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第19話 『激闘と覚醒』

 壮絶な雷を身に纏った環奈先輩が一歩前に踏み出した。

 たったそれだけの事で、周りの空気が震えるのが分かる。


「ほへー、とんでもないっすねー」


 望海が肌で環奈先輩の実力を感じ取り、感嘆の声を上げる。


「そうだね。同じ雷を使う者としては尊敬の念しか湧かない。あそこまでの領域に達するのはすごいと思う」

「そうっすねー。それと相対しているお兄さんも相当なものっすよ」

「正直、私も想定外かな……兄さんがこんなに強いなんて。強いとは思っていたけどね」


 そう、私も兄上の強さをこの時に目の当たりにした。改めて、兄上の事を尊敬し直したと言ってもいいわね。

 今の所、両者互角という風に見える。ただ、ここからが本番だと思う。

 両者の(けん)(けん)がぶつかり合った。その余波は、この闘技場そのものが揺れたように感じる程だ。


 両者はその反動で互いに弾かれ、距離が開いた。そして、いつの間にか環奈先輩が兄上の頭上から落ちてきて、地面から土煙が舞った。

 兄上は少し前にそれに気が付いたようで、飛び込むように前に転がっていた。

 環奈先輩のこの移動法は、速さという概念とは少し違ったものだ。ざっくり言ってしまうと、瞬間移動のようなもの。


 だから、来ると分かっていれば意外と対処できる可能性はある。もちろん、相当、力が拮抗していないと不可能な事だと思うわ。

 兄上は自分から土煙の中に突っ込んでいく。対処できる可能性があるとはいえ、受けの姿勢では圧倒的に不利だと分かっているからだろう。


「葵ちゃん、手に汗握る戦いっていうのは、こういう事を言うんだね! 頑張れーお兄ちゃん!」

「兄上にその声は届いていないと思うわ。かなり集中していると思うから」

「そんな事関係ないよ! 大事なのは気持ちだよ!」

「それもそうね。兄上! 頑張ってください!」


 私と朱莉が声を張り上げたので、残りの三人も同じように声を出す。

 届かないと分かっていても、やり続ける。まさに私が今やっている事じゃない。

 違う世界にまでやってきて、私は兄上と恋がしたいのだから。


「こういうの見せられると、私ももっと頑張らなくちゃって気分になるなー」

「桃花の言いたい事、うちも分かるっすよ。こう、体がうずうずしてくるっすよね。うちも早く戦ってみたいっす!」


 望海と桃花の二人は、繰り広げられる白熱した戦いに興奮し、その熱に当てられているようだ。

 これが普通の反応。私の記憶にはもっと激しい戦いがあるから、そこまで大袈裟な反応をしないというだけで、実際体は今にも動き出しそうなのよね。


「葵、兄さんはまだ事象系練気に目覚めないのかな?」


 薫流(くゆる)が雷が暴れまわる戦場を見つめながら、私に話しかけてくる。


「どうかしら? 兆しはあったのだから、後は大きなきっかけだと思うわ」

「大きなきっかけ……ピンチ、かな。となると、自分が負けそうになる瞬間とか、かな」


 薫流が人差し指を下顎(したあご)に当てながら、自分の考えを披露した。


「そうね。お二人の実力は拮抗している。だから、いつそんな状況が起きてもおかしくないわ」


 私はそれで正解かのように頷いた。おそらく、兄上に必要なのは自身が危険だと思う程の差し迫った状況だと思う。


 ――そして、その時は訪れる。


「はああああッ!」「うおおおおッ!」


 真っ向からぶつかり合う剣と拳。

 黄色い雷光を纏った拳が、兄上の青い輝きを放つ“蒼龍剣”を打つ。

 普通であれば、ここで激しく剣と(こぶし)が練気を散らせながらぶつかるはずだ。

 しかし、環奈先輩が狙ったのは“蒼龍剣”の媒介である杖――その芯だ。


 環奈先輩の一撃によって杖は砕け散り、“蒼龍剣”も消える。しかし、それだけでは止まらずに勢いそのままに、環奈先輩の拳が兄上の体に入った。


「ぐああああああああッ」


 拳の衝撃によって兄上の体は、水切りのように地面を擦りながら、私たちから少し離れた観覧席に衝突した。

 強く叩きつけられた事で、もうもうと土煙が上がる中、兄上が砕けた杖を捨て、片膝立ちになる。


 環奈先輩は止めと言わんばかりに、一瞬で兄上の目の前に移動して雷拳を兄上の顎へと全力で突き上げた。

 兄上の体はまるで飛んでいるかのように、綺麗な弧を空中に描き、私たちの近くに叩きつけられた。

 さらに近くの瓦礫が崩れ、兄上にいくつかのしかかっている。


「兄上!」「お兄ちゃん!」「兄さん!」「お兄さん!」「お兄様!」


 兄上が倒れている姿を見て、咄嗟に口が動いた。皆もそうだと思う。

 こうなる可能性は分かっていたし、必要な事でもある。これで兄上は必ず事象系練気に目覚める。

 でも、今まさに兄上が倒れている姿を見て、どうしようもない気持ちが浮かんでくる。


「兄上、負けないで! 貴方は強いから! 私は貴方が負ける姿なんて絶対に見たくない! だから目を覚まして! あにうえええええッ!」


 心に浮かんだ気持ちはすぐに言葉となって、兄上へと飛び出していった。

 聞こえていたかは分からない。でも、兄上には絶対に伝わっている。

 それから、兄上のブレスレットとペンダントが強い輝きを放ち始めた。


 ――どくん。

 兄上から感じる強い力。やっときた。これが私の知っている兄上の事象系練気。

 そう、それは――


「風だああああああああッ!」


 ぐっと兄上が青く澄んだ空に大きく手を伸ばし叫んだ。

 力強い言葉に反応して、瓦礫が吹き飛ばされ刻まれる。

 全身に蒼い緑風を纏い、一陣の風のように環奈先輩が待つ闘技場の中央へと移動した。


「あれがお兄様の事象系練気……」

「何だか綺麗だったねー」

「そうっすねー。それに頬を撫でる風がすごく温かい感じがしたっすよ」

「事象系練気“風”……何というか、兄さんらしい」


 皆の言う事は全て正しい。なぜなら、あの力は兄上が愛している二人の女性の力を重ねた事で目覚めた力。

 穿った見方をすれば、それは愛の結晶とも言える力。私が目標とすべき領域とも言い換える事もできる。

 そこまで兄上に愛されたいと思うもの。


 ――ぴん、と空気が張り詰められる。それも今までで一番の緊迫。

 音が消えた世界で、兄上が拳に風を纏わせ、環奈先輩が拳に雷を纏わせる。

 どちらも動くタイミングを見計らっているのだろう。


 いつ動く。

 いつ動く。

 いつ動く。


 この場にいる私たちの関心まさにそこにある。

 今か、今か、と待ち続ける中、隣にいる朱莉がごくりと息を呑んだ。

 それは静まり返った闘技場には十分な音だった。


 その刹那――兄上と環奈先輩が同時に飛び出した。

 一瞬で彼我の距離は消え失せ、風拳と雷拳が同時に放たれた。

 このままでは相打ちか、と思われた一瞬――兄上の拳がさらなる風を得て、加速する。

 放たれる拳は雷速を越え、環奈先輩の拳よりも先に環奈先輩を捉えた。


 そして、突き上げられた拳によって環奈先輩は青く澄んだ空へと運ばれていった。

 これで兄上の勝利が決まった。吹雪先生も兄上の勝利を宣言している。


 私はその宣言を聞くと同時に闘技場へと降りた。

 朱莉たちも不思議に思って私に付いてくる。普通、兄上が戻ってくるのを待っていればいいのだけれど……

 おそらく兄上は動けないはず。


 私たちが兄上に近付いた時だ。浮き上がっていた環奈先輩が落下してくる。


「葵ちゃん、如月先輩が!」

「うん、大丈夫だよ」

「え?」


「――環奈!」


 私がそう言うと、大河先輩が走ってきて落ちてきた環奈先輩をキャッチした。

 向こうは大河先輩に任せておけば良いと思う。

 だから、私は兄上の前に立った。環奈先輩を助けようと動こうとしたみたいだけれど、体が動かなかったみたいだ。


「兄上、大丈夫ですか」

「あ、葵か……悪い、もう限界だ」

「分かりました。お休みください、兄上」

「あ、ああ……わる……い…………」


 兄上の足から力が抜け、私の方へ倒れてくる。

 両手を広げ、しっかりと抱きとめる。やはり、男の人は重いわね。

 この頭を刺激するような匂いは、兄上の――男らしい匂い……すぅはぁ…………ああ、ダメダメ! しっかりしないと!


 理性で本能を捻じ伏せて、兄上の安らかな寝顔を見る。こういう姿は少し可愛いと思ってしまう。

 体が触れ合っているからだろうか、兄上がとても愛おしく思ってしまう。


「……お疲れ様です、兄上」


 兄上への想いをありったけ籠めて、私は兄上の耳元で甘くささやいた。――当然聞いてはいない。聞かれるのは、流石に恥ずかしい。


 こうして二年生の校内戦は終わりを告げるのだった。


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