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第六十九話

読んで頂きありがとうございます。

 

「ダンジョンでは……ダンジョンでは食えてたっ。肉も、野菜もっ」


 掠れる様な声で反論を述べる斗真に対して、しかしオーヴァは動じる事無く自身の見解を示す。


「そいつぁ、お前さんがダンジョン内では、しっかりと気を張っていたからだろう。もしくは、目の前の事にのみ集中する事で目を背けていたのか。まぁどちらにせよ、ダンジョンから出て気を抜いた途端に飯もまともに食えなくなるんじゃあ、遠からずモンスターに殺されるか、そうなる前に体を壊すだけだぞ」


「それなら、時間を掛けていけば……」


「チートーマ。お前さんにとってダンジョンってのは、体調不良を抱えたままでやっていけると思う程、そんなに生易しい場所だったのか?それともそれが出来る様な温い階層で過ごすつもりなのか?」


「そ、それは……」


 突き付けられた厳しい現実を前に二の句を継げなくなる斗真に、オーヴァは更に言葉を紡ぎ畳み掛ける。


「チートーマ。お前さんは未だ若い。幾らでもやり直しは出来るんだ。無理にダンジョンに潜って心と体を壊す必要は無いんだぜ。いや、それだけなら未だマシか。組合員のダンジョンでの死に様なんて碌でも無いモノしか無いんだぞ。だから五体満足の内に引き返す事も、これから先も生きていく上で大切な事なんだ」


 一転して温もりのある声色で斗真の将来を慮るオーヴァに対して、しかし此処に来て斗真の心の深い部分に強烈な反発心が生まれた。


(なん、だよ……ふざけんなよくそっ!俺は此処で強く成れなかったら、どのみち魔王に殺されんだよ!)


 斗真は、オーヴァの言葉の何に強い反発を覚えたのかを理解した。


(そうだっ。俺は強くなりたいだけじゃねぇ!強くならないといけないんだ!魔王を殺す為ッ!日本に帰る為ッ!乙女さんとの約束を果たす為ッ!)


 斗真は一度強く目を瞑ると、カッと両目を見開き、ゆっくりとシチューの肉を自身の口へと近付けていく。


(うっ、ぐぅっ……。吐くなっ!食べろ!食べろっ!食べろッ!)


 斗真は、肉が近付く度に強くなる吐き気を必死で抑え込むと、ゆっくりと口を開けて、目の前に持ち上げた肉に齧り付いた。


(うぅぉおぇっ!……ぐっ、うぅっ)


 本来ならば複数の野菜と共にじっくりと煮込まれた事で、繊維がとても柔らかくなり、更に肉と野菜から立ち上る仄かに甘い香りが食欲を増幅させる宿屋自慢の一品の筈が、しかし今の斗真には、べったりと全身に粘りつく様な血の香りと、その腹から零れ落ちたばかりの生暖かい臓物に直接噛み付いたかの様な食感が、その口内を所狭しと暴れ回る想像を絶する一品へと変わり果てていた。


 しかし斗真は、全身から拒絶を示す様に様々な分泌液が流れるのも構わずに、ゆっくりと、しかしはっきりと口内の肉を何度も咀嚼しては飲み込もうとしていた。


「そっ、そんなに無理して食べなくても、いっ、良いんじゃないかな?」


「そっそうよねぇ。チートーマ君だって、初めての探索で戸惑っているだけかも知れないし。次に潜ってみたら意外と何とも無い、なんて事も有るかも知れないしねぇ」


 斗真の様子を見てられないとばかりに、クレナもニーナも顔を伏せながらも、しかし何とか斗真に励ましの言葉を送っていたのだが、其処にオーヴァが口を挟む。


「ニーナ、お前は初めてダンジョンに潜ってゴブリンを殺した時どう思った?」


「どうって、別に……。まぁやったぁ、位は思ったかしら」


「その後、飯を食えなかったりはしたか?」


「いえ、それは無いけど……」


「クレナちゃんはどうだい?自分がモンスターを殺したとして、その時何を感じると思う?」


「えっ?あたし?……う~ん、多分だけどニーナちゃんと同じかなぁ。まだやったこと無いから分かんないけど」


 質問の意図が分からずに思い付くままを正直に答えた二人に対して、オーヴァは更に言葉を紡ぐ。


「そうだろうなぁ。俺もそうだった。俺なんかは初めてモンスターを殺した日の夜に食った飯の美味さも酒の旨さも、未だに覚えてるくらいだ。何よりも達成感が強かったからなぁ。まぁ殆どのヤツはこんなもんだ」


 オーヴァの話に二人は特に違和感を抱かずに頷くと、更に話の続きを促した。


「だが、チートーマや極僅かな例外達は違うんだ。そして俺達には本当の所でソイツらを理解してやる事は出来ないだろう。お前達には分かるか?ゴブリン共を殺して心を痛める者達の気持ちが」


「「………………」」


 二人の沈黙こそが、何よりもの答えであった。


「そうだろう。俺にも分からねぇ。だからそんな俺から伝えられるのは、ダンジョン探索を続ける事の難しさと、それを続けるのか辞めるのかの覚悟を決めさせる後押しくらいなんだよ」


 オーヴァは、未だに口内に残る肉との格闘を続ける斗真に視線を向けると。


「俺も今までに数人程度チートーマみたいなヤツを見た事があったが、結局どいつもこいつも碌な目に遭ってなかったからなぁ。覚悟を決めきる前にダンジョンで死んだヤツなんかは未だマシな方でな。体の部位を失ってようやく覚悟を決めたヤツの末路なんざ、それは悲惨なモンだったぜ。五体満足でも厳しい探索にモンスターへの復讐心のみで潜って行くんだ。誰も側に寄り付かないし、ソイツもただ、死ぬまでダンジョンでモンスターを殺し続けるだけだったからなぁ」


 オーヴァが語った見も知らぬ人の凄惨な最期を想像した二人は、思わず斗真に視線を向けた。


「チートーマがそうなるかは分からねぇが、少なくとも本当の意味で覚悟を決めきれないと、遅かれ早かれそうなる可能性は高いだろう。特にチートーマは単独で潜ってる訳だしな。だが誰だって知り合いをそんな目には合わせたくないもんだ」


「「………………」」


 オーヴァの言葉に何を想像したのか、二人は俯き黙り込んでしまった。


「俺は、そんな、事には、ならねぇ!」


 そんな静まり返った食卓に、斗真の途切れ途切れの言葉が響く。


 斗真は一旦服の袖で顔の全体を拭うと、視線を向けてきた三人に見せ付ける様に、シチューの肉を次々と口に含んでは、しっかりと噛み締めてから飲み込んでみせた。


「オーヴァさん。ありがとうございます。コレで俺も本当の覚悟ってヤツを決められそうです」


 斗真はそう言いながら、次々と目の前の料理を綺麗に平らげていった。


「そうかい。お前さんはそこまでダンジョン探索に懸けるか」


 オーヴァは斗真の様子に顔を綻ばせるとそう呟いた。


「はい。俺は今、はっきりと決めました」


 オーヴァの呟きを聞き取った斗真は、食事を止めて顔を上げると、決意を込めた表情で一つの誓いを立てた。


「俺は、この求道迷宮を討伐します」


「「「………………」」」


 淡々とした然れど途方も無い熱量の篭った言葉と共に、その全身から発せられた覇気に当てられた三人は思わず生唾を飲み込むと、言葉も無く只々斗真を見つめ続ける事しか出来なかった。


「だから明日も色々と出歩くので、今日はこれで失礼します。オーヴァさん、今日は夜遅くに食事の用意をしてくれてありがとうございました。美味しかったです御馳走様でした。それと、色々な話も聞かせて貰って為になりました。良ければまた聞かせてください。それじゃあ三人ともお休みなさい」


「おっおう。どう致しまして?」


「「おっ、お休み」」


 斗真は全ての料理を平らげると、困惑する三人を置き去りに、とっとと自室へと戻り着替えを済ませてから明日に備えてベッドに潜り込んだ。

 ベッドで目を閉じて睡魔に身を委ねようとしている斗真に、待ってましたとばかりに先程と同様に大量のゴブリンやコボルト達がその姿を現したのだが。


「ハッ!夢の中までご苦労な事だな。良いぜっ。一晩中テメェらを殺し続けてやるッ!俺が今更引くと思うなよッ!」


 既に斗真は、モンスター達の凄惨な死に様に動揺する事は無く、それどころか積極的に夢の中のモンスター達に襲い掛かっては、その身体を引き裂き地獄とも言うべき光景を作り続けた。


(最善を尽くすッ!最善を尽くすッ!最善を尽くすッ!俺は必ず約束を果たすッ!)


 斗真はその夜夢の中で戦い続け、積み上げたモンスターの亡骸の山の頂上で、自身が生み出した地獄をその目に焼き付けた。

 その結果斗真は、眠っていたのに一睡もしていない様な状態で、次の日を迎える事となった。


 斗真はその夜以降、生き物を殺す事に躊躇いを覚えなくなっていた。


「う、うぅぅぅん。……全然寝た気がしない」


 翌朝目覚めた斗真は、開口一番率直な感想を漏らした。


 斗真は、眠気を吹き飛ばす為にも浴室へ行き一通りの身支度を終えると、寝汗で濡れていた服を着替えてから装備品の全てを身につけた。


「くっせぇなこの防具!マジか。コレ昨日の俺もこんな臭いをさせてたって事だよな」


 斗真は、先日のダンジョン探索中に一切防具の手入れをしていなかった為、革鎧からは斗真の汗とモンスターの返り血で鼻から目にかけて強く突き刺す様な鋭い刺激臭と、鼻腔から舌にかけてネットリと纏わりつく様な重たい腐臭が漂っていた。


「はぁ、今日は一旦屋敷に帰って新品の革鎧を取ってくるか」


 斗真は、頭の中で今日一日の行動予定を立て始めた。


(まずは組合に行って換金するよな。その後屋敷に戻って色々持ち出すか。それで足りない物は残った時間で買いに行くって感じかな。取り敢えず荷物は預かっておいて欲しいから、今日の分まで宿泊費を払っておくか)


 大体の予定を立て終えた斗真は、銀貨を20枚ほど財布に移し替えると、リュックを背負って部屋から出ると朝食を食べる為階下へと降りて行く。


「おう!チートーマお早うさん。どうやらちゃんと起きられた様だな」


 階段を下りきった斗真を、朝から元気なオーヴァの挨拶が出迎えた。


「お早う御座いますオーヴァさん。昨日は色々とありがとうございました」


「ハッハァ!宿屋のおっさんの戯れ言さ。しっかり考えて覚悟を決めたのは、お前さん自身なんだ。胸を張って頑張んなぁっ。どれ朝食を持ってきてやろう」


「ありがとうございます」


 オーヴァは、斗真の顔付きを見て安心した様な表情を浮かべると、機嫌も良さそうに朝食を取りに厨房へと向かった。

 斗真は、オーヴァに感謝を告げた後、昨夜と同じテーブルに着いて待つ事にした。


「おっ、お早うっ!チートーマっ!」


 斗真が席に座り少し経った頃、二階からクレナが慌てた様に降りてきた。


「あぁ、クレナか。お早う」


 クレナも昨夜と同様に斗真と同じテーブルに着くと、斗真の顔色を窺う様に幾度も視線を向けては、特に何も言い出さないままに俯いていた。


「「………………」」


 二人は特に会話をする事無く、朝食が運ばれてくるのを待っていたのだが。


「あっあのさ、チートーマは今日どこに行くつもりなの?」


 突然顔を上げたクレナが、意を決した様な表情を浮かべながら口にした問い掛けに、斗真は特に隠す事無く本日の予定を告げる。


「あぁ、今日はまず組合に行ってから、私物を取りに屋敷に戻って、その後はまぁ、武器とか防具なんかを見に行けたらって感じかな」


「そうなんだ。……もっ、勿論ダンジョン組合も武具屋も知ってるから、バッチリ案内してやるぜっ!」


「えっ?でも組合の場所も知ってるし、屋敷の場所……あっ!そう言えば此処から屋敷の場所への行き方なんて覚えてねぇぞ!」


 斗真は、この宿から組合やダンジョンの入り口までの道のりは、ハッキリと覚えていたのだが、この宿から屋敷までの道のりに関しては全く記憶に残っていなかった。


「……屋敷って、普通にお家って言えば良いのに。それならあたし達が出会った場所まで行けばどう?」


「出会った場所?……あぁ、あそこかぁ」


 斗真は、初めてクレナに話し掛けられた場所を思い出しながら、そこから屋敷までの道のりを脳内に描いてみた。


「ん~、まぁ、少なくとも此処からよりは分かるかも知れないか」


 斗真は、屋敷までのハッキリとした道順を思い出す事は出来なかったのだが、それでもこの宿屋から一人で戻るよりは、屋敷に辿り着ける可能性は十分に有ると思えた。


「じゃっ、じゃあダンジョン組合に行った後は、あそこに案内すれば良いんだなっ!」


「あぁ。でも組合までは一人で行けるからクレナは此処で待っていても良いぞ」


「ッ!行くよっ!あたしも一緒に行くっつうの!」


「おっおぉ、そうか」


 斗真は、クレナの剣幕にドン引きすると端的な言葉のみでクレナの同行を了承した。


「ハッハァ!待たせたなご両人!クレナちゃんもお早う!コレが今日の朝食だぜ!」


「はいは~い。今朝は私の自信作だから、味わって食べてねぇ」


 気まずい空気が流れていた二人の空間を叩き割る様に、オーヴァとニーナの宿屋親子が、二人の朝食を持ってやってきた。


「おっお早う!オーヴァさん、ニーナちゃん」


「お早うニーナ」


「はいは~い。二人ともお早う~。ささっ。冷めない内に食べて食べてぇ」


 朝の挨拶もそこそこに、ニーナは二人の前に皿を並べると、未だ湯気が上る料理を指差しながら二人に食事を急かした。


「じゃあ、頂きます」


「ッ!美味しい!スッゴく美味しいよニーナちゃん!」


 斗真の横では、既に大口を開けて皿の料理を貪る様に食べていたクレナが、満面の笑みを浮かべながらニーナの自信作を絶賛していた。


 斗真は、目の前にある皿に載った、どう見てもホットドッグといった料理に手を伸ばすと。


(……あぁ。本当にもう大丈夫なんだな)


 昨夜と違い料理を目の前にしても、自身の体に空腹以外の何も湧き上がってこない事を認識した途端に、クレナと同様に大口を開けてホットドッグに齧り付いた。


「……うん!美味いなぁコレ。最高だよ」


「ホントっ!?良かったぁ。まっまぁ私の自信作だからね!当然だよねぇ!」


「うん!ホントに美味しいよっ。ニーナちゃん!」


 斗真は、はしゃぐクレナとニーナをよそに、昨夜と違いしっかりと料理の味を感じる事が出来る様になった食事を心から堪能していた。


「さて、食事も終わったから、組合に行って換金してくるか」


「うん!お金いっぱい貰えるといいねっ!」


 食事を終えた斗真とクレナは、ダンジョン組合に向かうべく準備を始めた。



是非ともまた、お越しください。

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