第28話 『氷華と氷柱牙』
「ウオオオオッ!」
黒氷の剣山を越える高さで跳躍した岸君は、黒氷長剣を上に掲げそのまま黒氷の剣山に叩きつけた。
剣山が岸君の触れた部分から一気に割れていき砕ける。剣山の一部があっさりと崩壊し、多くの巨大な黒氷片が宙を舞う。
しかし、何かがおかしい。いくら巨大な剣山の一部を破壊したとはいえ、砕けた黒氷片が宙に滞空し続けるなんて。
そう思っていた、次の瞬間――巨大な黒氷片群が鋭利な部分を私に向け、飛来してきた。
それは“氷連槍”にも似た光景。しかし、私の“氷連槍”はまだ練気を注ぎ込まないといけない。
向かってくる黒氷片。小さな氷片は氷杖を振って打ち砕き、巨大な氷片は氷杖を合わせ受け流していく。
「マダマダァァァァッ!」
――咆哮。
獣にも似たその叫びによって、岸君の動きがさらに速くなり、黒氷の剣山を粉砕していく。
そして、目の前には捌き切れない程の氷片が生まれる。これを受けてしまえば、たとえ耐え切ったとしても敗北がちらつく。
でも――
「こちらも準備ができたわ! “氷連槍”ッ!」
何とか練気を注ぎ終える事に成功し、氷杖を上に掲げ、岸君に向けて振り下ろす。
上空に浮かんでいた、人間大の氷玉からは氷槍の雨が降り注ぐ。それらが岸君の生み出した黒氷片とぶつかり合う。
氷片は対象を私ではなく、降り注ぐ氷槍の雨に切り替えたようだ。
氷と黒氷が空中でぶつかり合って、綺麗な音色を響かせる。闇に染まったとはいえ、氷である事に変わりはないものね。
岸君は何度も何度も黒氷の剣山を破壊して、弾丸となる氷片を形成していく。よって、私には全く目を向けていない。
これはチャンスだ。私は静かに闘技場から観覧席に上がる。岸君がいるのは私が今いる位置から反対側。
本当は闘技場を直線に進むのが最短距離。でも、そこにはまだ黒氷の剣山が少なからず残っていて進むのは困難。
さらに岸君に気が付かれると、対象が私になる可能性があるし、彼自身が攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
折角、彼が私を見ていないのだから、活かさないともったいないでしょう。
それにしても、少し高い所から見ると、すごいわね。先程から連続で叩きつける事で、半分は消えているものの、闘技場全域に黒氷の剣山が広がっていたのが分かる。
さて、目下の光景を見ている場合ではないわね。彼はまだ剣山を砕きながら“氷連槍”に対抗している。その隙を衝かなければ。
円形の観覧席を彼に向かって動き始める。黒い練気に呑まれた生徒による破壊活動によって、ぼこぼこと所々くぼんでいる観覧席は動き辛い。
だから、平坦な道を選んで進んでいくと、観覧席を上がったり、下がったりしなければならなかった。
途中、観覧席から外へ出る通路の出入り口を通り過ぎた。そこからは生徒たちの悲鳴のようなものと、望海と桃花の声が聞こえてくる。
――頑張って、望海、桃花。ここは二人に任せる。
すり鉢状になっている観覧席の最上部では、朱莉と薫流が戦っているのが見える。二人とも苦戦している様子は見られない。
――頑張って、朱莉、薫流。二人を信じて、敢えて声は掛けずに走り抜ける。
そして、私の進行方向では兄上が戦っていた。どうやら、十人のうち二人を倒す事には成功しているみたいだ。
どうしてここまで苦戦しているのだろう。話を聞いてみたい所だけれど――
「――兄上、頑張ってください」
「――葵もな」
そんな時間はない。だから、私は兄上の側を全力で駆け抜けた。その時に軽く言葉を交わす。
兄上の相手をしている上級生たちは、私には目もくれずに兄上だけを見ていたので、何の妨害もなく抜ける事ができた。
邪魔されれば危なかったかもしれない。
私は岸君の背後にやってくる。彼はまだ“氷連槍”の対処中で、こちらに気が付いていない。
観覧席の縁から氷杖を岸君の背中に向けて、氷の礫を形成し始める。
静かに、静かに、練気を注いで作り出す。そして、大きく鋭利な氷の礫ができる。
狙いを定め、岸君が黒氷の剣山を叩いたその瞬間に放った。
放たれた氷の礫は加速し、一直線に岸君の背を目指していった。
「グハッ!」
そして、当たった事を示すように彼が声を上げ、つんのめるようにまだ残っている黒氷の剣山に激突した。
私は観覧席から闘技場へと降り立ち、彼の下へ向かう。これで終わりだとは思っていないから。
“氷連槍”も打ち尽くしてしまったので、また氷玉を空に打ち上げて仕掛けておく。
「アサヒナァァァァッ! オオオオォォオオォォッ!」
闘技場に轟く岸君の声。一体どこからこれ程の声が出るのかというぐらいの耳をつんざくような大声。
私は油断なく氷杖を構えると、地面がへこむ轟音と共に岸君が飛び出してきた。
彼は黒氷長剣を前に立てたまま、氷杖を押し潰すように体当たりしてきた。練気を体に注ぎ込む事で、膂力を上げそれを耐える。
それでも、じりじりと押し込まれるのは彼の方が多く練気を注いでいるからか、それとも私が上空の氷玉に練気を注いでいるからか。
「アサヒナ、アサヒナ、アサヒナァァッ!」
私の名前を連呼する彼の顔には、理性というものが感じられない。本能のままに動く獣のようだ。
黒い練気が彼を呑み込みつつあるのだろう。早く勝負を決めないといけないかもしれない。
彼と押し合っている中で、たん、と片足を鳴らす。
それは地面に練気を伝える合図。しかし、岸君はそれに気が付いていない。
「岸君、油断大敵だよ!」
「ナニ? グアアアアッ」
岸君の足元から鋭利な氷柱が突き出る。そして、彼を一気に空まで打ち上げた。
そこへ杖を掲げて、氷槍を連射する。空中で無防備になった岸君へ次々と氷槍が突き刺さる。
鮮血が空から降ってくる。でも、黒い練気を纏っているからだろう決定打には至っていない。
その証拠に――
「ナメルナァァァァッ!」
空中で自身を独楽のように体を回転させ、全ての氷槍を消し飛ばす。
それから、回転を緩めずに私へ向かって突っ込んでくる。彼の前に氷の壁を展開し、その攻撃を防ぐ。
しかし、黒氷長剣が連続して氷の壁に当たり、ひびが入る。私は氷の壁に限界を感じ、身を投げ出すように前転した。
氷の壁が砕け、私が今まさにいた場所に回転する長剣が突き刺さった。
「はあはあ……」
命力にはまだ余裕があるものの、先程の一撃が思っていた以上に疲労を蓄積させている。そもそも、望海と戦った後なのだから、厳しいのは間違いないのよね。
彼の一撃は重い。本当に兄上と同じような体型のはずなのに、どこからここまでの力を――はあ……考えるまでもないわね。
ともかく、まともに防ぎ続けていると私の体力が持たないという事ね。
なら、ここはスピード勝負! 氷杖にさらに練気を籠める。
今度は私から突っ込む。岸君は今の回転で少し息を荒くしている。
私の接近に気が付き、黒氷長剣を構えようとするが、その動きは怠慢。
「遅いッ! せいッ、すぅ…せやあッ、せええええいッ!」
彼の長剣をすり抜け、彼の肩を強打し、腕を引いて脇腹へ打ち放ち、流れるように逆袈裟に氷杖を振り抜いた。
「グガアアアアッ」
怒涛の三連撃。兄上と戦っていれば、いやでも身に付く動きね。淀みのない連続攻撃。
それによって、岸君はふらふらとし足元がおぼつかないでいる。
決めるなら今しかない!
「これでええええッ!」
氷杖を両手で持ち、無防備な状態の岸君の懐に踏み込んだ。そして、体を大きく捻って力を溜め、練気を氷杖に注ぎ込む。
相手が何もできないからこそ、私もここまでの隙を晒す事できる。
だからこそ、これが決めれば私の勝ち――貴方をこの呪縛から解放してあげる。
その時、岸君の目が大きく見開かれ――
「ウオオオオオオオオッ!」
――絶叫。
がんがんと耳に響き、ぐらぐらと脳を揺さぶる怒声。それによって私は動きを完全に止めてしまった。
そこへ唸りを上げて岸君の長剣の一撃が飛ぶ勢いで腹に突き刺さる。
「――ぐぅぅぅぅッ!」
口の中に鉄の味と気持ちの悪い味が広がる感触。そして、私はボールのように地面を跳ねて転がった。
やっと動きが止まった所で、土の味がじんわりと口の中に広がる。
私は休みたいと叫ぶ体に、鞭を打って立ち上がる。体が重い……今のは流石に効いたな。
――でも、何となく分かる、岸君が限界に近いって事をね。
だから、ここで押し切る! 時には無理を押し通してでも行くしかない。――兄上ならきっとそうするはずだからッ。
「ああああ、ああああああああッ!」
こちらも負けじと咆哮。
叫ぶ事で無理矢理にでも体を動かす。そして、岸君に向けて、杖を突き出し氷の吹雪を放つ。
「さらに“氷連槍”ッ!」
杖を持っていない手を上に伸ばし、先程仕掛けてあった“氷連槍”を放つ。
“氷連槍”と氷の吹雪の合わせ技。薫流を追い詰めたこれなら。
「ガアアアアッ」
「えっ、まさかッ!」
氷の吹雪を避けるように岸君が上へと大きく跳躍した。嫌な予感に急かされるように彼の動き追うと、向かった先は彼の頭上に浮かんでいた“氷連槍”の氷玉。
すでに放たれ始めている氷槍の雨を、彼の纏っている黒い練気に全て弾かれていく。そして、氷玉を手に持った黒氷長剣で斬り裂いた。
空に星のように氷の破片が散っていき、練気の粒子となって消えていく。
「そんな……」
――“氷連槍”が破られた。その事実は私の心に強い衝撃を与える。
そして、氷玉を斬った岸君は重力に従って落ちてくる。しかし、彼は両腕を上に伸ばしていた。黒氷長剣に黒い練気がさらに注ぎ込まれているのが分かる。
きっと、先程の黒氷柱群が放たれる。あれをまともに食らえばきっと死が待っている。
でも、私はこんな所で終われない。まだ私はあの人に何も伝えられていない。
だから――
「私は負けないッ! “氷連槍”がダメなら、これでッ!」
氷杖を持った右手を高く突き上げ、杖を回し始める。杖にありったけの練気を注ぎ込む。
すると、氷杖を媒介に両端からさらに氷が伸びていき、刃が形成され双刃となる。
回転スピードをさらに上げ、唸りを上げ始める氷双刃。
「アサヒナァァァァッ! “アイシクルゥゥバイトォォォォ”ッ!」
落ちてきた岸君が落下の勢いを利用して、強く長剣を地面に叩きつけた。先程とは比べ物にならない程の巨大な黒氷柱群が、地面が隆起したかのような勢いで襲い掛かってくる。
「終わらせるッ! 全てを薙ぎ払えッ! “氷華”ッ!」
右腕を限界まで引き絞り、迫りくる黒氷の絶壁に向かって氷双刃を投げ放つ。
放たれた高速回転する氷双刃はまるで巨大な氷の華のように――
――黒氷の絶壁をいとも簡単に斬り裂き、岸君に炸裂する。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
岸君の断末魔の叫びが闘技場に響き、“氷華”は彼ごと闘技場の壁に突き刺さった。




