第27話 『慣れと破壊』
――どくん、と心の奥底で蠢くものがある。
相手が黒い練気を纏っているからなのは、言うまでもないわね。さらに言えば、私へ向けて放たれているからこそ、強く反応しているのでしょう。
だから、実感してしまう――私の中にそれがあるという事を。
でも、大丈夫、私が望まない限りは私の中から出て来る事はない。
「朝日奈ァァァァッ」
思考を乱す岸君の咆哮が聞こえ、私は考える事をやめる。
禍々しい黒い練気を纏い岸君が猛然とした勢いで突っ込んでくる。しかし、彼の手に杖はない、となると――
予想通り、少し離れた所で彼が踏み込み、私に向かって右腕を突き出した。
普通であれば、腕すら私には届かない。しかし、彼の手から一瞬にして黒氷の長剣が形成され、片手突きのような形で私の胸に伸びてくる。
「――でも、読んでるわッ」
こちらも杖に氷を纏わせてぶつける事で、黒氷の長剣の軌道をずらす。しかし、黒氷長剣を弾くまでには至らず、氷杖に圧力を掛けられる。
黒い練気の影響を受けているので、彼の氷は黒に染まっていた。
――でも、それは超越事象とは違う。これは、ただ闇に染まった力。
氷杖に黒氷長剣を押し付ける彼の顔は憎悪に染まり、私を壊す事しか考えていない。
それはあの時の私に良く似ている。そう、大切な人を傷付けた唾棄すべき私に。
だから、私が止める――私が止めないといけない!
「はッ」
練気を腕に籠めて、氷杖で黒氷長剣を弾く。さらに彼の頭上に三本の氷槍を展開し、一斉に落とす。
岸君は頭上に迫る三本の氷槍に対して、黒氷長剣を両手で持ち円弧を描くようにまとめて薙ぎ払った。
それは当然大きな動きとなり、彼の胴ががら空きになる。そこを狙って懐に飛び込んだ。
彼の目の前で体を捻って、氷杖を横に振るう。
「ぐッ、痛いジャナイカ、朝日奈ァァァァ」
胴にしっかりとした手応え。でも、これぐらいではまだまだ。
岸君が吼えながら、黒氷長剣を振り下ろしてくる。それをバックステップで避け、退きながら氷の礫を連射する。
「そんなモノォォォォ」
長剣を勢いよく巻き上げる。その軌跡に従って黒氷が生まれ、全ての氷の礫は防がれてしまう。
続けて黒氷長剣を上段に振りかざし、岸君が追撃してくるので、それを迎え撃つ。
鋭く振り下ろされる黒氷長剣。それを氷杖を両手で掲げるように持って防ぐ。氷同士がぶつかり合う特有の音が響く。
岸君は長剣を後ろに引きつつバックステップ、からの突進――勢いをつけて長剣を下から斬り上げてくる。
黒い剣閃が迫る。
それに対して、氷杖を逆手に持ち前へ飛び出す。氷杖を黒氷長剣に滑らせ、岸君と立ち入りを入れ替える。氷と氷だからこそ、流れるように動く事ができた。
位置を入れ替えた私たちは振り返り様に、それぞれの得物を振った。衝撃と共に白と黒の氷結晶が舞う。
岸君が私の腰を薙ぎ払うために、側面から黒氷長剣を走らせる。練気を籠めて強化する事で長剣をさばき、その勢いを利用して彼の頭に氷杖を落とす。しかし、長剣を持っていない腕で防がれる。
「はああッ」
素早く強化系の練気を足先に多く纏って、もう一方の足を軸として岸君の胴にトゥーキックを放つ。
岸君の体がくの字に曲がり、呻き声と共に地面を転がり大きく距離が開く。
事象系練気を使わない純粋な体術。兄上の戦いから学んだ事。あの人は、剣を扱いながらも体術を上手く組み合わせて戦っている。
特に岸君は事象系を使うというよりは、近接戦を仕掛けてきている。黒い練気によって破壊衝動が増しているせいかもしれないわね。
「朝日奈ァァ、どうして俺の気持ちが受け入れられナイ?」
立ち上がり、濁った目で私を見つめる岸君。そこに嫌悪感というものはない。それは彼の本当の姿を知っているから。
「私には愛している人がいるの。その人の側にいる事が私が望んでいる事。だから、貴方の気持ちを受け入れる訳にはいかないの」
「グググ、お前は俺の物ダ! ダカラ、壊す壊スコワスゥゥッ!」
禍々しい黒い練気が大きくなり、黒氷長剣にもまとわりつく。そして、力強く地面を蹴って私に向かってくる。
強い殺意と息苦しくなるような圧力。それに抗うように私も前に飛び出した。
走りながら杖を上に掲げ、数本の氷槍を頭上から放つ。
氷槍は意思を持ったかのように蛇行し彼に迫る。練気の扱い方というのは、単純に射出するだけではなく、このように自身で操作する事も当然可能だ。
そう簡単な事ではないので、数はそこまで扱わないわ。“氷連槍”に至ってはあらかじめ、多くの練気を仕込みながらある種の命令を加えているから相手を追う事もできるのよね。
互いに距離を詰めながら、四方から氷槍を突っ込ませるが、岸君は体を回転させ全てを粉砕する。
そこから息を吐く間もなく跳躍し、上段に構えた黒氷長剣を叩きつけてくる。落下のスピードを得た一撃を受け止めるのは愚策。走っている体に無理矢理ブレーキをかけて、横に身を投げ出すように避ける。
念のために距離を取りながら体勢を立て直すと、彼の長剣が私が今までいた所へ叩きつけられる。そして、彼を中心に黒氷が全方位に広がる。
「せいッ、やああああッ」
氷杖に練気を注ぎ込み、気合を発して襲いくる黒氷を縦に断ち割り、斜めに大きく氷杖を振ってこちらも氷の波を走らせる。
氷同士の場合、純粋に練気の力比べとなる。だから、私が放った氷の波は黒氷を蹴散らし、岸君へ殺到する。
しかし、彼はその禍々しい練気をさらに黒氷長剣へ注ぎ込み、真一文字に斬り裂いた。
剣圧が頬を撫でる。彼の力が増しているように感じる。朱莉の言っていた通り、馴染んでいなかった力が馴染んできたようね。
その証拠に彼の白い髪には所々、黒いものが混じり始めていた。これも黒い練気の影響よね。
再度、岸君は私に向かって走り出す。私は動かずに彼を迎え撃つ。
鋭く冴えた黒い剣閃が私へと伸びる。それを横に弾き、体を回転させて杖撃を放つ。岸君が素早く黒氷長剣を引き、それを防ぐ。
取り回しが難しい長剣。しかし、その長さゆえに扱い切れる膂力があるなら防御には適していると言える。
彼が強引に氷杖を押し返し、体勢が少し崩れた所へ力強い斬撃が放たれる。それを横に受け流しながら、氷杖を振るう。
彼が長剣で守りに入るよりも早く、肩を強打した。
顔を歪める岸君。しかし、それを物ともしない勢いで逆袈裟に長剣を振ってくる。
大きく巻き込むような斬撃に氷杖を滑らせるように合わせていなす。
「ナゼダ、俺の攻撃が全く当たらナイッ」
「貴方の攻撃は確かに脅威かもしれない。でもそれは、普通の人からすればという話。私はこれ以上の剣の冴えを見せる人を知っている。だから、貴方の攻撃は手に取るのように分かるのよ」
兄上との鍛練はこのような形でも力を発揮している。
特に私は朝の鍛練で兄上と何度も戦っている。だから、兄上の動きに私は慣れ切っていると言っていいわ。そのため、兄上と比較してしまうと多くの人の剣は遅く見えるのよね。
「ナラバッ! これならドウダッ!」
岸君が黒氷長剣を天高く突き上げる。全身から黒い練気が噴出し、大技が来るのが分かる。
しかし、あれは溜める時間が必要なようだ。その間に攻めればいいはず。
無数の氷の礫を彼の目の前に展開する。その影に隠れて“氷連槍”の氷玉を上に打ち上げておく。
彼を止めるために氷の礫を一斉に放つ。氷の吹雪が彼へと吹き荒れ、彼の体に氷の礫が吸い込まれていくが、大技を中断させるには至らない。
「なら、直接!」
確実にダメージは入っているはずだ。だから、ここで一気に押し込む。
動かない岸君へ私は容易に踏み込み、練気を纏わせて氷杖を振るう。
一度で倒せるとは思っていない。だから、流れるような動作で肩、胴、腰、足と打ち付けていく。
しかし――
「グッ、ハ、ハハハ、コノテイドォォッ!」
連打を苦しい顔をしつつも耐えきった彼の咆哮。
纏う禍々しい黒い練気が爆発的に大きくなり、私は後退を余儀なくされる。
そして、岸君の白髪が完全に黒く染まる。
「キエロォ、アサヒナァァァァッ! “アイシクルバイト”ォォッ!」
黒氷長剣が地面に叩きつけられ、巨大な黒氷柱が幾重にも重なり合いながら、私に向かってくる。
視界を塞ぐ程の黒氷柱群のスピードは尋常ではなく、私の前までやってくる。
避ける時間はないので、目の前に分厚い氷の壁を展開する。
しかし、その勢いは氾濫する川のようで、呆気なく氷の壁は破られてしまう。
――迫る死の予感。これ程のものだとは想像していなかった。
でも、諦める訳にはいかない。練気を多く練り上げ、体に纏って防御体勢。
そして、私は黒氷に飲み込まれる。
「きゃああああッ!」
次々と鋭利な黒氷柱が体を斬り裂き、思わず悲鳴を上げる。声を出せるだけの元気があるのは、練気で体を守っているから。
実際はかすり傷程度ではあるけれど、それが無数に積み重なれば声も出てしまう。
そのまま私は闘技場と観覧席を隔てている壁の近くまで押し込まれ、黒氷の動きも止まる。
何とか耐えきり、目の前の光景に唖然とする。
目の前にあるのは、絶壁と言わんばかりの黒氷の剣山。そのため、岸君の姿が見えない。
彼が動き出さない事を考えても、この技は放った後に動けなくなるのかもしれない。
だから、私は周りにさっと視線を走らせる。闘技場は依然として透明な壁で覆われたままだ。
そして、兄上は闘技場にいなかったはずだから…………いた、視線の先、ここから一番遠い観覧席。十人との攻防は続いているようで、まだ一人も減らす事ができていない。さらには押されているようにも見える。
それを見て心配になってしまう。でも、兄上が負ける訳がない。そう信じて、私は私の戦いをしよう。
「マダオワリジャナイゾッ、アサヒナァァァァッ!」
私が改めて覚悟を決めた時、戦うべき相手――岸氷牙が上空に飛び上がってきた。




