら、その印象も薄れるだろ。大体空の暗さだけで今の時刻なんて分からねえよ」
クレナから如何にも常識です、とでも言わんばかりの指摘を受けた斗真は、ダンジョンから宿屋までの道のりを思い出しながら答えた。
「え?空を見て時間が分からないなら、チートーマはどうやって時間を知るの?」
「え、どうって……」
「それに、夜に都市を明るくするのは当たり前じゃないの?」
「……そうなのか?」
斗真は、ここにきてこの世界の常識が全く足りていない事を自覚し始めていた。
それはこの世界に召喚されてから、王城というまさにこの国で最高の設備が整った施設で、限られた人々とのみ接触して過ごしていた為であり、更にこの世界の一般常識などの教えを受ける前に追放されてしまったからなのだが。
「あぁ~、もしかしてチートーマ君って、ダンジョンが無い地域で育ったのかしら?」
それまで斗真とクレナの会話を黙って聞いていたニーナが、突然訳知り顔で斗真に質問した。
「えぇ~と、まぁそうかな。うん」
斗真は、この場で自身が異世界から召喚された者である事を二人に話すべきか一瞬迷ったものの、信じて貰えるか分からない上に、変な噂などを流されても面倒くさいと考えて、結局は黙っている事を選択した。
「やっぱり~。別に田舎出身だからって恥ずかしがる事じゃないのに~」
斗真が僅かに言い淀んだ様子を見ていたニーナは、それを田舎者が都会に出てきて故郷との余りの発展具合の違いに、その出自を恥ずかしく思い隠したがる類のものだと誤解した。
「いや、別に田舎出身って訳じゃ……」
「ねぇニーナ。何でチートーマが田舎者だって分かったの?」
斗真は、異世界でまさかの田舎者扱いに反射的に言い返そうとするも、何と言い返せば良いのか分からず言葉に詰まってしまうと、その隙をつく様にクレナが斗真を田舎者と確定しながら、それを見破ったニーナの目利きに興味を示した。
「ん~?それはねぇ、チートーマ君が夜のダレスの明るさに驚いたからかなぁ」
「えっ?何でそれでチートーマが田舎者って分かるの?」
(いや、俺は別に田舎者じゃねぇから。……まぁでも常識が無いのは事実だし、それが田舎者だからって言うのは今の俺にとっては都合が良いのかもな。別に田舎者扱いされて困る訳でも無いし。そうだな。これからは分からない事があったら、田舎出身だからって事にしておくか)
斗真は、他人から田舎者扱いされる事による利点の方に目を向けると、自身が現在置かれている状況を加味した結果、日常生活における常識の無さを、田舎者由来とする事に決めた。
「それはねぇ、私もお父さんから聞いた話なんだけどぉ、ダンジョンが無い土地って、夜になると殆ど真っ暗になるんだってぇ」
「えぇぇぇぇっ!そうなの!?」
(ふ~ん。って言うかそんなに驚く事なのか?……これは暫く黙っていた方が良さそうだな)
斗真が静かに聞きの体勢に入ると、それに合わせるかの様に、ニーナがオーヴァから聞いたという話を続けた。
「そうらしいのぉ。ダンジョンが無い土地だとモンスターが溢れ出す危険が無いから、夜を暗いまま過ごしても平気なんだってぇ」
「えぇ!夜真っ暗なまま過ごすなんて、考えられないよっ」
この世界のダンジョンがある都市や街などは、いつスタンビートが起こるか分からないが故に、万が一スタンビートが起きた際に、溢れ出したモンスターを暗がりで見失ったりしない様に、一昼夜に渡って都市や街全体を光で照らしていた。
そしてそれを可能にする為に、街全体に明かりの魔道具を大量に設置して、更にそれを稼働させ続ける為に、動力となる魔石を積極的に買い取る事によって、多くの人々をその街にあるダンジョンへと向かわせているのだ。
その結果、ダンジョンのモンスターは大量に間引かれてスタンビートの危機は遠ざかり、更に大量のドロップアイテムがその土地に卸される様になる事で、魔石で街を明るく照らすだけでは無く、大量のモンスター素材を使って、文化的にも経済的にも大きく発展する事となっているのである。
逆にダンジョンを持たない街などにとっては、殆どの魔石は輸入に頼る他無く、明かりの魔道具は決して安くない魔石を、大量に消費する燃費の悪い金食い虫でしかなかった。
その結果、長い夜を明るく照らす利点よりも、金銭的な負担による欠点の方が大きく、精々が等間隔に篝火を焚く程度の光源しか用意出来ていないのだ。
「私もダレスから出た事は無いからぁ、話にしか聞いた事は無いんだけどぉ、お父さんは昔色んな都市や街を見て回っていた時にぃ、実際に経験して驚いたんだってぇ」
「そうなんだぁ。他の土地って怖い所なんだね」
「ところで、何でダンジョンが無い土地は田舎扱いになるんだ?」
斗真は、ニーナの話を聞いても尚、納得出来なかった事を聞いてみた。
「それはやっぱり~、モンスター素材が安定して大量に得られないからかなぁ。これも聞いた話なんだけどぉ、ダンジョンが無い土地ではぁ、殆どの建物を森の木を切って建ててるんだって」
「ん?でもこの都市も多くは木造の建物だったと思うけど」
斗真の指摘を受けたニーナとそれを聞いていたクレナは、逆に驚いた表情となり、少し考えた後斗真の勘違いを理解した。
「……そっかぁ。外から来た人には見分けが付き難いものなんだねぇ。えっとね、チートーマ君が見た木造の建物の殆どは、資材迷宮から取れるトレントって言うモンスターの素材で造られてるんだよぉ」
「えっ!?そうだったのか」
「それに多分誤解してるだろうけどぉ、この宿もそれに殆どの石造りの建物も、マッドゴーレムかストーンゴーレムの素材を使って建てられてるんだよぉ」
「えっ!?この宿も!?」
「そうだよぉ。ダンジョンが有る以上、スタンビートが起きた時の為に、建物はモンスター素材で造っておかないと、強度的に安心出来ないからねぇ」
斗真にとっては、見分けが付かない程度の違いしか分からない事であったのだが、同じ木材や石材でも、自然由来の物とダンジョン由来の物とでは、強度の面で圧倒的とも言える程の違いがあり、当然その価格差も相応のものとなっていた。
その結果、自前で採掘できる都市では、積極的に街づくりにダンジョン由来の素材を使い、その土地全体を強固にする事が出来ていたのだが、それとは反対に輸入する事でしかダンジョン由来の素材を手に入れる事が出来ない土地では、一部の権力者や富豪などが自宅に使用するぐらいで、後は自然由来の素材を使って街づくりをするより他無かったのだ。
結果として使える素材の強度の違いから、作れる建物の形や種類や高さなどに大きな差が生まれてしまい、その強度のみならず外観の華やかさや、芸術性などにも大きな差が出来ていた。
この建造物の見た目の大きな違いからも、ダンジョンを有する土地は都会であり、持たない土地は田舎であると言う考え方に繋がっていたのである。
「成る程なぁ。それでダンジョンが無い土地の出身者は、田舎者扱いされるのかぁ」
「う~ん、まぁ私もぉ、直接他の土地を見た事が有るわけじゃないけどぉ、他の土地を見た人からするとぉ、やっぱり見た目から全然違うらしいよぉ~。詳しい話が聞きたいならぁ、お父さんに聞いたら教えてくれるよぉ。お父さんは若い頃色んな土地を見て回ったらしいからぁ」
「へぇ!あたしは他の土地の話とか聞いてみたいかもっ!」
(俺は別に良いかな。どちらかと言うと他の土地の話より、この都市の事の方が聞きたいし)
斗真達が、ニーナから聞いた様々な話の内容に各々の感想を抱いていると。
「ハッハァ!随分待たせちまったな。お待ちかねの食事の時間だぜぇ!」
斗真達の話が一段落するのを待っていた訳では無いのだろうが、厨房からカートを押したオーヴァが待望の食事を持って現れた。
「お父さん~待ちくたびれたよぉ」
「悪い悪い。一度落とした火を入れ直すのに、ちっとばかし手間取っちまってな。チートーマもお嬢ちゃんも済まなかったな」
「いえっ!俺の方こそこんな遅い時間にすいません。それに頂けるだけで有り難いです」
「あっ、あたしもっ!食べれるだけで嬉しいよっ!だから気にしないでっ!」
斗真は宿屋親子の会話を聞き、自身が本来の夕食の時間外にその提供を受けようとしている事に気が付くと、直ぐ様謝罪と感謝を告げた。
そしてクレナも斗真に続くように、やや重たいながらも正直な言葉で、オーヴァの事を労った。
「ハッハァ!コイツは良いお客を掴んだもんだぜぇ。そんじゃあ二人とも是非とも味わってくれぃ!」
そう言ってオーヴァがテーブルに配膳したのは、サラダと黒パンに深めの大皿に盛られた具沢山のシチューであった。
「うわぁ~スッゴく美味しい!……うぅ、こんな美味しいものを食べられるなんて」
シチューのお皿が目の前に置かれた瞬間に食べ始めたクレナは、その美味しさに涙を流しながら、しっかりと身体に染み込ませる様に味わいながら食べていた。
そんなクレナを横目に見ていた斗真も、自身の目の前に全てのお皿が配膳された後、シチューの中心に浮かぶ大きな肉へと湧き上がる食欲の矛先を向けると。
「じゃあ俺も、頂きます。…………うぅっ」
じっくりと煮込まれて大きいながらも柔らかく、然りとて型崩れを起こす事無くシチューに浮かぶそれにナイフを突き立てた瞬間、突然ダンジョンで自身が手に掛けたモンスター達の、生々しいまでの死に様が脳裏を過る。
(うぅっ、何で今更ッ!……うぇっ)
「どうしたのチートーマ?このシチュースッゴく美味しいよっ!早く食べないと冷めちゃうよっ?ホラッ!」
突然動きを止めた斗真に気付いたクレナは、シチューの中にある大きくカットされた野菜をスプーンに乗せると、大きな口を開けて一口で食べて見せた。
「あれぇ?もしかしてチートーマ君は、お野菜が苦手だったのしらぁ?」
「おん?この前はサラダを美味そうに食ってた筈なんだが。って言うか食おうとしてるの肉じゃねぇか。……ってあぁ、もしかしてアレか?確かお前さん今回が初めてのダンジョン探索って言ってたか?だとしたらそうかぁ。コイツは珍しいもんを見たなぁ」
オーヴァは一人、斗真の様子に心当たりが有る様で訳知り顔で頻りに頷いていた。
「お父さんどういう事なの?」
未だ固まったまま動かない斗真に代わって、ニーナがオーヴァに説明を求めた。
「まぁ何て言うのかなぁ。初めてダンジョンに潜ってモンスターを殺したヤツの中には、今のチートーマみたいに心や体に影響を受けすぎるヤツが極稀にだがいるんだな。そういった連中の中には、暫く肉を食えなくなったり、飯自体を殆ど食えなくなったりする奴等がいるんだよ」
オーヴァの語る話は、今の斗真の状況を的確に表していた。
「えっ?それってモンスターを殺したから、チートーマはご飯を食べれなくなったって事なの?」
クレナはオーヴァの話を聞き、心底理解出来ないといった様な表情を浮かべながら問い返した。
「まぁ、今のチートーマを見る限り、そう言う事なんだろうなぁ」
「「………………」」
斗真は、三人から視線を向けられている事に気が付きながらも、その視線をシチューの肉から逸らす事が出来なかった。
そうしている間にも、斗真の脳内には大量のゴブリンやコボルト達が、次々とその首を刎ねられては空高く青い血を噴き出す姿や、その顔を苦痛と憤怒に歪めて言葉にならない怨嗟の声を呟きながら死に絶えていく姿などが、続々と現れては消えていくという光景が繰り返し映し出されていた。
「なぁチートーマ。コレは長年ダンジョン探索を続けて色んなヤツを見てきた、ただの宿屋のオッサンからの忠告なんだがな。もし今、その肉を食う事が出来ないのなら悪い事は言わねぇ。ダンジョン探索なんて止めちまいな。そんな程度の覚悟じゃあ、ダンジョンで一人虚しく死んじまうだけだ」
斗真は、オーヴァから掛けられた厳しい言葉に、思わず全身がより強く硬直するのを感じた。
しかしそれでも斗真の視線は目の前の肉から逸らされる事は無く、その脳裏からもモンスター達の凄惨な死に様が消える事は無かった。
ダンジョンの初探索を終えた斗真は、今まさに一つの岐路に立たされる事となった。
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