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第30話 『整理と至福』

 目蓋が重くて、目が開けられない。そして、体は程よい倦怠感に満たされていて、ずっとこのままでいたいと思わせる。

 私、今どうしているの? 自分の状態が把握できない。分かる事と言えば、寝かされている事だけ。

 だから、起きるべきだと脳は主張する。でも、体がそれを拒否している。

 惰眠(だみん)(むさぼ)るが如く、私の体は微睡みに興じている。


 起きるべきだろうか、起きないべきだろうか……

 ――ん、頭が気持ちいい……。何だろう、これ。誰かに触られている?

 これを確認するためにも起きないといけないよね。


 うん、決めた。起きよう。


「……ん、あ、あれ、あに、うえ?」

「え、あ、葵!? 起きたのか!」


 目を開けると、そこには兄上がいた。今、物凄い勢いで、手を後ろに回したようだけれど、何かしていたのかな?

 それに視線も私ではなく、あらぬ方向を見ている。


「あにうえ?」

「いや、何でもないぞ、ナンデモナイ」


 明らかに挙動不審の兄上。何かを隠しているのかもしれないけれど、わざわざ詮索する必要もないかな。

 そして、鈍っていた頭も徐々にはっきりして、周りの状況が目に入ってくる。

 ここは保健室みたいだ。薬品の匂いが鼻につくので、すぐに分かった。でも、兄上以外は誰もいないみたい。


「兄上、保健室の先生と皆は?」

「ああ、保健室の先生は倒れた生徒たちを()に行ってるよ。俺たちの側で倒れるぐらいに疲れているのは、葵だけだったからベッドを借りているって感じだ。それで皆も闘技場の方へ行ったよ、何か手伝えることがあるんじゃないかってさ。俺も行こうとしたんだけど、葵についてやってくれって皆に言われたから」

「そうなのですね……ありがとうございます」


 皆、気を利かせてくれたみたいね。私の兄上に対する想いを全て曝け出しているせいか、皆、積極的に私と兄上の仲を取り持とうとしてくれている。

 私が望んでいたものとは違うけれど、素直に彼女たちの気遣いには感謝――今、気が付いたのだけれど、もしかして私、兄上と二人きりなの!?


 頭も働いていなかったせいか、全然意識していなかったけれど、これ私にとってはすごい状況よね?

 はう……すごく恥ずかしいわ。――ちょっと待って……今まで兄上は側にいてくれたのよね? という事は寝顔も見られていたという事……私、兄上に無防備な姿を――


「――う、うわああああ! は、恥ずかしいっ!」

「え、葵、急にどうかしたのか?」

「へ、あ、聞いて、やああああっ!」


 無意識のうちに声に出していたようで、兄上にそれを聞かれてしまった。

 恥ずかしすぎて、顔を両手で隠してベッドに潜り込んでしまう。でも、羞恥心からもぞもぞと体は動いてしまう。

 うう……これは当分、収まりそうにないかも……



***



「す、すみません……」

「いや、大丈夫だよ…………わい………………らな」

「最後に何か言いましたか?」

「いや、何も言ってないよ。それより、もう体は平気か?」


 私が悶え始めてから十数分。その間、私はずっとベッドでもじもじ葛藤していた。

 そして、心が落ち着いた所でベッドから顔を出して上体を起こし、現在に至る。

 兄上は私が痴態を晒したというのに、普段通りに接してくれる。変に気遣っている訳でもなく、ね。本当に優しい人だ。

 

「動かせる程度にはなってきました」

「そうか、それは良かった。それなら、少し今回の事を整理しておきたいんだが、いいか?」

「はい、私でお役に立てるなら」


「じゃあ、整理していくぞ。今回の事件は『半神隠し』に端を発すると見て間違いないな」

「はい、黒い練気を纏っていた生徒たちの中には私たちと同じクラスで、『半神隠し』に遭った人がいました。その辺りは吹雪先生に確認すれば明らかになると思います」

「なるほど。『半神隠し』に遭った人の共通点は分かるか? 俺も一応の検討はつけているんだけどさ」

「共通点……」


 私もそれについては考えていた。

 『半神隠し』に遭った人たちの大半は私たち五人に告白し、振られてきた人たち。でも、それ以外の人も『半神隠し』に遭っていた。


 黒い練気は、負の感情に起因する。

 そして、その被害者の一人、風祭彩矢も彼女の双子の妹である風祭真矢への嫉妬や劣等感という負の感情を爆発させていた。

 吹雪先生は『半神隠し』に遭った人は何か意識的な変化があると言っていた。闘技場での状況を考えると、黒い練気を与えれた人は意図的に負の感情を抑えられていた可能性があるわね。

 つまり――


「おそらく、何かしら負の感情を抱えていたのではないでしょうか?」

「たぶん、そうだと思う。あの黒い練気は負の感情に影響を与えるからな」

「そうなのですね」


 知ってはいるけれど、話は合わせておく。


「さて、『半神隠し』が一年生に集中したのはおそらくお前たちへの告白が原因だっただろうな」

「そうですね……」


 私たちに非がないとはいえ、少し罪悪感は覚えてしまうわね。


「さて、問題はここからだろう。黒い練気を用いての目的だな。ただ暴れるだけが目的だったのだろうか」

「それだけではないと思いますが……おそらく黒幕にしか分からないと思います。岸君もただ暴れていただけのように感じていました」

「黒幕……か。葵が追っていた奴だよな? どんな奴か分かったか?」


 聞かれると思っていた事だけれど、私は眉をひそめる。


「すみません……フードで顔を隠していて全く分かりませんでした。ただ、練気吸収フィールドを――」「お前、練気吸収フィールドの事を知っているのか!」


 両肩をぎゅっと掴まれ、私は顔を歪めた。それぐらいの勢いだった。


「あ、ごめん! 痛かったか?」

「いえ、大丈夫です」

「ほんと、ごめんな。お前が練気吸収フィールドって言葉を知っていたからさ」


 そうか、練気吸収フィールドは普通知られていないものだったわね。

 ちょっと墓穴を掘ってしまったかしら……


「えっと、練気を吸収すると聞いたので、そのような名前ではないかなと……」

「ああ、なるほど。そうだな、かなり安直な名前だしな。そう、あれは練気吸収フィールドって言うんだよ。間宮かさねっていう流箭の里の人が制作したものなんだけど、それをその黒フードの人物が使っていたのか?」

「はい。それと兄上の事も知っていたように感じました……もしや、その間宮かさねさんという方だったのでしょうか?」


 練気吸収フィールドの名前を知っていた事については、誤魔化せたようね。

 私は間宮かさねという人について詳しくはないけれど、練気吸収フィールドはその人が開発したものだと考えると、黒幕はその人で間違いないのではないだろうか。


「なるほどな。もし、黒幕がかさね先輩だと仮定すれば、その目的は何かのデータの収集だな」

「という事は、何かの実験だったという事ですか?」

「その可能性が高いだろうな。結局、何が目的かは分からないけどな」

「そうですね……」


 これでひとまず今回の闘技場の事件については整理し終えたかしら。

 と言っても、何の解決にもなっていないのだけれど。


「さて、ありがとう、葵。お前のおかげで大体整理出来たよ。と言っても、何か対策が立てられる訳じゃないけどな」

「そうですね……できる事とすれば、もっと起きた出来事に敏感になっておく事でしょうか?」

「だな。それにしても……葵、今回はお疲れ様だったな」


 そう言って、兄上の手が私の頭に伸びてきて撫でてくれる。

 あ、これだ。先程頭に感じていた気持ちの良いもの。兄上が寝ている私の頭を撫でていてくれたのね。


「いえ、私は私ができる事をしたまでですから。ん、兄上、気持ち良いです」


 上目遣いに兄上を見ながら言う。少しあざといかもしれないけれど、二人きりだからアピールはしておかないとね。


「そ、そうか。もう少し撫でていいか? 俺も葵の髪触っていると気持ちがいいし」

「はい、一杯撫でてください」


 兄上もまんざらではない様子だったので、私は思いっ切り兄上へ体を傾ける。

 一瞬、驚いた顔をしていたけれど、私の行為を受け入れ頭を撫で始めてくれた。

 気持ち良い……兄上にこうされるのは本当にいい。

 少しイケナイ気持ちにもなるわね。二人きりの保健室で、こうして頭を撫でられているというのは。


 兄上に撫でられながら、時間は静かに過ぎていく。私にとっては至福の時間。

 校内戦は激しい戦いの連続だったけれど、兄上とこうした時間を過ごす事ができた。

 今のは私の顔はとてもとろけているのでしょうね。


「兄上……」

「何だ、葵?」




 ――好きです。




「――い、いえ! 何でもないです」

「そうか……」


 はあ……まだ想いを告げる勇気はないわね。

 でも、少しは私を対等に見てもらえたでしょうか、兄上?

 私、貴方に見てもらえるようにもっと頑張らないと! 私の恋はまだまだ始まったばかり。

 兄上、貴方の心を必ず射止めてみせます!



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 ♡龍の葵への恋愛レベル:気になる後輩妹分♡




第一章 校内戦激闘編 完


次回 第二章 黒天星学院来訪編 に入ります。


次章から更新は不定期になります。よろしくお願いします。

もし、下記のリンク先にある拙作を読んでいない方がいらっしゃれば、この作品をより楽しめると思うので、是非読んでみてください。


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