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第25話 『気付きと相性』

「葵」

「あら、薫流、いらっしゃい。彩矢と真矢の様子はどう?」


 控室で望海との戦いに備えていると、薫流が入ってきた。私はベンチに座ったまま、彼女を迎え入れる。

 薫流と桃花には、二人の様子を見ておいてもらうように頼んでおいたわ。大丈夫だと思う反面、心配でもあるからね。


「もう大丈夫だと思うよ。二人とも目が腫れていたけどね」

「そう、ありがとう、薫流。ところで、黒い練気については聞いてくれたかしら?」


 ――黒い練気。

 それは先程、彩矢が纏っていた禍々しい練気の事。

 その実態は、遥か昔に『聖戦』を起こした悪しき存在が与える力。これの特徴は、人の負の感情に付け込み、それを糧にする事で力を引き出すもの。

 しかし、それは人を闇へと堕とし、大切な人を傷付けてしまう人の手には余る力。


 実際、彩矢は真矢を殺そうとしていた。

 彩矢にはそのつもりはなかったはず、彼女はただ真矢に嫉妬していただけ。

 しかし、黒い練気に呑まれてしまえば、破壊衝動のままに自分が負の感情を抱いた相手に襲い掛かる場合もある。

 とにかく、危険な力という訳。だから、彩矢からはどうやってその力を手に入れたかを知りたかった。


「聞いたは聞いたけど、はっきりとは彩矢も覚えていないって言ってた。でも、いつだったかは特定できたよ」

「いつなの?」

「彩矢が休んだ日」


 可能性としては考えてあったけれど、やはりそうなのね。

 という事は、彩矢は一日の間に黒い練気を体の中にあたえら――


「まさかっ!」


 ベンチから立ち上がり、今思い至った可能性に声を上げる。

 もし、それが事実だとしたら、目的は何? 手駒を増やす事? 皆目見当がつかないわ。

 もしかすると、彩矢は突発的に起こった状況なのかもしれない。彩矢の負の感情のトリガーは、真矢の言葉によって強制的に引かれたようなものだからね。

 ともかく、今気が付いた状況を兄上に伝えないと。警戒しておくに越した事はないと思う。


「葵?」

「ごめん、薫流一緒に兄上のとこ――」


『…………朝日奈葵、青海波(せいがいは)望海の両名は闘技場に出てくるように』


「呼ばれたよ、葵。何かあったの?」


 ここで兄上の所に行くのもありだとは思う。でも、望海はきっと私との戦いを楽しみにしているはず。

 まだ潜在的な脅威である。加えて、私はその脅威に対処する手段がない。

 悔しいけれど、私にはまだ力が足りない。

 そうであるならば、望海との一戦は本気で取り組みたいと思う。


「ねえ、薫流、兄上には『半神隠し』の事は報告してある?」

「え? 軽くは話したかな、そこまで私も深刻な問題だとは思わなかったから、あくまで噂程度」

「そうなのね。薫流、兄上に改めて『半神隠し』の事と彩矢の事をまとめて話しておいて欲しいの」

「何かに気が付いたって事だよね?」

「うん。薫流にも説明したいけれど、私もいかないと。それに兄上ならその二つの情報があれば気が付くはずだから」

「分かった。葵は準決勝頑張って、先に行ってるね」


 そう言って薫流は控室から出ていった。

 私も軽く体を動かし、気合を入れて控室を出る。


「葵ちゃん!」


 控室を出ると、私の目に鮮やかな赤髪のツインテールが飛び込んできた。試合が終わって下がってきた所なのだろう。


「朱莉、勝ったようね、お疲れ様」

「うん、ありがとう! 岸君、強かったよ。相手が事象系練気“氷”じゃなかったら、良い勝負だったかもね」


 朱莉に近付く程の実力……そこまでだったかしら?

 強い事は認めるわ。でも、それは私たちを除けばという話。

 

「良い勝負って事は実力的にという事よね?」


 気になったので再度確認。


「うんうん。でも、何だかまだ力を十分に使い切れていない感じだったかな。うーん、馴染んでないって感じかな? だから、万全だったら葵ちゃんみたいに不利を蹴っ飛ばしてくるかもしれないよね」


 それ、気になるわね。もっと詳しく聞いておきたい所ではあるけれど、もう試合が始まる時間。


「そろそろ、行ってくるわ」

「うん、頑張れー」



***



「葵、何か考えてるみたいっすけど、今はうちだけを見て欲しいっす!」

「愛の告白みたいね」

「そうっすね、ある意味ラブコールっすよ。うちは葵の本気が見たいっすからね。薫流の時みたいに全力で来て欲しいっす! そして、うちが勝つっすよ!」


 望海の目からはめらめらと炎が燃えているように見える。そこまで私と戦いたいと思っているのね。

 素直に嬉しいわ、親友がここまで求めてきている事に。今は煩わしい事は忘れて彼女の思いに応えましょう。

 一度目を閉じて、静かに息を吸い、吐き出した。


 そして――準決勝が始まった。


「さあ!」「行くっすよ!」


 目をかっ、と見開いて私は飛び出した。同時に望海も私に向かってくる。

 強化系練気を纏った杖同士の衝突。そして、手に戻ってくる反動。そこから先に抜け出したのは私。

 杖を振り上げ右肩へと落とすが、右に逸れてしまう。まるで目に見えない何かに押されたように。

 これが“霞の膜(ミストフィールド)”。見ているのと戦うのでは全く異なるわ。本当に厄介な力なのよね。


 望海がにぃっと笑い、杖を突き出してくる。体を半身にする事でその突きを避け、背中へと杖を振り下ろした。

 しかし、それも“霞の膜”によって軌道をずらされる。望海は私から距離を取るためにそのまま走り抜ける。


 私は望海を追撃するために地面を蹴って接近、すでに振り返っていた望海へ杖を下から一気に振り上げる。

 しかし、望海へ向かって弧を描いていた杖は軌道修正され、彼女の体と平行に軌跡を描く。

 腕が上に持ち上がった事で、胴が空いた私へ望海が杖を横に振るう。

 練気を纏った腕で、その一撃を防ぐ。望海も練気を多く籠めていたのだろう、骨に響く感じだ。

 打撃は受けたけれど、ただではやられない。手を伸ばして彼女の腕をぐっと掴み取る。


「あっ」


 望海が声を漏らす。それは想定外の出来事に対する反射のようなもの。

 私は望海の動きを封じたまま、上に伸びていた杖を一気に振り落とした。私の拘束から逃れようとしなかった望海だが、杖が落ちてくる一瞬に体を左に傾けた。

 たったそれだけの事――でも、望海にはそれだけで十分だった。本来、体を傾けたぐらいでは避けられるものではないけれど、私の杖は綺麗に望海の左腕を沿って落ちた。


「すごいわね、それ」

「結構、ぎりぎりっすよ? 葵の打撃、思っていたより強烈っすから、ね!」

「あっ」


 望海が私に腕を掴まれたままタックルしてきて、腕の拘束を解いてしまう。

 だから、お互いに距離を取って仕切り直す。


 一連の攻防は私が優勢だったと言えるが、打撃自体は一度も当たっていない。

 思っていた通り接近戦で勝ちを得るのは難しいわね。私には兄上程の剣の冴えはないもの。

 そもそもあの人は二つの流派を使っているようなもの。比べる事が間違いないよね。

 望海の“霞の膜”を破るには、望海が纏っている練気を断ち斬るまたは貫く程の威力が必要なのよね。


 杖のみでは、私にそこまでの技術はないわ。だから、私たちの本分で戦う必要があるわね。

 さて、小手調べの前哨戦はこれで終わり、お互い楽しめたと思うわ。

 

 さあ、ここからが本当の戦いよ。


「じゃ、うちから行くっすよーそれ!」


 望海が杖を私に向けると、釣り糸のように杖から細い水が出てきた。ある程度の長さになった所で、私へ走りながら望海が杖を振るう。

 鞭がしなるように迫ってくる水に対して、氷を纏わせた杖で迎撃する。望海は器用に杖を動かして、氷杖を絡めとる。


「望海、私の事象系練気、忘れてないわよね?」

「もちろん、そのつも――わわ!」


 氷は液体である水が冷やされ、凝固する事で生まれる。それは練気であっても変わらない。

 つまり、氷と水の相性はある意味最悪なのよね。練気を籠めて、氷杖に絡んできた水を凍らせていく。

 そのスピードは中々のもので、望海は慌てて杖から水を切り離した。

 彼女が慌てている間に、“氷連槍”のための氷玉を打ち上げる。薫流戦で見せた技だから、見られてしまっては優先的に壊されるものね。


「さて、どうするのかしら望海」

「ちょ、ちょっと甘くみていたっすかねー。でも、負けるつもりはないっすよ!」


 すぐに気合を入れ直した望海が私に向かって走ってくる。

 打ち合いでは私が不利。だから、接近させないために氷の(つぶて)で弾幕を張る。


「その程度何ともないっすよ!」


 望海がその場で跳ねると、地面から波が現れる。波は望海を受け止め、そのまま地面を走ってくる。練気が多く籠められているのだろう、氷の礫を物ともせずに接近してくる。

 軽く足を踏み鳴らすと、氷角錐が波を突き破って次々と伸びてくる。望海は波の上でそれら全てを避ける。

 波を凍らせてはいなかったので、望海は波に乗ったまま私へと向かってくる。


「凍りなさいッ!」


 杖を真横に大きく振って、前方に凍気を放つ。それは目の前にまで迫ってきていた波を一瞬で凍らせる。


「――どっかーんっす!」


 波が凍るのと同時に頭上から声が降ってくる。見上げれば、波から跳躍した望海が杖を上段に構えたまま、私へと落ちてくる。


 腕を頭上に伸ばし氷の壁を展開して、望海の攻撃を防ぐ。しかし――


「うちの“水瀑布(アクアハンマー)”はその程度の範囲で防げるほど甘くないっすよ!」


 氷の壁に望海の杖が触れた瞬間、大量の水が溢れ出し氷の壁を伝って絶え間なく下に落ちてくる。

 落ちてきた大量の水は意思を持ち、抵抗する間もなく私を包み込む。このままだと窒息で負けてしまう。


 “水瀑布”は大量の水を杖の打点から放出する技。これの特徴は一気に放たれる大量の水を自在に操れる事。

 翔との試合の時のように相手を押し流す事にも使えるし、今のように人の窒息させるためにも使える。

 望海は勝ちを確信したかもしれないけれど、やはり私との相性は悪いわね。これが朱莉なら負けているでしょう。現に前回の世界では負けているからね。


 命力を練り上げ、全身から凍気を放つ。水は私を封じている訳ではなく、ただ包んでいるだけなので、凍らせる事は簡単。

 徐々に水は凍っていき、私を中に内包した氷結晶となる。凍らせてしまえば、私の意思でどうとでもなる。

 この氷結晶には私の練気がいきわたっているから、簡単に割れる!


「さ、流石っすねー、葵」

「動揺している場合ではないわ! 行きなさいッ、“氷連槍”ッ!」


 事前に準備しておいた氷玉はすでに大きく育っており、そこから氷槍の雨が降り注ぐ。


「うわああああ! これ、御剣の比じゃないっすよー、葵の鬼畜ぅぅぅぅ!」

「と言いながら、避けているでしょうに……」


 薫流は防ぐしかなかったものを望海は“霞の膜”と自身の反射神経で全て避け切っている。

 舌を巻く程の動きね。でも、それは想定の範囲内だし、避ける事に神経を集中しているせいで、それ以外の事はできなくなっている。


 杖を望海に向け、狙いを定める。そこでスピードと貫通力に特化した氷の礫を形成するために、多くの練気を注ぎ込む。

 そして、槍の穂のような鋭利な氷の礫が形成される。

 後は上手く狙うだけ。気付かれても避けられないタイミングで当てればいい。


 望海は舞うように氷槍の雨を避けていく。

 頭上に降ってきた氷槍をバックステップで避け、避けた先に降ってくる氷槍に対しては体を少し傾ける。それだけで、“霞の膜”が氷槍を流す。

 勝負は望海が大きくステップを踏んだ時。


 ――そして、望海が移動も兼ねたステップをした。


「そこッ!」


 杖から氷の礫を発射した。それは迷う事なく望海を目指していく。

 地面に足がついた瞬間に目の前に迫っている氷の礫に気が付く望海。そこであろう事か、避けようと体を動かす。

 背中に冷たいものが一瞬流れるが――氷の礫は望海を捉えていた。


「ぐわああああー」


 胴に突き刺さった氷の礫がそのまま望海を壁へと運んでいった。

 壁に叩きつけられた望海は、ぐったりと動かなくなった。


 何とか勝ったという所かな。私が氷でなければ危なかったかもしれない。

 薫流の時もそうだけれど、私はまだまだね……


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