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第29話 『終息と黒幕』

「はあはあ…………勝った……」


 ふっと力が抜け、両膝を地面に付ける。お願いだから、もう立ち上がらないで欲しいわ。

 流石に私の体も限界だから。他の戦況はどうなっているの?

 兄上は……あ、後二人だ。もう少しで制圧し終えそうね。

 朱莉と薫流は? 観覧席を見回してもそれらしき姿が見えない。おそらく、通路の方の救援に向かったのかもしれない。


 さて、杖も回収しないといけないし、岸君の様子も見に行かないといけないよね。

 呼吸が荒いまま、私は立ち上がって岸君の所へ向かう。……ああ、体が痛い。

 彼は崩れている壁に埋もれるようにして倒れていた。その近くに杖も落ちていたので、拾ってボロボロの体を支える。


「……うぐ、俺は……?」


 がらん、と瓦礫(がれき)を押しのけるようにして岸君が上体を起こす。


「はあ、はあ……大丈夫、岸君?」

「朝日奈? 一体、俺は何をして――って、その傷っ! 大丈夫なのか!?」

「もしかして、何も覚えていないの?」

「何も――ッ! 頭が痛い……何だ、この痛みは」


 彼から黒い練気の気配は全くない。私が倒した時点で抜けた可能性が高いわね。

 それを示すように彼の黒くなっていた髪は白に戻っていた。

 これは前回の世界でいう翔の時と同じ状況という事でしょうね。おそらく、他の人たちも与えられた黒い練気は多くはないのでしょうね。


「無理、しない方がいいわ。少し休んでいて、岸君」

「ああ、すまない。それとありがとう、朝日奈。状況は分からないけど、君に救われたのは間違いないだろうからね」


 にこっと優しく微笑む白髪の少年。もう大丈夫そうね、良かったわ。


「葵!」

「兄上」

「結構……ボロボロだな。ごめんな、お前の方に行けなくて……」


 兄上がやってきて、私を心配してくれる。どうやら上級生たちには勝てたようね。

 申し訳なさそうにしているけれど、私からすれば、心配してくれるだけで嬉しい。


「大丈夫です、私が言った事ですから。その、兄上も苦戦していたようですが、何か理由があるのですか?」

「あー、それか。話は通路の方に行きながら話そう。他の皆の事も心配だからな」

「はい!」


 私は返事をした所で、岸君を置いたままなのを思い出して、彼を見る。


「俺は大丈夫だよ。朝日奈は朝日奈がやるべき事をやって欲しいな」


 彼がそう言ってくれたので、私は兄上と一緒に行く事にした。兄上は岸君に対しては何も言わずに歩き出す。

 私は痛む体を無視して、さり気なく兄上の隣を歩く。

 闘技場から観覧席に上がって通路へと入っていく。闘技場の出入り口から入ってもいいけれど、朱莉たちがどこにいるかは分からないものね。

 それなら、彼女たちが入っていった通路の方から向かった方が良いだろうという判断。


「葵、さっきの話だけどさ」

「はい、何があったのですか?」

「俺の動きが完全に読まれていたんだよな。俺がどこでどう動くかって事が細かくさ。風を使って薙ぎ払おうとしたんだけど、向こうにも風がいてさ、相殺されたりと……まあ、完全に対策されてたっていうのかな」


 兄上を対策……それも発現したばかりの事象系練気“風”の対策もされている。普通に考えればありえない事だ。

 しかし、そういう事であれば、あの苦戦も納得できるわね。

 どちらにせよ、相手は兄上の力を詳細に知っている? それはつまり……


「葵?」

「あ、すみません。少し考え事をしていました」


 判断材料が少ないので断言できないし、私も相手の事は意外と知らないのよね。とりあえず、この話は頭の片隅において置きましょうか。

 そして、私たちは円形闘技場の出入り口までやってくる。そこには観覧席で校内戦を観ていた生徒たちと朱莉たちがいた。

 そこに戦闘の気配はなく、あちこちに黒い練気を纏っていた生徒が倒れているのが分かる。


「兄さん、葵、闘技場の方は終わりましたか?」


 私たちが来たのを察してか、薫流と望海がやってきた。二人ともかすり傷はあるものの、目立った外傷はないわね。


「ああ、終わったよ。で、まだその壁はどうにかできないのか?」

「それがっすねー、その壁は練気を吸収するんすよ」

「やっぱりか……葵、ちょっと見てくるよ」


 私は頷きで返事をする。兄上が薫流、望海と一緒に透明な壁に向かうのと入れ替わるように朱莉と桃花がやってくる。

 薫流と望海同様、二人とも傷らしい傷はなかったので安堵する。もちろん、信じていたわ。


「大丈夫、葵? かなりボロボロだけど……」

「葵ちゃんと岸君の戦いは激しかったからね。私たちが戦ってた相手とは比較にならないぐらいにねー。で、大丈夫なの、葵ちゃん?」

「ええ、まだ体は痛むけれど、大丈夫よ。後はゆっくり休むしかないわね」


 正直に言うと、兄上の手前、無理をしていたのは否定できない。今も杖で自分を支えていないと倒れそう。

 でも、それが兄上にバレれば間違いなく、あの場で休めって言ったに違いない。

 だから、私はそれを隠して兄上に付き従った。体力的にも精神的にも疲れているからこそ、兄上の近くにいたかった。

 全く難儀なもよね…………



 ――その時、円形闘技場が揺れた。



「うわっ! なに!?」

「朱莉、小さな揺れだから、慌てなくても大丈夫よ」


 いきなりで驚いたけれど、揺れ自体は大したものではなかった。

 それよりも兄上たちが向かった方で強い練気を感じたのだけれど……


「あ、葵、朱莉!」


 桃花が指差す方を見ると、透明の壁が徐々に消えていくのが分かる。

 先程の揺れと感じた練気を考えると……兄上かしら?


「壁が取り払われたって事ね、兄上が何かしたのかも――」


 透明の壁が消えたのと同時に、円形闘技場から飛び降りてきたと思われる黒い何かが走り去っていくのが見えた。

 気が付けば私の体は動いていて、その黒い影を追っていた。


「えっ、葵ちゃん!」

「ごめん! 後で話すわ!」


 あれが黒幕ならもしかして――

 向こうの足はそこまで速くないようで、体の節々が悲鳴を上げている私でも練気を纏えば追い付けるレベルだった。

 黒幕と思われる人物は、黒いフードに黒衣という全身を黒で統一していた。


「待ちなさいッ!」


 私が鋭く声を発すると、その人物はぴたりと動きを止めた。


「やれやれ、まさか追い付かれてしまうとは……いや、そもそも君があそこまでの戦い方をするとはデータになかったのだがな」


 私に背を向けたまま話す声は女性のように思える。そして、その口振りからは私の事を知っているように感じた。

 そして、私が探していた人物ではない事も分かった。


「貴方は何者ですか? どうして、黒い練気を扱えるのですか!」

「ほう、黒い練気について多少の知識があるのか……立花君が話したのかな?」


 この人、兄上を知っている? 本当に何者なの。ここで捕まえる必要がある。


「いいえ、兄上は関係ありません!」

「何? まさか……」


 彼女がこちらに振り向いた。素顔はフードで分からないものの、私を射抜くその瞳には理知的な光が宿っていた。


「ああ、そういう事だったのか。これは想定外だよ。でも、あはは! これは楽しくなってきたじゃないか! 少しこの作業も怠惰に感じていた所だったのだよ!」


 急にフードの女性は笑い声を上げる。その声は気味が悪かった。

 人を人とも思わないようなそんな響きがある。


「まあ、確認は必要だね。それでは失礼するよ」

「私が逃がすと思っているのですかッ!」


 彼女の足を止めるために氷の(つぶて)を彼女の足元に放つ。足を凍らせてしまえば逃げる事もできないでしょう。


「無駄な事を……」


 しかし、彼女の前に突如として透明な壁が現れ、氷の礫が吸収されてしまう。


「これは!」

「やはり、君は知っているんだね。さて、流石の私も立花君相手では厳しいから失礼するよ」


 そうして、黒フードの人物は走り去っていく。


「ま、待て――」


 ぐらっと視界が歪む。今、練気を使ったのがいけなかったのかもしれない。

 足から力が抜け、棒が倒れるように前へと私の体が落ちていく。


「……い」


 誰かに抱きかかえられる感覚。誰だろう、でもとても安らぐ感覚。

 ああ、このまま眠ってもいいかな、わ、た、し…………………………


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