第26話 『答え合わせと狂乱』
「お疲れ様! 葵ちゃん、望海!」
望海との試合後、私と望海は兄上と皆が待っている観覧席に戻ってきていた。
「朱莉ありがとうっす。でも、ほんと、疲れたっすよー。葵、強かったっす!」
「ありがとう、望海。それよりも朱莉、貴方どうしてここにいるのよ?」
笑顔で私たちを迎えてくれた朱莉。でも、彼女は本来次の試合――校内戦準決勝二戦目に出るはず。
私は軽く薫流に視線を向ける。彼女は私が見ている理由を察してか、首を横に振った。
薫流が意図を理解しているなら、兄上はまだ薫流以外に今の状況を話していないのでしょう。
基本的に私たちを巻き込む事を避ける人だからね。
となると、考えられるのは――
「彩矢と真矢の試合が良く分からない形で終わったでしょ? でも、状況から彩矢が勝者として選ばれたんだけど、彼女が校内戦を辞退したんだよね」
「そういう事ね。確かにあの二人は戦える状態ではなかったわね」
「うん、私も一回会いに行ったよ。元気そうだったけど、戦えそうには見えなかった。で、自動的に私が決勝進出。葵ちゃんと戦う事になったんだよ!」
ピースサインを私に突き付ける朱莉。ふふ、朱莉と戦えるのね、本当に楽しみだわ。
校内戦では結局戦う機会がなかったから、本当に楽しみなのよね。
「ふふ、楽しみね。朱莉がどれくらい成長しているか、見せてもらうわ」
「うん、びっくりさせてやるんだから!」
朱莉がやる気になっていて何よりだわ。変に気負っていたら少し活を入れようかと思っていたもの。
私に対する劣等感は間違いなく朱莉の中にはある。でも、それを早い段階でバネにして欲しい。
そして、本当の意味で私は朱莉と対等になりたいのよ。
「葵、少しいいか?」
「兄上? はい、大丈夫です」
話の区切れだと思ったのだろう。兄上が私に話しかけてきた。
内容はおそらく黒い練気や薫流が話した事についてでしょうね。
ただ、推測はついてもそれを表に出してはダメだ。だから、唐突に話しかけられたように装う。
「皆、葵と席を外すな」
「はい、兄さん」
「じゃ、葵、通路で待ってるからな」
兄上は先に行ってしまった。そして、残された私に向けられる好奇の視線が三つ。
「葵、良かったねー。お兄様と二人きりだ」
「そうね、何の用かしら……」
わざとらしく顎に手を当てながら考える。
彼女たちは勘が鋭いから、下手な態度を見せれば確実に気が付く。薫流は私が演技をしていると分かっているでしょうね。
でも、何も言ってこない。もしかすると、兄上から口留めされている可能性はあるわね。
それよりも私の事を思って、口出ししなかったのかもしれない。そうだったら嬉しいわね。
「お兄さん、すごく真剣だったっすから、もしかするともしかするっすね!」
「お兄ちゃんが告白!? 葵ちゃん、やったね!」
「それはないと思うけれど、少し期待してもいいかしら」
「葵、そろそろ行った方が良いと思うよ。どういう内容にせよ、待ってるでしょうから」
「そうね、ありがとう、薫流」
二つの意味で感謝を述べる。私の演技に対して何も言わなかった事、兄上の所にいくためのフォローをしてくれた事。
私の感謝に対して薫流は口元を緩めた。
そこで確信する――おそらく後者であると。
薫流と話したい。そんな衝動に駆られるも兄上の所に行かなければらない。
後ろ髪を引かれるような思いで、私は観覧席から通路へと向かう。
「兄上、待たせてしまって、すみません」
「いや、全然。それじゃ早速だけど、『半神隠し』の事は薫流から聞いたよ。葵が言いたいのは、黒い練気と『半神隠し』の関連性だな。それに遭った生徒に黒い練気が与えられている可能性があるって事だな」
「そうだと思います。薫流と少し話したのですが、一日という短い時間で済む何かがあったから、『半神隠し』に遭った生徒はすぐに帰ってきたのだと。では、一体何をされたのか……もし、あの黒い練気が誰かに与えられたものだとしたら? そう考えると全ての辻褄が合うと思うのです」
『半神隠し』は何かの事件であるとは思っていたけれど、黒い練気と繋がっていたのは想定外だったとしか言いようがない。
でも、目的がやはり分からないのよね。
「なるほど、そういう事か。そう考えると、会場にいる生徒の三分の一ぐらいは黒い練気を与えられている可能性があるな。さて、どうしたものか……」
「兄上……」
何か助言できればと思うのだけれど、私も黒い練気には全く詳しくないのよね。
本当に……私は何をやっていたのかしらね……
ん、何? 何か闘技場の方が騒がしい気がする。
「兄上」
「ああ、行ってみよう」
兄上も聞こえたようで、私たちは軽く駆け足で観覧席へと出る。
戻ってくると、闘技場は静まり返っていた。なぜなら、観覧席の至る所で黒い練気を纏った生徒が立っていたからだ。
その異様な空気と無表情な生徒たちに、恐怖し口を閉じてしまっているのだろう。
兄上と話していた通り、一年生の三分の一程の人数が闘技場に散らばっている。肉眼で見える範囲には、『半神隠し』に遭ったクラスメイトがいる。
これで関係性は証明されたわ。
それはともかく、このような状況であれば監督の先生が黙っていないはず。
しかし、その先生がいた場所には数人の黒い練気を纏った生徒が立っている。
制圧されてしまったという事だろうか? おそらく、私と兄上が耳にした音はその一悶着だったのかもしれない。
朱莉たちは、と視線を走らせると、薫流が抑えてくれているのか、静かにしているのが見える。
そして、闘技場に白髪で中肉中背の少年が出ててきた。彼は――
「朝日奈葵ッ! 観覧席にいるよね? 俺の話を聞いて欲しいッ!」
「えっ?」
「葵、彼を知っているのか」
「はい、彼は別のクラスですが、岸氷牙君と言います。しかし、どうして彼が――」
闘技場に現れたのは岸君。彼とは四月の中旬に告白されて以来、全く会っていなかったはず。
この状況で一体何を言うつもりなのかしら。
私は兄上に断って、そのまま観覧席の最前列に行く。黒い練気を纏った生徒たちが襲ってくるかもしれないから最大限の注意は払いながら。
「私ならここにいるわ。何か用かしら?」
努めて冷静に。相手の出方をうかがう。
「そこにいてくれたか。今日の君の試合は本当に素晴らしかった。だから、俺は君への想いを止める事ができなくなってしまった。朝日奈、俺と付き合ってくれないかッ!」
――まさかの告白。岸君は私に片手を差し出して、頭を下げていた。
彼の思わぬ行動に会場中が一瞬、大きくざわついたが、すぐに静かになった。
彼については好い印象を持っていたけれど、私には好きな人がいる。
違う世界にやってきてまで、可能性を掴みに来たの。だから、この告白は受け入れられない。
「ごめんなさいっ! やはり貴方の気持ちは受け取れないわ。理由は前に言った通りよ」
こちらも頭を下げ誠意を尽くす。
これで納得してくれるだろうか、一抹の不安はあるものの、これは私ができる最上級。
しばらく頭を下げた後、顔を上げると肩をぷるぷると震わせている岸君の姿が。
「…………やはり、君はあの男に篭絡されたんダネ。そして、心も体も汚サレタ……」
「ちょっと何を言って!」
急に岸君が意味不明な事を言い始める。
兄上の事を言っているのは分かっている。兄上と私たちの関係について、色々と邪推する噂が流れているのも知っているけれど、それを真に受けるような人ではないはず。
「アア! 手に入らないならバ、壊してしまえばイイ! サア、俺と同じく彼女たちに振られた哀れな男たち、そして負の感情を抱えている者たちヨ! この場にある全てを破壊し鬱憤をハラセエエエエッ!」
「「「「「「「「「「ウオオオオオオオオッ!!」」」」」」」」」」
突然、大声で叫んだ岸君の体から黒い練気が爆発する。それに応えるように今まで無表情だった生徒たちが一斉に咆哮を上げた。
短絡的過ぎる。どうして手に入らないなら破壊するという結果になるの?
これも黒い練気の影響なのは間違いない。でも、そう考えたとしても負の感情が爆発し過ぎている気がする。
深く考えておきたい所だけれど、それよりもこのままだと危ないわ。
「一年生の皆や校内戦を観に来た人は急いで円形闘技場から避難してくださいッ!」
私が叫ぶのと、黒い練気を纏った生徒たちが観覧席を壊し始めたのは同時だった。
叫び声と破砕音が入り混じり、生徒たちは状況を理解して我先にと通路へと消えていく。これでいい、下手に残られると危険が及んでしまうから。
「ハハ、俺たちが何の用意していないと思ッタカ!」
岸君が手を高く上げ、指をぱちりと打ち鳴らす。その瞬間、円形闘技場を覆うように透明な壁が展開された。
「これって……どうして貴方が」
「そんな事はどうでもいいダロウ。俺たちは全てを破壊スル!」
すでに黒い練気を纏った生徒たちが円形闘技場を破壊し始めた。
闘技場を覆ったものの正体があれだとすると、全員ここに閉じ込められた可能性がある。
「葵!」
兄上が私の側にやってきた。そして、朱莉と薫流は黒い練気を纏った生徒を無力化するために動き、望海と桃花は通路へと向かっていくのが見えた。
「兄上、この闘技場を覆っているものは……」
「詳しい事は今度話すよ。少なくとも俺たちだけでなく、この場にいた全員が閉じ込められたと見て間違いない。黒い練気を纏った連中は、無差別に破壊活動を行っているみたいだから、四人には別れて対処してもらうようにした。俺たちは先に目の前の彼を倒そう」
「はい」
流石は兄上、状況を的確に判断し最悪の状況を回避しようとしている。
だから、私も全力を尽くす。
「アア、困りマスネ。俺と朝日奈の邪魔をしないでクダサイ。先輩にはふさわしい相手を用意していマスヨ」
また岸君がぱちりと指を鳴らすと、私と兄上を囲むように黒い練気を纏った生徒十人が現れる。しかし、見た事のない顔ばかりだ。
「彼らは二年生と三年生か!」
兄上が叫ぶ。薫流が上級生の中にも『半神隠し』に遭った人がいるって言っていた。もしかすると、彼らが。
「正解デス。さらに彼らは特別製デスヨ、存分に楽しんでクダサイ」
特別製、一体どういう事だろう。話の流れからして対兄上に特化させたという事よね?
私が岸君と戦う事になるでしょう。ここで朱莉の話を思い出す。
彼は自分の力を十分に使い切れていないと朱莉が言っていた。その力とは、おそらく黒い練気の事だったのでしょう。
そう考えると、彼の実力は私と互角ぐらいかもしれない。つまり、安易に勝てるとは思わない方がいい。
覚悟を決める所よね。私が耐えれば兄上が必ず来てくれる。ここで私が頑張らない理由はないわ。
それに私が先に岸君を倒して、兄上の救援に向かう事だってできる。
「兄上、彼は私に任せてください」
「葵……分かった。こいつらを倒したら、すぐに助けにいくからな」
「はい!」
私は兄上に元気良く返事をして、闘技場に降り立った。
そして、岸君をにらみつける。
「サア、朝日奈、始めようカ。俺と君、二人きりの時間ヲ」




